第19章 精霊のお店
その夜、明かりのついた保管庫にシィルとアクアン、そしてギルとクラウィスが顔を合わせていた。
「アクアン、聞いたよ。」
真っ先に口を開いたのは、クラウィスだ。
「ここの守り神になってくれるのか?」
「守り神・・・似たようなものだけど、違うわ。」
クラウィスが首をかしげてシィルを見る。その動きを見て、アクアンが少し微笑みながら答える。
「ミルダが帰ってくるまで、私はここであなた達のお仕事を手伝うって事よ。」
「そうか、それは助かるな。でも、俺の世代で帰ってくるのか?」
「だから、長い付き合いになるって言ったのよ。楽しみね。」
「そう言う事になるのか。」
アクアンがにっこりとほほ笑むが、クラウィスは少し表情が暗い。
「跡継ぎを考えなきゃならなくなるのか。」
「ふふっ、まだそれは早いんじゃない?ミロンもリィーリもまだまだよ。」
シィルがクラウィスをからかうように笑う。その意見に、クラウィスもそうだなと頷く。
「それよりも、私が気になるのは貴方の性格なのよね。」
「性格?」
「ええ、あなたの修理癖よ。」
クラウィスが意外そうな表情を見せるが、それ以外の2人はうんうんと首を縦に振る。
「え?修理で来たものを直さないって判断はあるのか?」
「というように、私はこの性格を直すのは不可能だって心と体で理解したの。」
しみじみと話すアクアンに、2人は再び頷いて同意を示す。
「このままだと、ミルダが来る前にホスピタルが潰れるわ。」
「そうはならないと思うんだが・・・。」
そう呟いたクラウィスに刺すような視線を向けるシィル。それに貫かれたクラウィスはしゅんとおとなしくなる。
「だから、私もここでお店を開こうって思ったのよ。」
「お店?」
アクアンの提案に、シィルは思わず声を上げる。
「ええ、ここなら私は実体化できる。だから、ここでお店を開いて少しでも足しにしようって思ってね。」
「店って、何をするんだ?」
「これよ。」
アクアンが、自分のレプリカを手に取って三人に見せる。
「レプリカをレンタルじゃなくて売り出すの。」
「売る?これが売れるの?」
シィルの疑問も当たり前の事で、レプリカは性能がオリジナルよりも大きく落ちる。それが売れるとは思えない。
「いや、絶対に売れるわ。シィル達は感覚がマヒしてるのよ。」
「マヒ?」
「普通の冒険者にとって、レプリカとは言え魔法が付与された武具は高級品よ。だから、レンタルにしたんでしょ?」
アクアンにそう言われて、クラウィスとシィルは少し考える。そして、クラウィスがアクアンに問いかける。
「でも、それだけだと高級武具店と変わらないな。」
「だから、もう一つの売りを作るわ。」
「売り?」
「これよ。」
アクアンが取り出したのは、魔力の実だ。
「これを使えば、どんな武具にも魔力付与が出来るわ。」
「おい、これは・・・。」
少し驚いたギルだが、アクアンがにっこりと笑って答える。
「ボルクさん、まだまだ元気だし、ギルもここが無くなると困るでしょ。」
「あ・・・、ま、まあな。」
魔力の実の供給源は確保したという表情で、クラウィスを見つめるアクアン。
「流石に、私達じゃこれの加工と取り付けは出来ないから、クラウィスにお願いするけど、これならいい商売になると思わない?」
アクアンの提案に、クラウィスが小さく頷く。
「出来ない事は無いと思うが・・・色々難しいな。」
少し考えこむクラウィスに、アクアンがそっと魔力の実を手渡す。
「魔力の実か・・・。実物は初めて見る。エルフが加工できるとは聞いていたが・・・。」
「エルフの名産品だと言っていたな。シィルの気に入っているあの香油や、魔力補充できる油なんかの原料だそうだ。」
そう聞いて、クラウィスとシィルは驚いた表情を見せる。
「あの油の元が、これか。」
まじまじと魔力の実を見つめるクラウィス。
「色々実験してみないと、加工は難しいな。」
「ギル。」
アクアンの言葉に、大きなため息をつくギル。
「ああ、クラウィスの練習用にいくつか渡すよ。」
「それは助かるな。」
いくつかの魔力の実を虚空から取り出すギル。そして、それを全てクラウィスに渡す。
