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第17章 再びやり直す力

カーズド騒動から、1年の月日が流れた。

「シィル、この子、寝ちゃったわよ。」

店舗のカウンター近くに、クラウィスお手製のベビーベッド置かれており、そこでは赤ちゃんが寝息をたてている。

「いつもありがとうね。」

あれから、シィルのおなかの子は無事に生まれ、その子の世話をアクアンとギルが見ていた。

「いいのよ。私達にできる事なら何でも手伝うわよ。」

そう言いながら、赤ちゃんを眺めて頬を緩めるアクアン。

「本当、いつまでも見てられる。飽きないわね。」

「アクアン、気持ちはわからないでもないが、仕事はさぼるなよ。」

そう言ったのは、修理が完了した指輪を店舗に持ってきたギルだ。

「そんなに過保護にしなくても、俺とアクアンの加護があるだろ。」

「加護とお世話は別問題よ。」

「俺にはよくわからないな。まあ、夜泣きされちゃあ困るから面倒は見てやるが。」

そう言いながらベビーベッドの横に置いてある脚立に立ち、赤ちゃんを見つめるギル。

どことなくその表情は緩んでいる。

「ギルおにいちゃん!時間だよ!!」

そう言って、ギルを振り向かせたのはミロンだ。

「もうそんな時間か。ちょっと待ってろ。」

ギルが脚立から飛び降りて、工房へと向かう。

「クラウィス、これ、持っていくぞ。」

一本の木剣を手にして、工房で作業していたクラウィスに断りを入れる。

「それか、ちょっと待ってろ。」

クラウィスがギルにグリップを渡す。

「それはまだあいつの手には大きいからな。それで少しは持ちやすくなるだろう。」

「少しバランスが悪くなりそうだが・・・。」

そう言いながらグリップを付ける。そのグリップは一回り細い持ち手を継ぎ足す形で、小さな手でも持ちやすくなるよう工夫されていた。

「持ち手が長いと、感覚が狂うと思うんだが、どうなんだ?」

「木剣だからな、鍔の部分はどうとでもなる。」

クラウィスがギルの持っている剣の鍔を半分に割って取り外す。そして、継ぎ足した部分に割った鍔を再び取り付けた。

「これでいいだろ。」

「あぁ、バッチリだ。」

ギルが片手で木剣を振る。グリップの分少しだけ重くなったが、両手で持つのだから、問題は無いだろう。

「あまりミロンをいじめてくれるなよ。」

そう言ってクラウィスが笑いながらギルに話しかける。

「あいつから言い出したことだからな。あいつが根を上げるまでしばらくは見守ってやろうぜ。」

ギルが木剣に魔力を込めて頷く。

「まあ、小さな兄ちゃんの未来に期待しておくんだな。」

ギルがその言葉を残して工房を後にする。そして、そのまま店舗に向かい、アクアンと一緒に赤ちゃんを覗き込んでいたミロンに話しかけた。

「さぁ、今日はこれで魔力が尽きるまで外のデコイと打ち合いだ。」

ギルから木剣を受け取り、喜び勇んで庭へと駆け出した。

「あなたが剣を教えるなんてね。」

「あいつも、妹が出来て、守りたいって気持ちになったんだろう。」

庭が見える窓の側に椅子を置き、そこからミロンの姿を眺めるギル。

ミロンは、デコイを相手に木剣を両手で持ち振りかぶっている。

しかし、その攻撃も半分も当たっていない。

「そもそも、あなたが武器を使えるなんて初めて知ったわよ。」

「長いこと使われてたし、爺さんが色々と教えてくれたから、簡単な事は教えられる程度にはなったな。」

ギルが窓を開けてそこからミロンに指示を送る。その指示通りにミロンが動くと、デコイに攻撃が当たるようになってきた。

「ギル、あなたがミロンを見てくれてとても助かってるわ。」

そう言いながら、シィルも窓の外からミロンの様子を見る。

「気にするな。世話になってるからな。おっと、ミロン、剣に振り回されるなよ。」

「はい!ギルおにいちゃん!」

息を切らせながら、足を地面にしっかりと踏みしめ、ギュッと剣を握ってデコイに向き合う。

「剣の持ち方、振り方は俺にもできるが、本格的なやつはしっかり他の奴に教えてもらってくれよ。」

しばらくミロンの練習を見つめていたギルだが、不意に人の気配を感じて入り口を振り向く。

