第15章 精霊の進化
「さて、どうやらレプリカからずっと見ていたようじゃが、実際に目にする儂の住処はおぬしにどう映るかの?」
ギルティスライサーを目の前にかざして話しかけるボルク。
「俺の姿が見えてないだろうに、何を言ってるんだか・・・。」
そう悪態をつくギル。本来、精霊の言葉は実体化しなければ普通には聞こえないはずだ。しかし・・・。
「そうは言うがの、実際には見えておるんじゃよ。伊達に長くは生きておらんて。」
そう言って、ボルクがギルの首根っこをむんずとつかんでつまみ上げる。その行為に、ギルは驚きと戸惑いの表情を見せる。
「な・・・お前まさか・・・!」
「こう見えても、儂は昔様々な精霊を使役して戦っておったんじゃよ。」
「スピリッツか・・・?」
ボルクはほっほっほ笑いながらギルを地面に戻す。
「スピリッツは剣が使えんじゃろ。まぁ、この職は今ではほぼおらんからの。」
ボルクのヒントを受けて、ギルはにやりと笑みを浮かべる。
「俺も、風の精霊の噂ぐらいでしか聞いたことなかったが・・・実在したのか。爺さん、エクイスピルか。」
ボルクがこくりと頷いてギルの言葉に答える。
エクイスピルは、スピリッツの能力を使う騎士の事だ。魔法技術が発達した今では、魔法を使う騎士の方が一般的となっており、精霊の力を使う騎士はほぼいない。
「改めて聞くが、俺を借りた理由はなんだ?」
「お前さんに興味を持った。それじゃダメかの?」
「俺に興味を持つ?そもそも、爺さんが店に来た時に始めて会っただろ?」
「お前さんの事は、孫から聞いていたんじゃよ。わしの昔話に出てきた剣とそっくりなものがあるとな。」
「ミクか・・・。まぁ、それなら納得は出来るな。」
ギルが腕を組んで頷くが、同時に疑問も浮かぶ。
「だが、俺を昔に使っていたって言うのはどういう事だ?」
驚いた表情を見せるギルに、ボルクは真剣な表情で頷く。
「わしは、かつて国を守護する騎士じゃったんじゃ。その時にこの剣を使っておった。」
「国って、どこの国だ?」
「あぁ、今お前さんが世話になっている、ホスピタルがある街じゃよ。」
そう聞いて、ギルが驚いた表情を見せる。
「あの街は、フォージギルドが作った街じゃないのか?」
「まあ、判りやすく言えばそうなるんじゃが、厳密にはフォージギルドが国の運営を引き継いだというところじゃの。」
「運営を引き継ぐって、よっぽどその国の財政が傾いていたのか?」
「傾いていたというより、跡取りが居なかったというのが正しいかの。」
「跡取りか。お前たちがなればよかったんじゃないのか?」
「人間の作った国をエルフが統治するわけにもいかんじゃろ。」
かっかっかと笑いながら、ボルクはギルティスライサーを腰に携え、目的地へと視線を向ける。
「その時代に振るっていた武器が、こうなっているのを見過ごせなかったんじゃよ。」
「こうなっているっていうのは、どういう意味だ?」
少し癇に障る言い方だったのか、ギルはボルクに強めに問いただす。しかし、それを気にしていないボルクは目的地へと足を向ける。
「わしが使っていた時には、精霊はこの武器に宿る事は無かった。」
「爺さんは精霊を使役できたんだろ?わざわざ装備に宿す必要は無いから当然だ。」
「そうじゃがの、使役する精霊は、あくまで契約じゃて。残る事は無いんじゃ。」
「なんだ、ただ寂しいだけか。」
ギルが感傷に浸るボルクを一刀両断する。
「ほっほっほ、そうじゃの。それに、精霊武具はうらやましかったんじゃよ。」
「エルフというのは、もっと敬虔なものかと思っていたが、案外俗っぽいんだな。」
「長く生きれば、世の色に染まる物じゃて。」
そう言って笑うボルクを、ギルはため息をつきながら見つめていた。
「その、恋焦がれた精霊が、自分が使っていた武器に宿ったんじゃ。その精霊が、ここまでボロボロになってたんじゃからの。」
「ボロボロ?俺がか?」
「うむ、随分と闇に落ちている状況だったからの。自分に宿る魔力の質は、自分がよくわかっておるじゃろ。」