「とりあえず、これだけあれば十分だろ。これ以上は爺さんとかいろいろと聞かなきゃならん。」
「これだけあれば、とりあえず何かできそうだな。」
クラウィスが魔力の実を手に考え込んでいる。
「それで、一番のお願いがここからなんだけど・・・。」
少しきりっとした表情を見せて、アクアンがクラウィスを見据える。
「レンタルコーナー、私達に貸して!!」
クラウィスの手を握り、懇願するアクアンに、クラウィスは頷いて見せる。
「そのくらいなら、お安い御用だ。申請とかも必要だから、それはこちらでやっておこう。」
「ありがとう!クラウィス!」
握った手をブンブンと振るアクアン。
「クラウィス、店を乗っ取られないようにな。」
「そうだな。そうならないように頑張るか。」
庭先を貸して、気が付いたら母屋に店を出していたなんてこともざらにある世界だ。クラウィスはそう考えつつ、精霊の出す店がどんなものになるか想いを馳せていた。
それから精霊2人は開店準備に追われることになる。
クラウィスの試作品に魔力を込め、そのたびに不具合を見つけては報告を繰り返す日々が続いていた。
「クラウィス、相当苦労してるわね。」
「あぁ、使ったことのない素材だからな。色々と試してみないと素材の力を生かしきれないしな。」
魔力の実を握りしめて、クラウィスが楽しそうに語る。
「だが、これが最後なんだ。」
クラウィスが手にしている魔力の実を、アクアンが見つめる。
「ギルにまた譲ってもらわないとね。」
その話を後ろから聞いていたギルは、2人に声をかける。
「次の魔力の実の仕入れは少し先になるぞ。」
「え?どうかしたの?」
「エルフツリーからの供給が少し滞ってる。今度爺さんに話をしないとな。」
「それは・・・まずいわね。」
魔力の実の供給が途切れるという事は、アクアンの計画が崩れるという事になる。
「ギル、よかったら、今度私も連れて行って。エルフツリーと話をしたいわ。」
「それはいいが、あいつに話が通じるかわからんぞ。」
取り込まれている間の記憶が無いギルは、エルフツリーと意思疎通が可能かどうかを疑問に思っている。
「いいのよ、エルフツリーが話せなくても。エルフツリーの管理者が居るでしょうし。」
アクアンが意地悪そうに笑みを浮かべる。
「重要なのは、誰が魔力の実を管理しているかを知るためよ。」
「交渉する窓口が知りたいという事か。」
「そんなところね。いい商売相手になればいいのだけれど。」
アクアンが少し心配そうな表情をするが、すぐに笑顔に戻る。
「ボルクさんが来るまで、しっかりとお手伝いと準備をしましょう。」
「そうだな。」
ギルとアクアンがそう言いながら頷きあう。
「よろしく頼むぞ。俺ももう少し考えてみるか。」
クラウィスは2人の姿を眺めながら、工房に戻り研究を再開した。
数日後、ミクがホスピタルに修理にやってきた。
そこで、アクアンはボルク宛の手紙をミクに手渡す。
「これを、おじいちゃんに渡せばいいのね?」
「ええ、お願いするわ。」
笑顔を見せるアクアンに、不思議そうな表情を返すミク。
「それにしても、レンタルの時も驚いたけど、今度は本格的なお店ね・・・。」
「あなたも来てくれるようになると嬉しいわ。」
「そうね、でも値段次第かしら。付与とは言え、強力な装備になるからね。」
「それは、色々と考えてるわ。他の競合の人たちとは仲良くやっていきたいし。」
「難しい悩みよね。」
ミクも自分の事のように悩んでくれるが、簡単には答えは出なかった。
「まあ、それは私達で考えるから、ミクはその手紙をよろしくね。」
「わかったわ。シィルも、修理出来たら教えてね。」
ミクはそう言ってホスピタルを後にした。
それから3日後、ボルクがホスピタルの扉を開けた。
「ボルクさん!いらっしゃいませ。」
「おぉ、アクアンか。手紙を見たぞ。何やら面白い事を始めるようじゃの。」
「ええ、そうなんです。それで、ボルクさんの力を借りたくて。」
「ほほぉ。手紙にあった事じゃの?」
アクアンが出した手紙には、あらかじめ自分がこれから行う事と、それに関しての問題点を記して、力を借りたいと書いていた。