すると、入り口の扉がガチャリと開いて、一人の男が顔を覗かせた。

「いらっしゃいませ。」

シィルが少し驚いた表情を見せながら応対する。

そして、アクアンは両手を口に当てたまま固まっている。

その理由が判らないギルは、奇妙な光景をじっと見つめている。

「どうぞこちらへ・・・。」

シィルがテーブルに男を案内する。それを見て固まっていたアクアンが突然膝から崩れ落ち、顔を両手で覆う。

突然の事に、驚いたギルは、アクアンに駆け寄り声をかける。

「どうした、アクアン?」

「あ、あの人・・・あの人・・・。」

震える声でギルに顔を向ける。その頬には、涙の痕がある。

「ミルダ・・・私の・・・持ち主・・・。生きてて・・・くれたんだ・・・。」

嗚咽交じりに答えるアクアン、しかしその場から動くことが出来ない。

「ったく、仕方ねぇな。」

ギルが男の方へと向かう。

「よく来たな。」

「あ、はい。初めまして。」

その言葉に違和感を感じたシィル。

「あの、ミルダさんでは?」

「ミルダは、僕の兄です。」

「お兄さん?」

シィルが上ずった声を上げる。それをカウンター裏で聞いていたアクアンは顔をゆっくりと上げる。

「兄からの手紙で、ここに兄の大事にしていた装備があると聞いて来たんです。」

「確かに、ミルダさんの装備は預かっていますが。まずはあなたが本当にミルダさんの兄弟であるかを確認させてください。」

「そうですね。ならこれでどうですか?」

男が自分の指輪と手紙をシィルに手渡す。

「ギル、鑑定の箱を取ってきてもらえる?」

「あぁ、これだろ。」

言われる前に箱を持ってきていたギルは、椅子に立ちテーブルに箱を置く。そして男をじっと見つめる。

「お前、なんで俺を見て驚かねぇんだ?精霊が人前に姿を見せて、しかも実体を持つ事に疑問を持たないのか?」

「それも、手紙に書いてあったことですから。ここでは精霊が姿を現すって。でも、店番までしてるとは知らなかったな。」

その答えを聞いて、ギルは大きくため息をつきシィルに手で合図する。

それを見たシィルは、指輪を箱にセットする。すると、箱に空いた隙間から紙が一枚出てきた。

「フルーディクトギルド所属の戦士テグラですか・・・。この街の名前は聞いた事は無いわね。」

「田舎ですから。街というより村ですよ。冒険者ギルドも最近になってようやくできましたから。」

そう言われて、紙を見直すシィルとそれを覗き込むギル。

そこに書かれている登録番号を見ると、認識記号の隣に書かれている数字が二桁だ。

「兄は、他の街まで出て登録したそうですから。」

「なるほど。中々レアなギルドって事だな。」

ギルがその紙を見ながら、首をかしげる。

「さて、テグラ。これは自分の証明になるが、ミルダとの関係性の証明にはならない。」

ギルの疑問に、シィルも頷いて同意する。

「そうね、ギルの言う通りだわ。で、この手紙がカギになるのね。」

「はい。これを読んでみてください。」

シィルは開封された封筒を開き、中の手紙に目を通し、読み上げる。

「この手紙は、自分の身に何かが起こった時に、ギルドに送ってもらうように頼んでいるものだ。」

この書き出しで始まる手紙の内容は、自分に何かがあった時のための遺言の様なものが書かれていた。

「うん、確かにここにはアクアンズロッドがあるわ。それに、アクアンという名前の精霊もいる。」

シィルが頷いて納得するが、ギルがそれに待ったをかける。

「シィル、この情報は、本人以外でも書けるだろ。確かに受取人がテグラになっているが、これ自体をミルダが書いている保証はないぞ。」

「うーん、それはそうなんだけど。私はこの署名と印章が押されているから本物だと思うわ。」

手紙の最後に、ミルダの署名と自分の指紋印と冒険者ギルドの証明印が押されていた。

「これがそんなに力を持つのか。」

ギルドの事を知らないギルが当然の疑問をシィルにぶつける。

「そうよ、こんな重要書類に押される証明印は、ギルドの立会人が居る場所で書いてないと押されないわ。それに・・・。」

そう言って、シィルがアクアンズロッドの修理契約書を取り出す。