「あぁ、完全に闇だな。しかもかなり邪悪なやつだ。」
ギルが自分の手のひらを見つめる。
「何時からかはわからないが、俺の魔力は闇の傾向が強くなっていった感じがあるな。」
そう考えたギルだが、少し疑問が浮かぶ。自分はあの処刑人がこの武器に宿らせた。すなわち、最初から闇であったはずなのだ。
しかし、自分の中では傾向という感じで、闇以外の力があるのではないかと感じていた。
「精霊武具に宿る精霊は、武具によってその魔力の性質も変わっていくことがほとんどじゃて。」
「じゃあ、この武器が最初から闇属性だったという事か?」
そう聞き返すギルに、ボルクは首を横に振る。
「わしが使っておった頃は、これには風の精霊を宿しておったな。」
「ん?という事は、元は属性無しの武器だったのか。」
「そう言う事になるな。ただ、残存魔力というものがあるからの、最終的には、風の魔剣程度にはなっておったかもしれん。」
「だが、そうなる前にこれは爺さんの手を離れたって訳か。」
ボルクが寂しそうに頷く。
「目の前に現れた時は、心が震えたぞ。だが、同時に禍々しく汚れた魔力を見て、何とかせねばと思ったわけじゃ。」
「自分ではわからないんだが、そうか、それが爺さんの言うボロボロか。」
自分の体と、ギルティスライサーを交互に見ながら、ギルはつぶやく。
「で、今まで俺のレプリカで何をしていたんだ?ただの樹木の伐採じゃないだろ。」
事の核心を問いかけるギル。ボルクは、目の前の巨木に手を当て、小さく頷いた。
「お前さんのその汚れた魔力を、浄化できるかと思ってな。」
「何の目的で、そんな事を?」
「お前さんの・・・いや、建前じゃの。わしのためじゃ。」
「爺さんのわがままか。そう言うのを隠さないのは嫌いじゃないな。」
そう言って、ギルが笑う。
「わしの青春時代そのものじゃからの。」
かっかっかと笑うボルク。
「で、どうやってこのボロボロの俺を綺麗にしてくれるんだ?」
「この巨木は、吸魔の幹という性質を持っていてな。これに魔力を注げば、魔力を宿した枝が出来る。その枝を、この森の主に差し出して魔力を清めてもらうんじゃよ。」
「そんな事、出来るのか?」
「試しに、レプリカで作った枝を差し出してみたが、効果は上々だったの。」
ボルクの答えに、ギルは少し過去の記憶を呼び戻す。
その中に、刈り取ったこの巨木の枝を他の樹に接ぎ木している光景があった。
「あぁ、あの時の接ぎ木か。しかし、俺の体には全く影響が無いが?」
「わずかなものじゃったからな。まずは残った枝を使って接ぎ木をしてしまおうかの。」
ボルクが巨木の側に積み重なった数本の枝を指さす。
「あれが、レプリカの魔力を急速に奪った原因か。」
「そう言う事じゃな。次にやる事は判っとるな?」
残った数本の枝と、それを接ぎ木することが出来なかった理由を理解したギルは、不敵にほほ笑む。
「あぁ、任せとけ。レプリカじゃ出せない力を見せてやるさ。」
ギルの頼もしい言葉に、ボルクはひげを触りながら笑顔を見せた。
少し歩いた先に、森の主たる樹がひっそりと聳え立ている。
その樹を見たギルは、ぽつりとつぶやく。
「これが、キメラか・・・。」
その樹は、しっかりと地面に根を下ろし、大きな幹にはつらつと生い茂る枝と葉、そして所々に瑞々しい木の実がなっている。
しかし、ギルはそれに違和感しか感じていなかった。いや、ギルだけじゃない。これを見た者は全員その違和感に襲われるだろう。
「爺さん、この樹は、本当は何なんだ?」
それを聞いたボルクは、抱えた吸魔の枝を下ろしてギルに答える。
「もともとは、エルフツリーという森ならどこにでも生えているありふれた木じゃったよ。」
ボルクがしゃがみ込んで、木の根元をさする。そこには、元のエルフツリーの面影を残した表皮を見せていた。
「それが、今では様々な木を接ぎ木されて、こんなキメラになっているという事か。」