「魔力の実の供給と、その加工方法の相談で、エルフツリーとお話をしたいのですが。」
「エルフツリーとの対話かの。少し難しいかもしれんの。」
「そうなんですか?」
「ギルからも聞いておるかもしれんが、エルフツリーが生えてる場所にエルフが住み着くというだけの物じゃからの。」
「それだと、別段何の変哲もない植物って事?」
「そう言う事じゃの。実際にはどんな森にもよく生えておるんじゃが、特性が違うものがあるところを探して儂らは住んでおるんじゃよ。」
「そうだったのね。だとすると、魔力の実の安定供給は誰にお願いすればいいのかしら?」
アクアンの疑問に、ボルクが少し首をかしげる。
「安定供給か、流石に無理かもしれんな。」
「どうして?相当魔力を供給したんじゃない?」
「それでも、魔力の実は儂らにとっても重要な物でな。無尽蔵には渡せんのじゃよ。」
「なら、ギルには安定して渡してるのはどうして?」
「それは、あの魔力を供給してくれた功労者じゃからの。」
「・・・あら、それなら私も関係者よ?もらう権利はあるんじゃない?それ以上に、ここに居るクラウィスも相当の功労者だし・・・。」
アクアンが工房の方を振り向いてボルクに伝え、さらに言葉を重ねる。
「クラウィスに聞いたんだけど、あのカーズド品の魔力は一式で街を壊滅させるレベルだったそうね。」
アクアンの言いたいことは判っている。あの魔力のおかげで、あの森に住むエルフの生活は数百年先まで安泰だ。
「まあ、アクアンの言いたいこともよくわかる。受けた恩は返すものじゃともな・・・しかしのぉ。」
苦い顔をするボルクに、アクアンは不思議な顔を返す。
「何か問題があるの?」
「わしらは精霊用に魔力の実を渡していたんじゃが、それを加工して魔力付与として使うとなるとのぉ。」
そう聞いたアクアンは、目の前のボルクは自分のこれからやろうとする仕事の同業者になるという事に気付いた。
「そう・・・よね。」
一気にテンションが下がったアクアンの様子を見て、ボルクがやさしい顔を見せる。
「そこでじゃ、クラウィスに1つ提案があるんじゃが・・・。」
「クラウィスに?」
それを聞いたシィルは、首をかしげながらも工房へと向かい、クラウィスを呼びに行く。
数分後、クラウィスは汗を拭きながら店舗へと入ってきた。
「ボルクさん、私に提案とは一体?」
「クラウィスよ、お前さん、エルフの技術に興味はないかの?」
その言葉に、一瞬たじろぐクラウィス。そして、しばらくの沈黙の後、自分の考えをボルクに告げる。
「その技術って言うのは、これの加工技術の事だろ?それは願ってもない申し出だが・・・。」
クラウィスが腕組をして首をかしげる。そして、顔を上げてボルクを見据える。
「あなたの狙いは、独占している魔法付与装備の保護と、ここにある精霊武具ですね?」
その答えに、ボルクは小さく頷いて見せた。
「流石じゃの、こちらとしても無条件で魔力の実を供給して、付与装備を作られると色々と厄介での。」
笑顔のボルクを見て、なんとなく察したクラウィスがアクアンに振り向く。
「エルフの面子と、その生活、そして受けた恩、その全てを守るいい手だと思うんだが、アクアンはどう思う?」
話の読めないアクアンが、クラウィスに突然問いかけられて回答に困っている。
そんなアクアンを見かねて、ボルクがアクアンに提案の真意を告げる。
「わしらの村から、エルフの職人をここに連れてきて、クラウィスにその技術を教えるという事じゃよ。」
「それって、ボルクさんに何のメリットが・・・?」
少し考えこむアクアンに、ボルクは笑いながら答える。
「ただ無条件に魔力の実は渡せんからの、折衷案という事じゃ。うちの職人なら、魔力の実をいくら使っても問題ないからの。」
ボルクの説明に、納得したアクアンの表情が明るくなる。
「それじゃあ、これからも魔力の実を供給してくれるという事なのね。」
「そう言う事になるの。後は、クラウィスの返答次第じゃて。」
ボルクとアクアンがクラウィスの方を見つめる。当のクラウィスは腕を組んで2人を見つめ返す。