「この筆跡、同じでしょ。」

そう言われてギルとテグラはその内容を見比べる。

「そうだな、確かにそっくりだ。」

「これは、間違いなく兄の字です。」

その場に居る全員が、同じ文字と認定する。

「ひとまずは、テグラさんをミルダさんの関係者として認めます。それで、今日は何の要件ですか?」

「最初にお話した通り、兄の形見の装備を見に来たのです。」

「なるほど。わかりました。では、アクアンズロッドはお見せしますね。」

そう言って、シィルは保管庫に向かう。その途中、カウンター裏で膝をついて呆然としているアクアンの姿が目に入る。

「アクアン、大丈夫?」

シィルの声も届いていないのか、アクアンの瞳からは光が消えている。

それを見て、シィルはゆっくりとアクアンの頭を撫でる。

「アクアン、今回の出会いは、あなたにとって必要なものよ。つらいだろうけど、きっと乗り越えられる。」

やさしくささやくシィルに、アクアンはゆっくりと頷いた。

「じゃあ、これからあなたの本体を取ってくるから。」

シィルが保管庫からアクアンズロッドを布を敷いたトレー乗せて戻ってくる。

そして、テグラの前にそれをゆっくりと置く。

「これが、ミルダさんから預かっているアクアンズロッドです。」

興味深そうにのぞき込むテグラに、シィルが一言告げる。

「これには、精霊が宿っています。紹介します。」

そう言って、カウンターに顔を向けるシィル。

「水の精霊、アクアンです。」

小声であいさつをするアクアンに、シィルが席を立ち近づく。

そして、ゆっくりと手を引いてテーブルにアクアンを座らせる。

それから、しばらくの沈黙が続く中、アクアンが小さな声で話しかける。

「ミルダは・・・どうなったんですか?」

「兄は、鉱山で命を落としたと聞いています。」

わずかでも奇跡を信じていたアクアンだったが、残酷な事実の前に声を殺して涙を流し始める。

口を開くと、嗚咽が出てしまいそうで、うつむくと、もう立ち直れないような気がして。アクアンはじっと前を見つめたまま涙を流していた。

そんな中、ギルはテグラに問いかける。

「なあ、あんたはこの事を伝えるためだけに来たのか?もしそうなら、悪いが消えてくれないか。」

少し低い声で脅しかけるギルに、テグラは首を横に振る。

「いえ、もしよければ、アクアンズロッドを代わりに引き取りたいのです。」

「引き取る?!」

その申し出に、ギルは驚くが、シィルは小さく頷くだけだった。

「確かに、身内の方には引き取る権利はありますが、代金もしっかり払っていただくことになります。」

そう言って、修理の明細書をテグラに見せる。その金額を見て、やっぱりという表情を見せる。

「やはり、高額ですね。」

「そうね。だから、ミルダさんは一番高額なこの宝石の入手に行ったの。」

「そうですね、僕らの様な冒険者にはちょっと厳しい金額です。」

少し考えこむテグラだが、1つ不思議な事に気が付く。

「あれ?でも、普通なら修理代金を貰ってから修理しますよね?これ、修理が終わってますよね?」

「これね、店主の悪い癖でね。壊れた精霊武具はほおっておけなくて、真っ先に修理しちゃうのよ。」

乾いた笑いを見せるシィルに、同じように笑いを返すテグラ。

「そうですか。なら、お金を持ってくればすぐにでも引き取れるわけですか?」

「そうね、契約上ではそうなるけど・・・アクアン、あなたはどうしたいの?」

シィルとギルがアクアンを見つめる。それとは違う意味でテグラに視線を向ける。

しかし、その視線を向けられたアクアンはついにうつむいてしまう。

「あの、どうしてアクアンさんにこの事を聞くんですか?」

「精霊武具ってね、持ち主の強い想いから生まれるのよ。だから、逆に言うとね、精霊自身も持ち主を選ぶことが出来るという事。」

そう言って、アクアンの手を握るシィル。

「だから、アクアンの気持ちが重要なの。どう?アクアン。」

「・・・ごめんなさい。あなたの気持ちには答えられない・・・。あの人は、もう・・・。」

うつむいたアクアンは、大粒の涙をテーブルに落としながら答える。