違和感の原因は、いたるところから伸びる『元とは全く違う種類の枝と葉』だ。
そして、木の実も複数種類が同時に実るという奇妙な状態だ。
「で、これにそれを接ぎ木して、俺の何が綺麗になるんだ?」
ギルがエルフツリーの側に近寄り、拳を握りしめてこんこんとノックする。
「この樹は、様々な魔力を帯び、今ではこの森の意思決定権を持つまでに成長したんじゃよ。その者に、お前の魔力の浄化と赦しをもらうんじゃ。」
「なるほど・・・、俺のこの状態をこの森公認にしてしまうという事か?」
「公認か、言いえて妙じゃの。まぁ、ギルは赦しとかの言葉は嫌いそうじゃしの。」
「あぁ、赦しなんて、ロクなもんじゃないからな。」
達観した表情を見せるギル。何しろ、赦しを与えるとか言いながらギルティスライサーを振るっていた者がギルを宿したのだから。
「赦しはともかく、浄化は必要じゃの。その辺り、この樹は弁えておるよ。」
そう言って、ボルクはギルティスライサーを構える。
「では、準備はいいかの?」
「いつでもいいぜ。」
ギルの言葉が終わった直後、ギルの体はギルティスライサーに吸い込まれる。
その直後から、ギルティスライサーは甲高い音をたて始めた。
「これじゃ、この感触じゃ・・・。」
数百年ぶりの感触に、ボルクは思わず声を上げる。
そして、ボルクがギルティスライサーをエルフツリーに軽く押し当てる。
軽く押し当てているにもかかわらず、エルフツリーに深く食い込まれていく。
「どうじゃ?このエルフツリーは。」
ボルクが手にしたギルティスライサーに向けて声をかける。その答えは、消えていく音で理解できた。
「なんだよこれ!」
急激に失った魔力の反動か、ギルは片膝をついている。その姿を見たボルクはにやりとほほ笑む。
「そうじゃろう。こいつは魔力を大量に吸収するんじゃ。」
ギルの最後に見た光景は、これに刃を突き付けた瞬間だったと理解した。
「吸魔の枝を作るにも、こいつに切り込みを入れるにも魔力が膨大に必要という事か。」
ゆっくりと立ち上がり、ギルはエルフツリーに近づき、そっと手を触れる。
その瞬間に、ギルの体から魔力がエルフツリーに急速に吸い込まれていく。それが危険と判断したギルはパッと手を放す。
「これは・・・危険物じゃないのか?」
ノック程度ならよかったものの、触れたものの魔力を問答無用で吸収するエルフツリーは、魔力の権化とされる精霊にとってはもはや即死トラップだ。
しかし、こんなものがエルフの森に生えている理由をギルは少し考えてみる。
魔力を吸収するだけなら、間違いなく森の調和を乱すものとして、エルフ達はこれを伐採するだろう。
だが、それをせずに吸魔の枝を接木してまでこれを育てる意味だ。
ふとエルフツリーの周囲を見回すギル。そこで、奇妙なことに気付く。
「なんで、このエルフツリーだけキメラになれたんだ・・・?」
ギルの視線の先に、たくさんのエルフツリーが生えている。そのうちの1本のエルフツリーに近づき、少し手を触れる。
すると、ギルの体に少しの魔力が流れ込んでくるのを感じることが出来た。
そう言う事かと、ギルはこのエルフツリーの仕組みをおぼろげに予想できた。
「吸収と放出・・・、こいつが吸った膨大な魔力が、他のエルフツリーを通じて、この森全体に魔力を供給している。という事だな。」
ギルの答えに、ボルクが頷く。
「そうじゃ、そして、吸収の力を持つエルフツリーはごく少数、広大な森に一本もないという事もざらにあるのじゃ。じゃから、我々が育てる必要があるという事じゃの。」
「なるほど、エルフツリーは普通の森にもあるが、吸収と放出の対が無ければ、エルフの森とはならないわけか。」
「そう言う事になるの。しかし、この森はそれだけじゃなかったんじゃよ。」
そう言いつつ、吸魔の枝を手にしてギルに見せる。
「この枝を付ける樹まで見つかったからの。これが、エルフツリーをさらに強化させることになったんじゃよ。」
「で、強化の行きつく先が、この森の最高責任者という事か。」