「ボルクさん、その提案、お受けします。」
クラウィスがボルクに手を差し出し、ボルクもそれに応じて話はまとまった。
「ところで、職人さんは住み込みになるの?」
「そうじゃの、部屋は空いてるのかの?」
「問題はそこだな。」
クラウィスが少し考えこむ。
「そうじゃのぉ・・・日帰りというのは流石に無理じゃろうて。」
「少し部屋を作り変える必要があるか・・・。」
クラウィスが少し考えて、ボルクに伝える。
「こちらの準備が出来てから、連絡したほうがよさそうか。」
ボルクがクラウィスの話に頷く。
「連絡係はそこに居るしの、ギル。」
そう言って、レンタルコーナーに居るギルを見つめる。
「はいはい、判ってるよ。」
ギルがめんどくさそうに答えてボルクにギルティスライサーを手渡す。
「いつものように、連絡は俺がやるよ。」
「そうだな、頼むよ。」
全ての話がまとまったようで、ボルクとクラウィスが握手を交わす。
「それじゃあ、お部屋を考える必要があるわね。増築かしら、改装かしら・・・。」
シィルが手をあごに添えて周囲を見渡す。
「ボルクさん、少し気長に待っててくれ。」
「おぉ、判っておるよ。わしらは待つことについては慣れておるでの。」
ほっほっほと笑いながら、ボルクはギルティスライサーを手にホスピタルを後にした。
それから、しばらくの後、庭に小さな小屋が建てられた。
小屋の中は、狭いながらも小さな机とベッド、そして棚が備えられている。
これに関して、ミロンが使っていたかかしは片付けられ、練習ができないと文句を言っていた。
しかし、それはたまに来る常連客に稽古をつけてもらう事で納得した模様だ。
師匠であるギルも、そのほうがミロンのためになると考えたようで、稽古の交渉はギルがやっていた。
そうして、迎える側の準備が出来上がった事をギルを通じてボルクに伝えた。
「わかった、ギルを返却するときに一緒に連れていくことにしよう。」
その回答を受けて、ホスピタルは新しい家族を迎え入れる準備が整った。
数日後、ホスピタルにボルクが職人を連れくる。
今日は店の外でクラウィスが2人の対応をしていた。
その時、店の中ではアクアンが期待と不安の入り混じった表情を見せながらシィルと一緒に待っていた。
「クラウィス、この子をよろしく頼むぞ。」
ボルクの横に立ったエルフは、シィルと同じくらいの背丈で、全身を覆うようなローブとフードを来ている。
そして、顔はマスクをしており、その表情は見えない。
そんなフードをかぶったエルフが、ゆっくりと頭を下げる。その様子を見て、クラウィスは手を差し出す。
「この店の店長のクラウィスです。よろしく。」
「エルーラです。よろしくお願いします。」
その声と風貌を見て、クラウィスは少し困った表情を見せる。
「ボルクさん、エルーラさんは女性ですか。」
「そうじゃ、言ってなかったの。」
ボルクは笑っているが、クラウィスには他の心配事が出来てしまった。
「困ったな。てっきり男性が来るとばかり思って準備をしてたよ。」
「獲物に関しては、持ってきておるでの。その心配はないぞ。後は、この子が自分で考えてやるじゃろうて。」
「まあ、あれだ。相談しにくいことがあったらシィルにでも言ってくれ。」
「シィル・・・?」
エルーラが首をかしげる。
「あぁ、そうだな。まずは家族を紹介しようか。」
そう言って、エルーラをホスピタルに迎え入れた。
店内に入ったエルーラは、その光景に思わず動きが止まる。
「わぁ・・・わぁわぁ!!」
そう言いながら、エルーラは目を輝かせて店内を見渡す。
「あら、かわいい職人さんが来たのね。」
カウンターに立つシィルが笑顔でエルーラに向ける。
そのエルーラは、フードを取り、カウンター側にいたアクアンに駆け寄る。
「あなた!!精霊ね!!すごい!!」
エルーラがアクアンに突然抱き着く。その行為に、アクアンは少し驚いた顔を見せる。
「すごい!!触れる!!」
実体化した精霊を見るのは初めてのようで、アクアンの手を握ってブンブンと振っている。
「あらあら、あなたは誰かしら?」
アクアンが笑顔を見せながらエルーラに問いかける。
