第16章 浄化の魔力
「とまあ、これが俺に起こった変化の全容だな。」
ギルとボルクは自分たちに起こったこと、そしてその事件の裏で何があったのかを全て話した後、驚きを隠せないシィルとクラウィスの顔を見つめた。
「それで、ギルの姿が全然違うのね。」
「そう言う事だな。所で、アクアンに会わせてもらえないか?」
「わかった。こっちだ。」
ギルとボルクを工房に迎え入れるクラウィス。
そして、治療器具のように取り付けられたアクセサリを見て、ギルの表情は曇る。
「クラウィス、ここまでしないと助からなかったのか?」
「俺が見た時には、ここまでの処置が必要だと判断した。」
「そうか。」
ギルがゆっくりとアクアンズロッドに近づき、そこについているチェーンを握りしめる。
「クラウィス、少し俺に任せてくれないか?」
クラウィスが無言で頷き、ボルクと一緒に工房を出る。
「ったく。慣れないことしてるんじゃねぇよ・・・。」
ギルの姿が、アクアンズロッドにゆっくりと吸い込まれていく。
ギルが再び目を開ける。そこは、一筋の明かりもない漆黒の闇だった。
しかし、ギルにはしっかりとその闇に沈むアクアンの姿が見えていた。
「アクアン、聞こえてるか?」
そう言いながら、ギルは闇に沈んだアクアンに近づく。
アクアンの肌は薄い黒色に染まっており、腕と首に巻かれた鎖からは周囲に溶け込むような闇の魔力が漏れていた。
「クラウィスが施した治療は、十分効いているようだな。それに、この闇自体が流れ出した魔力だとしたら・・・掃除が必要だな。」
ギルが闇に手を触れる。思った通り、懐かしい闇の魔力だ。そしてその魔力を自身の中に取り込む。
「こんなの、慣れてないやつが取り込んだら命に関わるからな。」
みるみるうちに空間の闇が取り払われていき、空間の全容が現れてくる。
周囲は水晶の調度品に囲まれており、壁はほのかに青く光っていた。
そして、水晶のベッドの上で横になっているアクアンを見つめ、ギルは安堵の息を漏らす。
「まぁ、お前も一生懸命だったんだろな。」
ギルは寝ているアクアンの鎖を掴み、とめどなく流れている闇の魔力を吸収し続ける。
「それにしても、結構な量の魔力を吸い込んでるが、全く限界を感じないな。」
空間はそこそこ広く、そこに充満していた魔力をすべて吸収するというのは、前の自分でもそうそう出来るものではない。
そう思っていたが、実際にはどれだけ吸収しても闇の魔力が全て無色の魔力に変換されて溜まっているのだ。
その奇妙な感覚に少し戸惑いながらも、アクアンから漏れ出る闇の魔力を全て吸収していく。
それから、どれくらいの時間がたっただろうか。アクアンの肌の色が元に戻っていた。
「結構吸い込んだな。もうそろそろ意識が戻ってもよさそうだが・・・。」
そう思いながら、どんどん魔力を吸収していくギルだが、少し気になることがある。
「魔力を吸収するのはいいが・・・そろそろ魔力を補充しないとまずいな。」
周囲を見渡すが、アクアンの魔力を補充できそうなものは見当たらない。
「一度戻ってみるか。」
そっとアクアンの鎖から手を離したギル。その鎖からはまだ闇の魔力が漏れ出している。
それが少し心配だったが、この程度ならまだ大丈夫だと判断して、ギルはアクアンの空間から姿を消した。
工房に戻ったギルは、アクアンズロッドを見つめる。中に入る前は、宝石が黒ずんでいたが、今は前と同じように透き通っている。
「大体元に戻ったな。だが、次は魔力の補充か。」
そう言いながら、ギルは工房の扉に手をかける。
「専門家に任せよう。」
扉を開けた先に、シィルとクラウィスが立っている・・・と、思っていたギルだが、保管庫には誰も居なかった。
「店に居るのか?」
呟きながら、店舗に通じるドアを開ける。しかし、そこには誰もおらず、周囲は真っ暗になっていた。
「まいったな、何時間アクアンの部屋に居たんだ・・・。」
窓から外の景色を見つめるギル。空には、鮮やかな星と月がきらめいていた。
「そう言えば、俺の憑代はどこに行ったんだ・・・?」
保管庫にも工房にもギルティスライサーは無かった。
「適当なレプリカ用の剣があれば、魔力を流して逆探知できるんだがな・・・。」
周囲を探すが、保管庫にも工房にも適当な武器は見当たらない。