いくつかの偶然が重なり、このエルフツリーはキメラとなり、エルフの森は出来ていたのだ。
「他のエルフが住む森も、こんなものなのか?」
「他の森には行ったことが無いからの。詳しくはないのじゃが、似たような仕組みはあるそうじゃて。」
ボルクがほっほっほと笑いながら、ギルティスライサーを鞘に納める。
「さて、後はここにこれを差し込むと完成だ。」
切り込みが入ったエルフツリーに、吸魔の枝を差し込む。すると、枝は一気にエルフツリーに飲み込まれ、数秒で姿を消した。
その様子を見ていたギルは、少々呆気にとられる。その後、首をブンブンと横に振り、この状態が当然だと理解する。
「このキメラにとって、この枝はごちそうだよな。こうなるのは当たり前か。」
「さぁ、ギルの体には何か変化はないか?」
「特にはないな。そもそも、この枝は俺が付与したわずかな魔力のレプリカから出来てるんだろ。それじゃどうもできないだろう。」
ここまで見ていて、ギルは更に疑問が浮かぶ。しかし、それを解決する手段はない。
「爺さん、こいつは、魔力のない物理攻撃じゃこんな風に傷をつけれないのか?」
「もちろん可能じゃ。ただし、この樹が死んでしまうがな。」
そう言う事かと、ギルは頷く。この魔力があふれる森に住むモノたちは、多かれ少なかれ魔力を持つ。
「この森に居る奴らには、倒すことが出来ないな。なるほど、エルフが部外者を森に寄せ付けない理由も納得だ。」
この森で自分がやる事を理解したギルは、そう言いながらギルティスライサーに手を伸ばす。
「この樹が俺をどうするのかはわからないが、爺さんの考えに乗っかってやるよ。」
ギルがそのままギルティスライサーに吸い込まれる。
「まあ、しばらく世話になる。」
ギルティスライサーから、ギルの声が響く。
「おぉ、それでは、早速段取りを組むとするか。」
いつもよりも大きな声と身振りで、その嬉しさを表現するボルク。それを見ていたギルは、まるで子供だなと考えていた。
その日から、2人はしばらくの間は吸魔の枝を育てることに専念する。吸魔の木とエルフツリー、その2つに吸魔の制限はないという事は判明していたからだ。
日が昇ると同時に、吸魔の木へと向かい、ボルクがその幹へとギルティスライサーを突き立て、その場から離れる。
そして、ギルが一気に魔力を注入すると、吸魔の木は全体が振動をはじめ、一気に枝が伸び、ボルクが居た場所を貫く!
「いやはや、本物の魔力は格が違うの。」
吸魔の枝は伸びに伸びて、ギルティスライサーを覆い隠すまでに成長する。そんな枝の勢いを見て、ボルクが面白そうにつぶやく。
「レプリカとはわけが違うからな。魔力の供給を止めるぞ。」
ギルの声の後、枝の成長が止まる。それを確認して、ボルクがギルティスライサーに近づこうとしたが、伸びた枝が邪魔で近づけない。
「しかし、伸ばしすぎじゃの・・・。」
そう言いながら、ボルクは腰に身に着けている小型のナイフを取り出す。
「ギル、そこからこのナイフに魔力は込められるか?」
「そうだな、剣先でも俺に当てられるか?」
「やってみよう。」
枝の隙間から、ナイフを持つ腕を押し込むボルク。吸魔の木は、異物を排除するかのようにボルクの腕を押し戻そうとする。
それを無理矢理押しのけながら、ボルクはナイフの先をギルティスライサーの束に触れさせる。
「爺さん、十分だ。そのまま少し待ってろ。」
「年寄りにはちとつらい体勢じゃて、早めに頼むぞ。」
「まだまだ若いんだろ。我慢しろ。」
ギルはそう言いながら、触れているナイフに魔力を流す。
「それぐらいあれば、俺を取り出すぐらいの枝は切れるだろ。」
ものの数秒で、必要量の魔力を注いだようだ。その魔力量にボルクも頷く。
「ギルにかかれば、あっという間に魔力のこもった武器が出来上がるの。クラウィスも喜ぶじゃろ。」
「あいつはあくまで俺たちの様な精霊の宿る武器にしか興味が無いからな。」
そうじゃの。と、ボルクは笑って答える。