「あ!ご、ごめんなさい。私はエルーラと言います。魔封士見習いです!」
「魔封士?」
アクアンとシィルは2人して首をかしげる。その後ろで、クラウィスは何かを思い出したような顔を見せる。
「あの技術か。親父が技術書を持ってたな。俺には全くわからなかったんだが、今後必要になりそうだな。」
クラウィスがそう言って苦笑いする。
「さて、改めて紹介する。カウンターに居るのがシィル。俺の妻だ。」
そう紹介されたシィルは、にこやかにエルーラに手を差し出す。それを受けてエルーラはシィルの手を握り返す。
「そして、さっき抱き着いたのはアクアン。アクアンズロッドの精霊だ。」
「よろしくね、エルーラ。」
先ほど思う存分抱き着いた後だったが、差し出されたアクアンの手を両手で握りしめ、その感覚を楽しんでいる。
「私の森では、精霊の姿は見れたのですけど、触ることが出来なかったんです!」
「まあ、普通はそうだろうな。」
「長老が持っている剣の精霊が、ここの事を教えてくれたんです。それ以来、ここに来ることが目標だったんです。」
「ギルの影響か。」
クラウィスの視線が、ボルクの手にしているギルティスライサーに向かう。
「ギル、居るなら出てきて挨拶したらどうだ?」
その声を合図に、ボルクの手にしたギルティスライサーからギルが飛び出してきた。
「姿をはっきり見せるのは、今日が初めてになるな。」
小さいギルの姿を見て、エルーラは思わず膝まずいてギルを抱きかかえる。
「あぁ、思った通りのかわいらしさです!癒されますー。」
思いっきりギルを抱きしめるエルーラと、それから必死に逃れようとするギル。
それを眺めていたクラウィスは、ボルクにそっと耳打ちする。
「ボルクさん、エルーラはもしかして・・・。」
クラウィスの懸念に、ボルクはこくりと頷く。
「精霊が大好きでな。わしらの村には元素精霊と呼ばれる水と土と風の精霊はおるんじゃがの。」
「実体化はしていないという事か。」
「そう言う事じゃの。それで、儂の持ってきたギルティスライサーとギルの姿を見て、ここの事を知ったんじゃよ。」
「精霊マニアという事か。」
「そうじゃの。」
しばらくの間、2人はギルとエルーラのやり取りを苦笑いしながら眺めていた。
そして、ようやくエルーラの呪縛から逃れたギルがクラウィスの元へ走ってきた。
「クラウィス、あいつおかしい!」
ここまで慌てたギルを見るのは初めてだと、クラウィスは笑いながらギルの前に立ち、エルーラに話しかける。
「ギルは、そう言う扱いを受けるのが苦手なんだ。精霊にも色々性格がある。その辺りも、一つ一つ覚えてもらう。」
「は、はい。」
エルーラは少ししゅんとしてクラウィスの言葉を聞く。
「ボルクさん、この子の扱いで他に何か注意しておくこととかは?」
「そうじゃの、一月に一回は森に帰らせてくれるかの。この様子じゃと、恐らくこの店から離れたくないと言い出すじゃろうからな。」
「あぁ、判った。」
未だにギルを物欲しそうに見つめるエルーラ。既に森の事は忘れているようなエルーラを見て、クラウィス達は納得せざるを得なかった。
その後、ボルクはエルーラをクラウィスに預け、ホスピタルを後にした。
それから、エルーラに街での暮らし方をシィルとクラウィスが教え込み、ホスピタルに新しい仲間が加わった。
エルーラは、若いながらも魔力の実を使った魔力付与の実力は確かなもので、どんな武具でも魔法効果を付与できるようだった。
「なるほど、魔力の実はこう使うのか。」
その使い方を、参考書を片手に眺めるクラウィス。
「魔力の実は色々な加工ができるから、色々と試してみるのもいいかもしれません。」
魔力の実を手にしたエルーラが、おろし金に似た道具で魔力の実を少し削り、その粉を近くの革の小手に振りかける。
「これを馴染ませれば、魔力を帯びた武具になります。」
「なるほど、これなら簡単だな。それでも、魔力は微々たるものだろう?」
「ええ、これならほんの少しだけ硬度を上げる程度ですね。」
「それでも、魔力付与なら十分の価値があるな。」
革の小手を手に取り、クラウィスはその魔力のこもった小手を眺める。