「うん、わかったわ。そう言う事なの、残念だけど・・・。」

シィルがテグラに顔を向け、結果を伝える。

「わかりました。今日は、兄の形見が見れてよかった。」

右手を差し出すテグラの手を、シィルが笑顔で握り返す。

「また、来てもいいですか?」

「ええ、いつでも来てもらって構わないわ。」

挨拶を交わし、テグラは店を出る。

「・・・ごめんなさい、シィル。」

「いいのよ、仕方ないわ。」

「アクアン、今日はもう休め。」

ギルがアクアンを追い払うようにシッシと手を振る。

「そうね・・・そうさせてもらうわ。」

その言葉を最後に、アクアンはアクアンズロッドの中に消えていった。

「とんでもない客だったな。流石に驚いた。」

「でも、これで確定しちゃったわけね・・・。ミルダさんはもういないって。」

シィルが大きくため息をつく。そして、アクアンズロッドをギュッと握って胸に抱え込む。

「ギル、あなたはもうアクアンズロッドの中にも入れるのよね?後で、様子を見てもらえるかしら?」

「あぁ、判った。」

あの状況だ、めんどくさいと思っているギルでも、流石にアクアンの事が心配になっていた。

そんな話をしていると、庭で訓練していたミロンが戻ってきた。

「ギルおにいちゃん、終わったよ!」

その声で、周囲の空気が一気に変わる。それに救われるシィルとギル。

「お、魔力全部使ったか。早かったな。」

そう言いながら剣を受け取るギル。確かに魔力はすっからかんになっている。

「とりあえず、汗を拭いて飲み物でも飲んで来い。」

「うん!」

ミロンがとたたたと走って台所に消えていく。

「さて、気を取り直して、仕事を続けるか。夜にでもあいつの様子見てくる。」

「そうね。お願いするわ。」

そして、一騒動あった一日は終わり、ギルはアクアンズロッドをセメタリーに持ち込んだ。

そこでギルは本体のギルティスライサーにアクアンズロッドを乗せる。

「さて、邪魔するぞ。」

アクアンズロッドに手を触れて、意識を集中させるギル。一瞬の静寂の後、ギルの姿はアクアンズロッドの中に吸い込まれた。

アクアンズロッドの中は、セメタリーを照らす光が乱反射しているせいか、きらきらと光り輝いている。

「あの時の環境よりは随分と良くなってるな。しかし・・・。」

ギルは目の前にあるテーブルに目を向ける。そこには、ギルが置いていた魔力の実が転がっていた。

そして、その奥にあるベッドにもたれかかるように、膝を抱えてうつむくアクアンの姿があった。

ギルがテーブルの側にある椅子に腰を掛け、新たな魔力の実を置き、アクアンの姿を無言で見つめる。

それから、どれくらいの時間がたっただろうか。アクアンが少し顔を上げてギルの顔を見る。

「さっきから・・・どうしたの?」

「シィルに頼まれてな。」

再び、2人の間を静寂が支配する。

その空気を、アクアンが小声で打ち破る。

「ギル・・・なんで付き合ってくれてるの?」

「・・・そうだな。スタートラインに立ったアクアンのフォローをしてやろうと思ってな。」

「スタートラインって・・・どういう事?」

ぼんやりとした目でギルを見つめるアクアンに、ゆっくりとやさしく声をかける。

「前に、俺に言ってたこと、覚えてるか?」

「前・・・?」

「新しい持ち主を探そうって話だよ。」

「そんな事、言ってたわね・・・。」

「今度は、お前の番だよ。一応、俺にも使われても悪くないって奴に出会えたんだ。」

ギルの言葉を聞いて、アクアンは再び顔を膝にうずめる。

「まぁ、お前は前に進む力はあるんだ。足りないのは覚悟と勇気だな。」

席を立ち、アクアンに近づくギル。そして、今度はアクアンの隣に座る。

「お前に助けられたって奴は多いんだ。そんなお前を助けてくれる奴は必ずいる。だから、いつでも出て来いよな。」

アクアンの頭をポンポンと叩き、立ち上がるギル。

「それまで、リィーリは独り占めしておくからな。」

そう言いながら、ギルの姿はふっと消えた。

「・・・それは・・・ちょっと嫌かな・・・。」

アクアンがそう言いながらゆっくりと立ち上がり、ベッドに腰かける。

「でも、今日はもう・・・。」