少しため息をつくギル。しかし、ギルが今この場に居る時点で、このホスピタルにギルティスライサーがあることは確実なので、そこまで慌てる様子はなかった。
「ここまで探してないなら、多分あそこだろうな。」
ギルの足は地下室のセメタリーへと向かう。そして、扉の前に立ち、ゆっくりと扉を開く。その先の光景を見て、ギルは安心した表情を見せる。
「やっぱりここか。」
中央のテーブルの上に、火の灯されたランプが置いてある。
ランプに照らされて、最近見慣れた魔力の実とメモが置いてあった。
そのメモに目を通すギル。読み終わったギルの視線は、部屋の片隅に置いてある剣掛けに向いていた。
「全く、あの爺さんはどこまで・・・。」
ギルは自らの憑代に近づき、手を触れる。溜まっていた魔力は全て無属性の魔力となり、ギルティスライサーに蓄積されていた。
「これだけ静かなら、クラウィス達は寝てるだろうな。」
そう考えたギルは、夜が明けるまでセメタリーで過ごす事にする。久しぶりに味わう静かな時間は、色々とギルが思いをはせるのに丁度良かった。
「俺の疑問も、メモに書いてあったことだしな。」
ギルがメモを読み返す。そこには、ボルクの字で『無属性魔力の使い方』と書かれていた。
「属性のある魔力が、なんで無属性の魔力になってたまるのか・・・、これが理由か。」
そう言って、ギルは魔力の実を手に取る。
「俺の魔力は、一度エルフツリーに預けられ、必要な時に必要な属性でエルフツリーが返してくれると・・・。なら、溜まっている無属性の魔力はその上限値って事だな。」
ギルがメモの通りに魔力の実を両手で握りしめる。
「試しにやってみるか。」
魔力の実を体に押し付け、無属性の魔力を一度体に溜め込む。
「放出は剣で行うんだったな。」
剣掛けにあるギルティスライサーを手に取るギル。
「水の魔力よ!」
そう言ってギルティスライサーを振り下ろす。その瞬間、ガシャンと音がして振り下ろした先の武具が倒れていた。
「おっと・・・これは。」
倒れた武具は、全て水に濡れており、倒したのは水の刃だという事が判った。
「水の魔力が使えるとは・・・便利になるが・・・。」
今でこそ、ギルが自分で自分の武器を扱っているが、本来は持ち主が発動させる必要がある。
「変な付加価値が付いちまったな。」
力が付いたのはありがたいが、これは逆に便利すぎる。クラウィスに説明したのち、レンタルコーナーから外してもらおうと考える。
「っと、そうだった。片付けておかないとシィルにどやされるな。」
ギルが散らかした武具を棚に戻す。棚自体には傷が入っていないことにホッとする。
「さすがに、傷は治せないからな。」
ギルも、アクアンが来てからは随分と性格が変わったようだ。以前なら、そのまま放置していただろう。
それは自分自身も認識しているようで、片づけをしながらも苦笑いを浮かべていた。
そして、片付けが終わり、一息ついたギルがギルティスライサーの隣に腰を下ろす。
「この力があれば、アクアンの魔力補充も出来るな。さて、これからどうするか。」
ギルの言うこれからは、もちろん自分の身の振り方である。
レンタルという立場であったが、新たな所有者というのも考えるべきだろう。
「もとはと言えば、新しい所有者探しが、レンタルの目的だったな。」
ボルクが望むなら、ギルはそれに従うかという気になっている。
「俺から言い出さなくても、爺さんから言ってきそうだな。」
にやりとほほ笑んだ後、ギルはギルティスライサーの中に戻っていった。
セメタリーの外から、小さな音が聞こえ始めた。夜が明けて、クラウィスの家族たちが目を覚ましたようだ。
それに気づいたギルは、セメタリーを出て保管庫に向かう。
「シィルか。」
保管庫では、武具を片付けているシィルが、セメタリーに向かう扉に顔を向ける。
「ギル!」
「あぁ、おはよう。クラウィスはもう起きてるか?」
「えぇ。今は工房に居るわ。」
「そうか。」
それを聞いたギルは、工房に向かう扉に手をかける。
「ギル、アクアンズロッドを浄化してくれたのね。ありがとう。」
「あいつは、今のお前たちにとって大切な奴だろ。助けてやれる力があるなら、助けてやるさ。」