「それじゃあ、今度はこちらの番だな。」
小手を棚に置き、その棚から一振りの槍を手にする。
クラウィスの行動に、エルーラの目が輝きだす。
「精霊さんが見れるんですね!!」
「ああ、そうだ。今日はこれだな。」
槍を机に置き、修理内容の説明を行うクラウィス。
しかし、エルーラはそれよりも精霊の姿が見たいといった表情を浮かべていた。
それを感じ取ったクラウィスは、少し苦笑いをしてエルーラに話しかける。
「精霊が気になるのか?」
首を縦に振る事で答えるエルーラ。
「なら、よく見ておくといい。これがこの槍に宿る精霊だ。」
クラウィスが槍に手をかざすと、槍から光が漏れ始め、2人の目の前に一匹のイタチが現れる。
「ひゃ・・・ひゃぁぁぁぁ・・・・。」
エルーラがイタチに触れようとする。しかし、イタチはサッと身をかわし、クラウィスの手に飛び乗ってそのまま駆け上がり、クラウィスの頭の上でエルーラを威嚇する。
「悪い癖が出てるぞ。精霊と接するときは落ち着いてゆっくりと怖がらせないようにするんだ。」
そう言いながら、クラウィスが頭上のイタチにゆっくりと手を差し伸べる。
少しの間その手を警戒していたが、イタチはその手にちょこんと乗っかる。
その感触を確かめた後、クラウィスはゆっくりと槍の側にその手を寄せた。
「この子は、臆病なんだが、しなやかな動きと鋭い爪を持つ。この槍の特徴そのものだ。」
イタチが槍の上に前足を片方置いて、2人を自慢げに見つめる。
「さて、精霊武具の修理だが、まずは壊れているところを探し出す必要がある。」
クラウィスが再びイタチに手を伸ばす。イタチはすっかり慣れたのか、クラウィスの手に体をこすりつけている。
エルーラがそれを羨ましそうに眺めている。その視線には気づいていたが、クラウィスは説明を続ける。
「まずは体の傷を探す。精霊武具修理の第一歩は精霊をよく観察することだ。」
そう説明するクラウィスが、イタチの体をさすって少しの違和感を感じる。
「ささくれと、大きなへこみがあるな。少し触ってみろ。」
クラウィスがイタチの頭をゆっくりやさしく撫でて、イタチの意識をクラウィスに向ける。その隙に、恐る恐るエルーラが手を伸ばし、その傷口に触れる。
「あ・・・こんなに。」
その傷に、エルーラが少しショックを受けているようだ。
「使っていれば、このくらいの傷はつくものだ。軽傷だよ。」
今度は本体である槍の方を指さす。そこには、そこで敵の攻撃を受けたのであろう抉れた痕が残っていた。
そして、クラウィスは他の部分の異常も見つけていた。しかし、それには触れずにエルーラに問いかける。
「他に、この子を見て気付いたことはあるか?」
「え?他にですか?」
そこまで触れていないところを見るに、恐らく外見から判るのだろう。しかし、エルーラにはイタチの異常を見つけることが出来ない。
「えっと・・・わかりません。異常はあるんですか?」
「ああ、まずはこの髭だな。片側の一部が少し短い。それに、切れている形跡があるな。」
イタチの頭をゆっくり撫でて、その首を少し持ち上げる。
そして、クラウィスが鼻の付近から両側に伸びる三本の髭を指さす。
「髭?!流石にそれは・・・。」
「それでも、この武器の性能が落ちることに違いはないな。」
「髭でどれだけの性能が落ちるんです?」
腕を組んで、少し首をひねるクラウィス。そして、その考えを告げる。
「この槍を装備すると、自身の感覚が研ぎ澄まされる効果があるんだが、それが使えなくなるな。」
「戦闘だと、致命的ですね。」
「まあ、これを初心者が使うのであれば、重要だろうな。」
クラウィスの答えに、エルーラはハッとする。
「あ、そうね。これは精霊武器だから、使用者は熟練者ですね。」
精霊武器になるほど使い込まれているという事は、少なくとも初心者ではない。
エルーラの疑問が解けたところで、クラウィスは残りの異常な点を伝える。
「後は瞳が少し濁っている。魔力の減少が見られるな。」
「あれ?精霊武具の魔力切れって相当危ないのでは?」
「そうだな。本来なら、そうなる前に、魔力の補充やメンテナンスをするんだ。」