そして、ナイフを引き抜いたボルクは、ゆっくりと吸魔の枝に刃を近づける。すると、枝はスパっと綺麗に切れた。
「おぉ、これはいいのぉ。」
その切れ味は、今まで使っていた魔力を帯びる鉈とは比べ物にならない。
それを使って枝をどんどん切り落とし、、ギルティスライサーを取り出せるぐらいの隙間を作る。
そして、持ち手が見えたギルティスライサーを手に取り、ゆっくりと引き出す。
「さて、疲れてるじゃろうが、もうひと頑張り出来るかの?」
引き出したギルティスライサーにボルクが声をかける。
「嫌だ、と言ってもやるんだろ。」
「そう言う事じゃ。」
やれやれと言った表情を見せるギル。それを見たうえで、ボルクは笑顔でギルティスライサーを振るう。
その一振り毎に枝が増えていき、あっという間に吸魔の木はギルが魔力を注ぐ前の姿に戻っていった。
「精霊遣いが荒いな。これじゃあどうあがいても精霊は装備に宿らねぇぞ。」
少し疲れた表情を見せるギルに、ボルクは大きな声で笑い返す。
「じゃから、儂は無理矢理にでも精霊を従わせることのできる騎士になったんじゃよ。」
「最悪なジジイだな!」
笑いながら悪態をつくギルティスライサーを鞘に納めるボルク。
「さて、これを接ぎ木するのは後日じゃの。」
「そうだな、流石に俺の魔力も心もとない。」
地面に腰を下ろすギルに、ボルクは髭をさすりながら話しかける。
「魔力の限界量を知るいい機会じゃったろ。」
「物は言いようって言葉、知ってるよな?」
「おぉ、知っておるぞ。精霊の力を存分に引き出すための魔法の言葉じゃて。」
それを聞いたギルは、この爺さんに精霊武具を持たせるのは危険だとつくづく感じた。
それから、数日の間ボルクとギルは吸魔の枝を作り上げることに専念していた。
そして、気が付けば吸魔の枝で物置小屋が出来るほどの量が集まった。
「いやはや・・・流石じゃの。」
その枝を見ながら、ボルクはその中の一本を手に取り、その枝ぶりを眺める。
「さて、そろそろ良いじゃろ。明日からは、エルフツリーに行くかの。」
「しかし、いまだにこれを食わせたらどうなるのかが判らんな。」
そう言いながら、ギルも枝を手に取る。その時、ギルの頭に聞きなれた声が響く。
その受け答えを聞いていたボルクが、奇妙そうな表情を見せる。
「どうしたんじゃ?」
「あぁ、アクアンからの通信だ。レプリカを通してでも、出来るんだな。まぁ、レプリカを自分で追えるから当然と言えば当然か。」
「あのお嬢ちゃんか。なんて言ってたのか、聞いてもいいかの?」
「街で闘技大会があるんだが・・・まぁ、ちと訳アリでな。」
「訳アリか、気になるところじゃの。お前さんも気になるんじゃろ?」
「気にならないと言えば嘘になるか。だが、レプリカを現場に持って行ってもらってるからな。」
「なるほど、レプリカを通して見るか。精霊というのは器用じゃの。」
「そんなわけだ。今日は休みにしようぜ。」
「それなら仕方ないのぉ。」
そう言って、ボルクは吸魔の枝の束から一本の枝を抜き出す。
「これだけあるんじゃ、1つぐらい使わせてもらってもばちは当たらんじゃろ。」
「作ったのは俺だがな。」
「硬い事言うでない。孫娘に新しい弓を作ってやるんじゃよ。」
「ミクか。いいんじゃねぇか?」
ギルが本気で魔力を注いだ枝だ、いい武器が出来る事は間違いない。
「それじゃあ、家で作業するかの。」
ボルクがその枝を取り、ギルと一緒を連れて家に戻る。そして、静かにその時を迎える。
「・・・ん?」
不自然な魔力の流れを、レプリカから感じたギルは、その原因を確かめるべくレプリカに意識を飛ばす。
「おいおい・・・これは・・・。」
ギルが感じたのは、ギルと同じ恨みや憎しみのこもった魔力だった。
「どうしたんじゃ?」
「かなり厄介なことになっているようだ。カーズドって知ってるだろ?」
「あぁ、知っておるよ。精霊武具よりは見つけやすいが、性能は尖っておるな。」