シィルにそう答えて、ギルはそのまま工房に入る。そこには、クラウィスが不思議そうにアクアンズロッドを見つめている姿があった。
「クラウィス。」
「あぁ、ギル。おはよう。」
振り向いたクラウィスが、ギルにあいさつで答える。そして、一息ついたところで、クラウィスが切り出す。
「ギル、アクアンを助けてくれてありがとな。」
「掃除をしただけだ。本当に助けるのはこれからだろ。」
その掃除、闇の魔力の除去こそが一番の問題だったことを理解しているクラウィスが、笑顔で頷く。
「そうだったな。」
「で、今の状況だが、アクアンズロッドの中に淀んでいた闇の魔力は俺がすべて吸収した。」
「魔力を吸収したお前は大丈夫なのか?」
「ああ、闇の魔力なら慣れている。そもそも、クラウィスは俺がそう言った類の魔力に耐性があるのは知ってるだろ。」
ギルを使って、カーズドの魔力を吸収し尽くしたのを見ているクラウィスは、苦笑いを返す。
「全く、お前はすごい奴だな。」
「今更気付いてんじゃねぇよ。とにかく、アクアンに水の魔力を流し込めば治るのか?」
「簡単に言えばそうだが、流し込むとなるとアクアンズロッド自体にかなりの負担になる。」
「どうしてだ?」
「ギルはアクアンの魔力許容量を知っているか?」
クラウィスの問いかけに、ギルは首を横に振る。
「許容量を超える魔力は、どんなものにとっても毒だ。それは理解してるだろう?」
「ああ、もちろんだ。」
「だから、俺が考えていた修復方法は、魔力の元となる宝石を置き換える事だったんだが。」
クラウィスがアクアンズロッドの水霊の宝石を人差し指でつつく。
「ギル、お前になら頼めそうだ。」
「直接入って、ぎりぎりを見極めて来いって事か?」
「出来るだろ?」
「あぁ、出来るぜ。でもな、これがあれば許容量を超えた魔力は吐き出されるんじゃないのか?」
そう言って、ギルは小さな鎖を手に取る。
「中から見た時には、大きな鎖だったが、実際は小さいんだな。」
感想を述べるギルに、苦笑いで返すクラウィス。
「中の様子を見たんだろ?これは確かに魔力を排出する機能はあるが、力不足でな。」
「この大きさなら、そうだろうな。」
もし、相応の魔力排出能力があれば、ギルの見た光景は無かったはずだ。
「水の魔力を入れすぎたら、今度はその水の魔力が適正になるまでアクアンは目覚めないからな。」
ゆっくりとアクアンズロッドを手に取るクラウィス。そして、鎖をゆっくりと取り外す。
「あまり、アクアンを傷つけたくないからな。ギルが魔力を回復させてる間に、直しておくよ。」
「わかった。それじゃあ、始めるか。」
2人が頷いてそれぞれの作業に入る。クラウィスは手にしたロッドを作業台に置き、ギルはセメタリーに置いてきたギルティスライサーを取りに向かう。
そして、準備が終わった2人による本格的なアクアンの治療が始まった。
再びアクアンズロッドに入り込んだギル。昨日の黒い部屋とは大違いの明るい光が差し込む透き通った部屋になっていた。
「やっぱり、昨日の魔力は溜め込んだものだったんだな。」
ベッドで寝ているアクアンに目を向ける。昨日まで体外に魔力を逃していた鎖が消えている。
「残った闇の魔力は、俺が何とかするか。」
ギルがアクアンにのベッドによじ登り、アクアンの体をまたいで腰を下ろす。
そして、アクアンの両手を握る。
「まずは、多めに魔力を流して闇の魔力を追い出すか。」
左手から無属性の魔力を流し込み、右手から押し出された魔力を吸収する。
吸収した魔力は、ギルの体を通して、無属性の魔力となって再びアクアンの左手に返す。
アクアンの魔力を数十分循環させると、アクアンの体から闇の魔力はほぼ消え去った。
「目を覚まさないところを見ると・・・、やはり水属性の魔力が必要か。」
一度アクアンの手を放し、今後の方針を考える。
「さっきの方法で、アクアンの魔力量は判った。あいつに頼めば、魔力は何とかしてくれるだろうな。」
そう言いつつ、ギルは再びアクアンの手を握る。そして、ゆっくりと水の魔力をアクアンに流し込む。
「まずは、無属性の魔力がなくなるまで流し込むか。」
魔力を流し込んでいる間に、アクアンが目を覚ませばその時点で終わり、目を覚まさなかったら次の段階だ。