クラウィスがそう言ってイタチの乗った槍に手を伸ばす。
「細かい修理箇所は俺が直そう。大きいところを直してもらおうか。」
クラウィスがそう言いながら槍を手にし、小さな傷を手早く修理する。
その結果は、イタチの姿にすぐ反映される。
「あの場所が髭の傷だったのね。直ぐに修理の結果がわかるなんて。」
イタチの顔を見つめるエルーラに、イタチはエルーラの目をじっと見つめていた。
心が通じ合ったと思ったエルーラが、ゆっくりと手を差し伸べると、イタチはその手をガブッと噛みついた。
その意外な行動に、エルーラは思わずキャッと声を上げる。
「ああ、お前もやられたか。もう少しでなつくから頑張れよ。」
クラウィスの答えに、エルーラは少し心が折れそうになる。
「これで、もう少しなのね。」
大きくため息をついて、心を落ち着かせるエルーラ。
「さて、後は任せようか。」
「は、はい。」
クラウィスから槍を受け取り、じっくりと眺める。
「軸の抉れと、魔力の補充ですよね?」
「ああ。そうだな。魔力補充はこれを使ってくれ。」
そう言ってクラウィスが瓶に入った色付きの砂を机の上に並べた。
「これは、魔法石の粉?」
「そうだ。こいつに適した魔法石を投与してやれば魔力は回復する。もちろん、どの魔法石を使えばいいかは判るな?」
エルーラを見据えるクラウィスに、エルーラが少し悲しそうな顔を見せる。
「この子の魔力・・・ですか?」
「間違えた魔力を補充するなよ。調子悪くなるからな。」
槍を持つ手に力が入るエルーラ。
「そ、そうなんですか?」
「あぁ、精霊は魔力の塊みたいなものだからな、人間のように複数の属性保持は得意じゃない。」
意を決して、エルーラがクラウィスに話しかける。
「あの・・・魔力の見分け方も教えてもらえますか。」
「わかった。」
笑顔で頷いたクラウィスは、エルーラにこの精霊の魔力の見分け方を説明する。
基本的には、人と同じ見分け方だったおかげで、エルーラにもすぐに理解できた。
その後、この精霊は風の魔力を秘めていて、緑色の魔法石の粉末を軸の補修材に混ぜ込むことで魔力の補充を行った。
「これで、修理は完了なんですか?」
額の汗を拭きとりながら、エルーラがクラウィスに尋ねる。
「ああ、後は魔力が馴染むのを待って完了だ。」
エルーラの持つ槍を。クラウィスが受け取り、工房内の壁に立てかける。
「これが精霊武具の修理の一連の作業だ。今回は生物状でまだわかりやすかったが、そうじゃないときはまたその時に説明しよう。」
「はい!お願いします!」
笑顔のエルーラが元気よく答える。
こうして、2人の鍛冶作業が数か月続いた。その間、アクアンのお店の準備も着々と進み、無事に開店当日を迎えた。
開店当日、アクアンとシィルは店の入口からホスピタルを眺めている。
入り口から見て、まず目につくのは大きいカウンター、そこには二つの受付を備えている。
そこから、左右にそれぞれの店舗が商品を並べていく形だ。
「ようやく、この日が来たのね。」
しみじみとつぶやくアクアン。
「そうね、ギルドに提出する書類とか、色々大変だったものね。」
「皆にはお世話になったわ。まさか、申請にあんなに時間がかかるなんてね。」
アクアンの店を出すのに、商人ギルドと鍛冶ギルドの両者に申請書類を出す必要があったのだが、アクアンは店から出ることが出来ない。
よって、職員に出向いてもらったわけだが、そこで問題が発生した。アクアンは長くホスピタルに居るために文字は読めるが、書くことが出来なかった。
厳密には、人間の使う文字は読めるが、人間の文字を書くことは出来なかった。
そこで、アクアンは仕方なく自分が書ける精霊文字で書いていたのだが、今度はそれを読める人間が居ないことが大きな問題となってしまったのだ。
「確認できる人材って、少ないのね。」
「限られた職業の人しか、読むことはできないからね。しかも不人気職で人数も少ないのよね。」
シィルが大変だった記憶を思い出しながらしみじみとつぶやく。
「それでも、そう言った職業でもちゃんとクランがあるのが世の中って感じよね。」