そのままベッドに倒れこんだアクアンは、ゆっくりと目を閉じた。


アクアンの意識が再び蘇る。どれくらいの時間がたったかなんて考えたくない。

そう考えていたアクアンだが、テーブルの上に置いてある魔力の実の数でおおよその日数が予測できた。

「5つの魔力の実・・・。ギルが毎日来るとは思えないし・・・。」

アクアンが魔力の実を見比べる。しかし、外見だけではどれが新鮮なものかは判別できない。

そもそも、食べてもわからないものだが。アクアンはその実を手に取り口に運ぶ。

口に入れた果実が、寝起きのアクアンの体に魔力を補充していく。

「ギルに、お礼を言っておかなきゃね。」

アクアンが、無属性の魔力に自身の属性を付与して自分のものにする。

その作業にも少し時間がかかるため、アクアンは椅子に座って上を見上げる。

「私の部屋に、時計とカレンダーが欲しいわね。持ち込めるのかしら。」

魔力が馴染むまでの間、ギルの残していった魔力の実を見つめながら、時計とカレンダーの置き場所に思いをはせていた。

「もう、大丈夫かな。」

自分の中に魔力がいきわたったのを感じて、ゆっくりと立ち上がり、すっと姿を消した。

次にアクアンが姿を現したのは、セメタリーの中だ。

「やっぱりここに置いてくれていたのね。」

マジックトーチの明かりに照らされて、少し安心するアクアン。

「さて・・・ギルの姿は・・・。」

ギルティスライサーの定位置に目を向けるアクアン。しかし、その姿は無かった。

「あれ・・・?」

不思議に思ったアクアンはセメタリーを出る。周囲の雰囲気からして、人が眠っている時間ではないようだ。

そして、保管庫の扉の前で立ち止まり、少し心を落ち着かせ、ゆっくりと扉を開けた。

急に開いたドアに、驚いて動きの止まるミロン。しかし、アクアンの顔を見て笑顔で駆け寄ってきた。

「アクアンお姉ちゃん!!」

駆け寄ったミロンをやさしく抱きしめるアクアン。その姿が特に変わっていないところから、前のように年単位で眠ってはいないという確認が取れた。

「ママはどこかな?ごめんなさいしなきゃ。」

「お姉ちゃん、何か悪いことしたの?一緒に行こうか?」

「ありがと。心強いわ。」

アクアンに頼られて、ミロンがふふんと胸を張る。

「じゃあ、まずは案内して貰えるかな?」

2人は店舗の扉を開ける。そこでは、シィルがリィーリを抱きかかえてあやしていた。

「あら・・・アクアン。目が覚めたのね。」

意外そうな表情を見せるシィルに、アクアンは深々と頭を下げる。

「ごめんなさい、心配かけちゃって。」

「いいのよ。ショックの方が大きいでしょうし。それに、ギルが3日に1度は様子を見てくれたから。」

「3日に1度って事は・・・果実の数からして15日も寝てたのね。」

「5年寝てた時よりは短いわよ。この子が大きくなるまで会えないかと思ったもの。」

そう言いながら、リィーリの頭を撫でるシィル。アクアンもシィル達に近づいて、リィーリの頭を撫でる。

その様子を見ていたミロンは、2人の間に割って入り、自分も構ってほしいと主張する。

「はいはい。」

そう言って、シィルがミロンの頭を撫でる。その感触に、ミロンは満足気な表情を浮かべていた。

「それで、当のギルはどこに行ったの?お礼を言いたかったんだけど。」

「ギルなら、ボルクさんにレンタル中よ。」

「そうなのね。いつからかしら?」

「今朝からね。」

「そうだったのね。なら、仕方ないわね。」

アクアンがリィーリに両手を伸ばす。その意図がシィルに伝わったようで、抱きかかえていたリィーリをアクアンにそっと受け渡す。

「ギル、本体を貸したのね。そんな事言ってたわ。」

アクアンズロッドの中での会話を思い出すアクアン。

「自分を使われても悪くない人ね・・・。」

少しもの悲しげな表情を見せたアクアンだが、腕の中で無邪気な笑顔を見せるリィーリを見てすぐに笑顔が戻る。

「それにしても、あなたがこんなタイミングで戻ってくるなんてね。」

「あら、何かあったの?」

「今日ね、テグラさんがまた来るのよ。」

「え・・・?」

アクアンが、どうしてという表情でシィルを見つめる。