控えめに表現してはいるが、実際のところは装備者の身を滅ぼすレベルの代物であるとボルクも理解していた。
「爺さん、悪いが今日の弓作成は諦めてもらっていいか?」
「そう言うじゃろうと思ったよ。」
カーズドの危険性を知っていた2人は、顔を見合わせて頷いた。
それから、ギルはボルクに作戦を伝える。
「そんな事が出来るのか。」
「ああ、出来る。」
ギルは力強く応える。その言葉を聞いて、ボルクはギルティスライサーを手にし、エルフツリーに向かった。
その間、ギルは作戦に向けてクラウィス達と頻繁に会話を交わしていた。
そして、エルフツリーの元に来た2人はギルの作戦の準備をする。
「しかし、ギルよ。改めて聞くが、その作戦は本当に可能なのか?」
「あぁ、レプリカを通して、相手の状況とやり取りができるなら、魔力の受け渡しも可能だと思ってな。」
「それが出来るのなら、レプリカに魔力を供給し続けてくれればよかったのではないかの?」
「魔力の放出先がレプリカだと、その力に耐えきれないだろう。だが、レプリカから俺の方に魔力が来る分には問題ないだろう。」
「なるほどのぉ。」
吸魔の枝の束を、エルフツリーの横に置くボルク。その途端に、エルフツリーの葉がざわざわと騒ぎ始める。
目の前に置かれたご馳走に、思わず反応したのだろう。
「ほっほっほ、森の主は目ざといのぉ。」
「爺さん、そろそろ来るぜ。準備してくれよ。」
「わかった。では、準備するかの。」
ギルティスライサーを携え、エルフツリーの前に立つボルク。
「ギル、合図を頼むぞ。」
「任せとけ。」
大きく深呼吸をして、ギルティスライサーを抜刀し、エルフツリーに向けて構える。
そして数秒後、ギルティスライサーから少しの振動を感じる。それを合図に、ボルクは幹に向けてギルティスライサーを振り下ろした。
「爺さん、離れてな。これから盛大に魔力をぶち込んでやる。」
「そうじゃの。じゃが、こればっかりは儂も責任があるからの。それに、これは吸魔の枝のように枝が暴れる事は無い。」
「判った。死んでも文句は言うなよ。」
「そう簡単には死なんわい。お前さんこそ、消えるでないぞ。」
互いに言い合いを終えた後、すっきりした表情でボルクはギルティスライサーを持つ手に力を込める。
エルフツリーに深々と刺さったギルティスライサーから、膨大な禍々しい魔力が放出される。
「これは・・・相当年季の入ったカーズドだったんじゃの。」
「それだけじゃない。ウロボロスリフレクタが真の力を見せたせいでもあるな。」
ゆっくりと現状を語るギル。しかし、話しかけられているボルクは、その話を半分も聞けていない。
「これは、参ったのぉ。」
ボルクの手にあるギルティスライサーが、しっかりとエルフツリーに抱え込まれている。これ以上ないご馳走を手放すわけにはいかないといった状態だ。
「ギルよ、魔力はまだまだ出せるじゃろ?」
「あぁ、出せるぜ。あのカーズドから受け取った魔力は全部出し切ってやるから心配するな。」
「それはそれは、このエルフツリーも喜ぶわい。」
どんどんギルティスライサーを飲み込むエルフツリー、流石にこれ以上飲み込まれると取り出せなくなってしまう。
そうなる前に、ギルティスライサーを取り出さなければと考えたボルクは、ギルティスライサーの力を発動させる。
低い音と共に、かすかにギルティスライサーが振動を始める。そして、ゆっくりとギルティスライサーを引き抜いていく。
だが、完全に引き抜くと魔力の供給が止まってしまうため、ボルクは20cm程刃を食い込ませた状態で引き抜くのを止める。
「おいおい・・・このエルフツリーはどれだけ欲深いんだ?」
引き抜いたそばから、ギルティスライサーを追いかけるように枝を伸ばす。そのスピードは、普通の植物ではありえない成長速度だ。
「お前さんだって、おいしい飯を前にしたらこうなるじゃろ。」
「俺は飯なんて食わないがな。」
「ほっほっほ、そうじゃの。まあ、美味いものには皆つられるもんじゃて。」