そう思っていたギルだが、思ったより早く結果が出た。
「アクアン?」
手を握り返す感覚を感じたギルが、アクアンの顔を見る。
最初に見た時より顔色もよくなり、表情も柔らかくなってきた。
「アクアン、聞こえてるか?」
ギルの問いかけに、アクアンがゆっくりと手を握り返す。
「どうやら、もう大丈夫のようだな。まだ魔力は必要か?」
アクアンがゆっくりと首を動かす。ギルがそれを見て、魔力の供給を少し増やす。
「早く、起きれるようになってくれよ。ミロンの泣き顔はあまり見たくないからな。」
そう言いながら、魔力を供給し続けるギル。そして、数時間が経過する。
最初の反応から随分と時間がかかったが、アクアンの瞳が薄らと開く。
「ようやくか。おはよう、ねぼすけアクアン。」
「・・・もう。」
少しむくれた表情を見せるアクアン。しかし、それはギルにとっては安心できる表情だった。
「もう魔力は必要ないか?」
「ありがとう、ギル。後は私自身で何とかできるわ。本当にありがとう。」
「本体の方も、今クラウィスが直している。終わったら出て来いよ。」
そう言って、ギルはアクアンのベッドから飛び降りる。
「じゃあ、報告に行ってくる。」
「うん、よろしくね。」
「無茶するんじゃないぞ。」
ギルが後ろを向いたまま手を振り、アクアンズロッドから離れる。
そして、再びクラウィスの工房に姿を現したギル。
「クラウィス、戻ったぞ。」
周囲を見渡すギル。昨日と同じく周囲には誰もいないが、昨日とは決定的に違う事がある。
「流石クラウィスだな。」
ギルの視線の先には、修理が完了しているアクアンズロッドがあった。
所々に空いていた鎖を付ける穴も塞がれており、宝石も綺麗に修復されている。
「宝石も修復できるんだな。」
穴の開いた宝石を直すには、宝石交換しかないと思っていたが、どうやら他の手法もあるようだ。
クラウィスの手法に、ギルはただただ感心するだけだった。
その仕事を眺めていると、工房の扉が開かれ、そこからクラウィスが現れる。
「ギル、戻ったんだな。」
「あぁ、あいつは目覚めた。ただ、もう少し現れるには時間がかかるだろうな。」
「それでも、ギルのおかげで早く修復も出来た。俺が生きている間に、出会えないと思っていた。」
アクアンズロッドに近づき、大きめの魔法石を置く。
「よく宝石を修理したな。」
「あぁ、魔法石を加工して修復した。」
「魔法石の加工技術もあるのか。」
「いや、俺にその技術はない。だから、これは加工品を使って修理した。」
クラウィスが、1つの瓶をギルに見せる。それには、青い粉が入っている。
「魔法石の粉か。」
「これに、凝固剤を混ぜると補修材になる。まあ、金銭的な価値は求めてないからこそできる修理法だな。」
そう言いながら、ギルに穴の開いた宝石部を見せる。じっくり見ると、確かにわずかな違和感があるが、機能的には問題ないのだろう。
「まあ、これで互いに仕事は終わった感じだな。ところで、クラウィスに聞きたいことがあるんだが。」
「なんだ?」
「爺さんは、何か言ってたか?」
「ボルクさんか。ギルによろしくと言ってたな。」
「そうか。」
ギルは、その言葉の意味を少し考える。とりあえず言えることは、今のボルクに自分は必要が無いという事だ。
「なら、今後ボルクが指名してきたら、レプリカじゃなく本体を貸してやってくれ。」
「お前からそう言うのは、珍しいな。」
「世話になったからな。」
真剣な表情のギルに、クラウィスは無言で頷く。
「さて、それじゃあ。俺はレプリカを整備しておくか。店に置いてるんだろ?」
「あぁ、店にシィルが居るから、聞いてみてくれ。」
「わかった。」
そう言って、ギルは工房を出る。残されたクラウィスは、アクアンズロッドに魔法石の粉を振りかける。
その粉は、アクアンズロッドに触れた途端、吸い込まれるように消えていく。
瓶の中に入っていた魔法石の粉は全てアクアンズロッドに吸収され、その空き瓶をアクアンズロッドの隣に置く。
「さて、待ってるからな。」
クラウィスが工房内の静かなところにアクアンズロッドを置き、工房を後にする。
そして、その日は何事もなく過ぎ、ギルはセメタリーに、クラウィス一家は居住スペースに戻り、眠りについた。
「ギル・・・見違えたわね。」