「あれから、しばらくしてね、テグラさんから1つの依頼があったの。あなたのレプリカを売ってほしいって。」

「レプリカを?」

シィルがこくりと頷く。その様子に、アクアンは何かの事情があると感じた。

「クラウィスは、了承したの?」

「ええ、あなたそっくりなレプリカを作り上げたわ。後は、あなたにお願いするところだったのよ。」

アクアンにレプリカを見せる。アクアンズロッドにまるで瓜二つだったが、アクアンには決定的な違いを見つけていた。

「これは・・・ガラス玉?」

ロッドの先端についているものが、宝石ではなく青いガラス玉だった。だが、軸はしっかりとしており、アクアンの魔力注入には耐えられそうだった。

しかし、それを眺めていたアクアンは神妙な面持ちでシィルを見つめる。

「ねぇ、私、あなた達のすることなら間違いはないと思うんだけど、経緯を教えてもらえるかしら?」

こくりと頷いて、シィルがレプリカの目的をアクアンに伝える。

「あの人ね、実はミルダさんの最期の場所を探していたの。それで、ついに見つけたから、そこにお供え物をしたいって相談を受けたのよ。」

「お供え物?それに、私のレプリカを?」

そう言う事なら、本体を持って行ってくれればいい、そう考えていたアクアンだが、シィルの次の答えにハッとする。

「本物だと、間違いなく持っていかれそうな場所なんですって。」

そう、精霊武具はめったに手に入らない。それがお供え物としても落ちていたら盗まれるのは火を見るよりも明らかだ。

シィルとクラウィスの意図を理解したアクアンは、レプリカを手にする。

「あなた達の考えを尊重するわ。」

レプリカの先の青いガラス玉の中央に、水が揺らめき始める。その水はみるみるうちに大きくなり、ガラス玉内部を満たしていく。

「これでいいわ。」

恐らく、このレプリカの限界まで魔力を注ぎ込んだのだろう。いつもならここまでは魔力を注ぎ込む事は無いのだが。

「私も、あの人の姿を見たいから。信じてみるわ。」

シィルが、頷きながらアクアンの握っているレプリカを受け取った。

「さぁ、リィーリ。そろそろ休憩しましょうね。」

アクアンが柔らかい声でリィーリに話しかける。リィーリはすでに半分夢の中に旅立っていたようだ。

そんなリィーリをベビーベッドにやさしく寝かせ、アクアンは瞳を閉じて心を落ち着かせる。

「それで、テグラはいつ来るの?」

「お昼過ぎに来るって言ってたから、そろそろかしら。」

「そうなのね。」

アクアンが窓から表通りを眺める。人通りはいつも通り少なく、冒険者は仕事中だというのがよくわかる。

「ねえ、シィル。私が居なくなったら、寂しい?」

外を見ながら、シィルに問いかける。それを聞いた瞬間、アクアンの腰にドンという軽い衝撃と、ギュッと小さな力で締め付ける感覚に襲われる。

アクアンが下を見ると、ミロンがアクアンに顔をうずめていた。その姿を見て、ミロンの答えが判った。

「私も、ミロンと同じ答えかな。」

アクアンをカウンター越しに見つめながら、真剣な表情を見せる。言いたいことは判っている。

そして、アクアンがミロンの手をやさしく外し、しゃがみ込んで抱きしめる。

「大丈夫よ。どこにもいかないわ。」

「ほんと?」

「本当よ。」

そう言って、アクアンはミロンに笑顔を見せて安心させる。

ミロンが目をごしごしとこすり、涙をふき取る。

「さて、ミロンは少し自分の部屋で待っててね。」

「うん!」

素直にアクアンの言葉に従うミロン。その後ろ姿を見送った後、シィル達はテグラを迎える準備を始めた。


準備が終わってしばらくして、テグラが店の扉を開けた。

「こんにちは。約束の物が出来ていると聞いたのですが。」

「いらっしゃいませ、テグラさん。さぁ、どうぞこちらへ。」

アクアンがテグラに近づき、中央のテーブルに案内する。

「先日は、失礼しました。」

礼儀正しく挨拶をするテグラに、アクアンも笑顔を返す。

「こちらこそ、慌ててしまって。恥ずかしいところをお見せしてしまいました。」

その挨拶に頭を下げるアクアン。そして、シィルに接客をタッチしてもてなしの準備をするアクアン。

「さて、ご依頼の品ですけど。」