精霊文字が読める職業は、スピリッツと呼ばれる者達だが、冒険者ギルドの伝手を当たって、スピリッツクランを紹介してもらった。
「でも、エルフ以外に精霊を連れてる子が来るとは思わなかったわね。それに、アクアンが緊張してるところなんて初めて見たわ。」
「仕方ないじゃない、ウンディーネを連れてるなんて思わなかったもの。」
大きくため息をつきながら、アクアンはカウンターに近づき、その中からの眺めを確かめる。
「見た感じ、まだ冒険者になって数年って言う新米なのに、ウンディーネの指輪を持ってるなんて、驚くじゃない。」
「それもそうだけどね。」
そう言いながら、シィルもカウンターの中に入る。今まで見ていた景色とは明らかに違う光景を前に、シィルから笑みがこぼれる。
「でも、そのおかげでこうしてお店が出来るんだもの。感謝しなくちゃね。」
「そうね。」
そう言いながら、アクアンは後ろを振り向き、カウンター後ろの棚に額に入れて飾ってある真新しい許可証を眺める。
その隣には、年季の入った許可証が同じように額に収まっている。
「店舗営業許可証、精霊は初だって言ってたわね。」
「そうでしょうね。スピリッツのあの子ですら、精霊の実体化を初めて見たって言ってたしね。」
その時の様子を思い出して少し笑って、許可証の隅に小さく書かれた文字を眺める。
そこには、アクアンの文字を読んでくれた少女の名前が記されていた。
「あの子も、ここのお客になってくれたからよかったんじゃない?」
「そうね、あの人も、エルーラもウンディーネの指輪の事は気にかけてるみたいだし。」
シィルとアクアンは、工房の方を振り向いて2人の様子を思い浮かべる。
「また、いずれ来るわよ。」
「その時が楽しみね。」
2人の話がひと段落ついたところで、アクアンはカウンターから出て、自分の店となる場所に立つ。
そこには、一組のテーブルと椅子が設置されていて、その上には3冊の本が置かれていた。
その本をぱらぱらとめくるアクアン。その本の表紙には初級編と書かれている。
「これだけの装備、短期間でよく作ったわよね。」
アクアンがそう思うのも不思議ではない。精霊マニアのエルーラと、精霊武具職人のクラウィスがその気になってしまった結果なのだが。
「あの人、修理専門だって言ってたのに。」
シィルがフフフと笑いながら、アクアンと一緒にテーブルの本をめくる。
それぞれには初級編、中級編、上級編と書かれていて、1冊につき10個ほどの装備が図解と共に掲載されていた。
「でも、ちゃんとしっかりとルールを決めた結果が、この3冊なのよね。」
ここで販売される武具は、かなり強力な物となっている。が、分不相応の冒険者が手にして怪我をしないために、それなりの値段が付けられている。
値段だけでも十分な足切りになるのだが、それぞれの本の最初には、武具を購入する条件が記載されている。
初級編は冒険者歴5年以上、中級編はギルドの推薦状が必要、上級編は未開の地に踏み入れる許可を持つ冒険者。
それが、この店で武具を買う条件となっていた。
「これだけハードルが高ければ、大丈夫でしょ。」
そう言ったのはアクアンだが、シィルはこの条件にも穴があることに気付いていた。
「・・・これ、他の人が買った物を渡されたら条件無視できるわよね?」
「大丈夫、その時には加護を外して普通の武器にしちゃうから。」
「そんなことが出来るの?」
「ええ、これもギルがレプリカ監視法を教えてくれたおかげね。」
ギルは、レプリカに自分の意識を移す方法をさらに発展させてレプリカを通してレプリカの周囲を監視する術を編み出した。
アクアンは更にそれを発展させ、レプリカの魔力を消し去る方法を身に着けたのだ。
「でも、まあ、これは最終手段だけどね。」
「そんな事が、無ければいいわね。」
シィルの返しに、アクアンはにこやかにほほ笑んだ。
「さぁ、そろそろ開店よ。」
開店準備を終わらせ、シィルが扉の看板をOPENにひっくり返す。
「今日は、どんなお客さんがやってくるかしら。」
アクアンはそう言いつつ、新しい生活の幕開けに心を躍らせていた。