ベッドから起き上がれるようになったアクアンが、テーブルに置かれた無属性の魔力の果実を手に取る。
この果実は、アクアンが目覚めた時にはここに置いてあった。そして、目覚めた後も、ギルが毎日届けてくれていた。
そして、同じくテーブルの上に置かれている魔法石の粉末が入った瓶を手にする。
その粉末を果実に振りかけると、無属性の果実が水属性へと変化した。
それを口に運ぶアクアン。その果実は、アクアンの体に入るとすぐに魔力へと変化する。
最初はその効果に驚いていたが、今ではその魔力の変化が心地よい。
「これで、魔力も十分ね。いよいよかしら。」
少し身支度を整えるアクアン。いよいよ、皆の前へと姿を現す時が来た。
ゆっくりと体を落ち着かせたアクアンは、ヨシと気合を入れ、心地よかったアクアンズロッドから外の世界へと飛び出した。
アクアンが数日ぶりに見る景色は、ギルと同じく誰もいない工房だった。
「あれ・・・?ここは、工房。」
いつもなら、工房内はアクアンがすぐに逃げ出すぐらいの暑さであるのだが、周囲は火の気配が無い。
奇妙だと思ったが、いい機会と捉えたアクアンはじっくりとクラウィスの職場を見て回ることにした。
「色々な工具があるのね。何に使うのかはよく分からないけど。」
アクアンは少し大きなハンマーに触れる。その瞬間、工房の扉がガチャリと開く音が聞こえ、アクアンは体をビクッとこわばらせる。
「アクアン、おはよう。」
その声で、アクアンの緊張がほぐれる。
「シィル・・・。おはよう。迷惑かけちゃった。」
アクアンが声の方を振り向くと同時に、温かいものがアクアンを包み込んだ。
「いいの。あなたのおかげで、私達は助かったの。」
シィルの抱きしめる強さで、その気持ちがアクアンに伝わってくる。
「そういえば、他の皆は?」
「朝も早いからね、まだ寝てるわよ。」
その言葉で、周囲の状況の謎が解けた。
「そっか、じゃあ、私が皆を起こしてきてあげても良いかしら?」
「ふふっ。それはいいわね、お願いするわ。」
アクアンの案に、笑顔で答えるシィル。そして、2人は工房を出て保管庫へ、そこから居住エリアへと向かった。
ミロンの寝室の前に立った2人は、音をたてないようにゆっくりと扉を開ける。
部屋の中にあるミロン用にあつらえてあるベッドの上で、落ちそうな体をかろうじて支えながら眠っているミロンの姿を見て、アクアンは思わず笑みがこぼれる。
「この子、こんなに寝相が悪いのね。」
「ええ、いつもこんな感じよ。でも、落ちた事は無いわ。」
「バランスいいのね。それじゃあ、お寝坊さんを起こしましょうか。」
アクアンがゆっくりとミロンに近づき、そっと体を抱えて正しい位置に戻す。そして、ミロンの頬にやさしく手を添える。
「ミロン、朝よ。起きましょうね。」
いつもと違う感じがしたミロンが、不思議そうに目を開ける。
「ママ・・・?」
体をよじるようにアクアンの手から逃れ、あわよくばもう一度夢の世界へ旅立とうとしている。
「もう、目を覚ましましょうね。」
そんなミロンの頬に、冷たい水滴を1滴たらす。突然のことに、ミロンはひゃんと驚いて目を見開く。
「ま・・・ママ・・・?」
見開いた眼に飛び込んだ人の姿は、ミロンが会いたくて仕方のない人物だった。
「アクアンお姉ちゃん!!」
布団からがばっと起き上がり、アクアンに飛びつく。
「おはよう、ミロン。」
ギューッとアクアンにしがみつき、アクアンの胸に顔をうずめる。
そんなミロンの頭をやさしく撫でながら、アクアンはゆっくりとベッドに腰を下ろす。
「心配かけちゃったわね。」
アクアンの言葉に、うんと頷くミロン。
「落ち着いたら、一緒にクラウィスを起こしに行こうね。」
再び頷くミロン。そして、ゆっくりとアクアンから離れて、じっと顔を見つめる。
すっかり安心したミロンが、ベッドから飛び降りる。
「パパ起こしに行こう!」
「そうね、静かに行こうね。」
「うん!」
静かに部屋を出る3人、その足でクラウィスの寝室に向かう。
ゆっくりと静かにクラウィスの部屋に入る。そこでまずアクアンが思ったのは、流石親子という事だった。
「部屋の様子から、寝相までミロンそっくりね。」
ミロンほどではないが、体は半分ずり落ちており、よくバランスが取れていると感心する。