シィルがそう切り出して、1つの木箱をカウンターから取り出す。

「こちらになります。ご覧ください。」

テーブルに置いた木箱の蓋を開けるシィル。それを覗き込んだテグラが思わず息をのむ。

レンタルコーナーに置かれていたアクアンズロッドのレプリカと比べると、天と地の差だ。

「これが、レプリカなのですか?」

「ええ、細部までこだわったアクアンズロッドのレプリカです。しっかりとアクアンの魔力を込めてます。」

思わず手を伸ばすテグラが、ハッとしてシィルの顔を見る。シィルは、どうぞと手を差し出しす。

それを見たテグラが一礼して、レプリカを手に取る。

レプリカとは言え、かなりの性能を秘めていると魔法が苦手なテグラでも判る。

「これは、すごい出来ですね。」

「自信作ですから。」

ひとしきり眺めた後、テグラが切り出す。

「これなら、あの価格も納得です。」

テグラが何度も頷く。その様子を見たアクアンが、シィルに耳打ちで問いかける。

「これ、いくらなの?」

「金貨7枚なのよ。」

小声でアクアンに答えるシィル。

「あれ?修理費用より高いのね。」

「1から作った物だからね。レプリカでもいい値段がするわ。もちろん、あなたの魔力の価格も込みよ。」

どういう内訳かは判らないが、普通のロッドよりもはるかに高い価格なのは判った。

「シィルさん、良いものをありがとうございます。これが代金です。」

小さな麻袋をシィルに手渡す。その中身をアクアンが持ってきたトレイに流し込む。

中身は、7枚の金色の硬貨と、一枚の銀板だった。

「テグラさん、これは?」

銀板を手にするシィル。その銀板には文字が打刻されていた。

「これは、兄の形見です。そちらはアクアンさんにと思って。」

「いいの?形見を集めてるんじゃないの?」

「自分の形見は、ここにしっかり残ってますから。」

そう言って、自分の胸をポンポンと叩く。

「兄弟の絆、ですか。」

「そんなところですかね。」

アクアンがシィルの手にしている銀板をじっと見つめる。

その視線に気づいたシィルは、アクアンにそっと銀板を手渡す。

「ありがとう、テグラ。」

ギュッと銀板を握りしめて、アクアンはテグラに頭を下げる。

そして、しばらくの沈黙の後、シィルがテグラに告げる。

「金貨7枚、確かに受け取りました。どうぞ、それはテグラさんの物です。」

レプリカをテグラから受け取り、レプリカを入れていた木箱に納め、そこにホスピタルの刻印を入れる。

それを受け取り、眺めるテグラに、アクアンが近づいて一礼する。

「そのレプリカには、水の魔力が込められていて、魔力の続く限り貴方を守ります。魔力の残量は・・・。」

テグラはアクアンの説明を熱心に聞く。そして、一通りの説明が終わった後、アクアンがテグラに問いかける。

「このレプリカ、お供え物なんですよね?」

「ええ、兄の最後の場所に供えます。」

「それまでに、魔力が尽きる事も考えられるわ。これを持って行って。」

アクアンは、テグラに魔力の実を手渡す。初めて見るその物体に、首をかしげる。

「これは、魔力の実です。レプリカに触れさせれば、魔力の補給が出来ます。」

「初めて見ましたが・・・受け取っておきます。」

テグラが魔力の実を道具袋にしまう。それを見届けたアクアンは再びテグラを見つめ、口を開く。

「確実に、そのレプリカをお供えしてください。本当に、お願いします。」

テグラの手を握って、アクアンが懇願する。

「後、よければ、お供えに行く間に、ミルダさんの思い出話を教えてくれますか?」

アクアンの言葉に、テグラが首をかしげる。

「行く間に?」

「精霊の中には、レプリカを通して、意思疎通が出来る者もいるんです。私もその一人。」

「精霊武具というのは、奥が深いんですね。」

木箱を眺めながら、腕を組んで頷く。

「いつか、1つ欲しいですね。手に入ったら、よろしくお願いしますよ。」

「何時でもお待ちしておりますね。」

シィルがテグラに笑顔を返す。そして、テグラは木箱を手にホスピタルを後にした。

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