流石に、ミロンのように元に戻すのは不可能だと考えるアクアンは、シィルの方を振り返る。
アクアンの視線に、シィルはにやりと笑顔を見せて、ビシッと指をクラウィスに向ける。
その意図を感じ取ったアクアンも、にやりと笑顔を返して、ゆっくりとクラウィスに近づく。
「クラウィス、朝よ。起きなさい。」
アクアンの言葉は、夢の中のクラウィスには届かない。アクアンがゆっくりと頷いて、クラウィスの頬を両手で包み込む。
そして、霧状の水を一気にクラウィスに吹きかける。
「な、なんだ!?」
突然顔に霧吹きで水をかけられたような感覚に、思わず飛び起きるクラウィス。
「っ!!あ、アクアン?!」
「目が覚めたのね、お寝坊さん。」
「お前こそ・・・。」
アクアンに吹きかけられた水を寝間着でふき取る。そして、アクアンをじっと見据える。
その視線に、アクアンは笑顔でおはようと答える。
「さて、今日もよろしく頼むぞ、アクアン。」
目覚めたばかりのアクアンに対して、普通に接するクラウィスに、アクアンはホッとしていた。
「ところでクラウィス、ギルはどこかしら?少しお話したいのだけど。」
「あいつなら、最近の夜はセメタリーに居るな。」
「そうなのね。じゃあ、皆が朝食をとってる間に、会いに行くわ。ありがとう。」
そう言って、アクアンはクラウィスとミロンの対応をシィルに任せる。
「さて、シィル、ミロン。おはよう、行こうか。」
クラウィスがそう言いながら、2人と共にクラウィスの寝室から出ていった。
それをアクアンが見送り、アクアンもセメタリーに向かった。
セメタリーの中で、考え事をしているギルが、ガチャリと開いた扉を見つめる。
「アクアンか。魔力も十分馴染んだようだな。」
「ギル、ありがとう。あなたのくれた果実、とても役に立ったわ。」
「礼なら、ボルクとエルフツリーに言ってくれ。」
「それはもちろんよ。でも、実際に助けてくれたのはあなたでしょ。」
アクアンの言葉に、ギルは俯いて照れ隠しをする。その行為がかわいいと感じたアクアンが、ギルに近づく。
そして、ギルの体をぎゅっと抱きしめた。
「何するんだ。」
少し不機嫌そうにアクアンの方を振り向く。
「あなたにもらった魔力がどうなったか、少し感じてもらおうと思ってね。」
「ったく、そんな事しなくても判る。俺の魔力を渡したんだぞ。」
「あら、それって・・・。」
「お前を一時的に俺のレプリカにしたって事だ。」
「じゃあ、私の事ずっと覗いてたの?」
「楽しいいたずらしていたみたいだな。」
「もう!」
顔を真っ赤にして、アクアンがギルを解放する。
その行動にギルはくくくと笑って返す。
「まあ、どこに居るかぐらいしかわからないからな。いたずらしていただろって言うのは出まかせだ。」
「ギル!」
アクアンが声を少し荒げる。ギルはそれを見て安心したのか、ギルティスライサーに戻っていった。
「あ!逃げるな!!」
そう言ったアクアンだが、小声でありがとうとつぶやいて、セメタリーを後にした。
「全く、少しは成長したと思ったのに。」
ぼやきながらアクアンが店舗へと向かう。そして、開店の準備をする。
レンタルコーナーも、いつも通りのメンバーが並んでいる。
「今日もよろしくね。」
アクアンがそう挨拶すると、メルがウロボロスリフレクタからアクアンに飛びついた。
その突然の攻撃に思わず後退りするが、しっかりとメルを受け止めたアクアンがメルの顔をじっと見つめる。
「心配かけちゃってごめんね。」
メルはその言葉に答えるようにアクアンの顔を舐める。
「ふふ、ありがとう。」
アクアンがしばらくメルと戯れていると、朝の準備が終わったシィルが店舗にやってきた。
「アクアン、目覚めてすぐだけど、仕事しても大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。ギルとクラウィスにしっかり治してもらったからね。」
自分の体をシィルに見せながら、開店準備を続けるアクアン。
「無理しちゃだめよ。」
「ありがと、シィル。」
そして、開店時間になり、いつも通りの一日が戻ってきた。
その日は、アクアンの顔を見た常連客が全員安堵の表情を見せていた。