「この様子を見ると、そうなんだろうな。」
明らかに呆れた声を上げるギルに、思わず笑みがこぼれるボルク。
「まあ、そんなエルフツリーに朗報だ。さらに魔力を注ぎ込んでやる。」
ギルの宣言通り、ギルティスライサーからさらに魔力がエルフツリーに注ぎ込まれる。
すると、エルフツリーは身もだえるように幹を揺らし、上方に延びている枝に次々と実が生り始めた。
「おぉ・・・こんな事が起こるのか!」
「爺さんも見たことないのか。」
「あぁ、このエルフツリー自体は実を付けるものじゃないからの。これは取り込まれた枝の実じゃ。じゃが、こうなるのは稀じゃの。」
ボルクの説明通り、エルフツリーに生った実は枝ごとに違った実を付けていた。
「あの実・・・奇妙だな。」
ギルが、その実に奇妙な魔力を感じる。
「そう感じるじゃろうな。あれは、エルフツリーが処理しきれなかった魔力の塊なんじゃよ。」
「処理しきれなかった・・・という事は、俺の魔力が上回ったって事でいいんだな。」
「そう言う事じゃな。」
「そうか。でも、魔力はまだまだ有り余ってるがどうする?」
「構わん。出せるだけ出してしまうといいじゃろ。」
「どうなっても知らねえぞ。」
ギルティスライサーがさらに魔力を注ぎ込むと、今まで盛んに動いていたエルフツリーが不気味なほどに静かになる。
「お、おとなしくなったな。」
「ここからじゃよ。エルフツリーの審判はの。」
「審判・・・?」
「そうじゃ。初めに言ったじゃろ、お前さんを認めてもらうと。」
「そう言えば、そんな事言ってたな。認めてもらうとどうなるか、全くわからんがな。」
「それは、認めてもらってからのお楽しみじゃの。この様子なら、問題ないじゃろ。」
周囲を見回し、確信を得たボルクが考えを告げる。
「なら、来る時を楽しみにしておくか。」
ギルはそう言いながら、さらに魔力をエルフツリーに注ぎ込む。
するとどうだ、今度は森の木々がざわめき始める。
「そう言えば、こいつの吸い込んだ魔力の出口があるって言ってたな。」
「そうじゃな。この森にあるこれ以外のエルフツリーが魔力の出口じゃよ。」
近くに生えていたエルフツリーを指さすボルク。
そのエルフツリーは異常なほど枝を揺らしており、見る見るうちにその枝に大きな果実が出来ていた。
「あれも、魔力の塊か?」
ギルの問いかけに、ボルクが頷く。
「しかし、魔力の塊は何に使うんだ?」
「これは、エルフにとってかなりの貴重品じゃよ。」
キメラのエルフツリーから落ちてきた果実を、ボルクが手に取る。
「エルフの結界に欠かせないものじゃし、他にも魔力付与を行うときにも使うのぉ。」
「魔力付与か。0からだと、触媒が必要って事か。」
「そうじゃな、これ1つで普通の付与なら4、5回は可能かの。」
魔力の果実をギルティスライサーに押し当てるボルク。その魔力を直接受けたギルは、不思議な表情を見せる。
「あれ?俺が流し込んでるのはカーズドの放つどす黒い魔力なんだが、この果実は何というか・・・何の力も感じないな。」
「それはそうじゃて、この果実に属性はないからの。注ぎ込んだ魔力は自然の力でろ過されるんじゃよ。」
「あぁ、そう言う事か。爺さんが持ってきたオイル、これが原料だな?」
「その通りじゃ、これを絞って、流れ出た果汁にオイルと香料を混ぜて作るんじゃよ。」
ボルクが果実を服のポケットにしまう。これも、後程使うのだろう。
「吸魔の枝をこのエルフツリーに与えると、どこかのエルフツリーにこの実が出来る。それを利用してエルフは集落を維持しておるんじゃよ。」
「なるほどな。エルフが森を守るのは、そう言う理由か。」
「そのほかにも色々とあるがの、森の外と交流を結ぶという点では最も重要な事じゃ。」
エルフは、これを特産品として時折街に売り出し、外貨を得ているということだろう。
「森の中だけじゃ生活できなくなったって事か。」
「時代の流れじゃの。じゃが、幸いなことに儂らの部族は比較的外の文化に寛容じゃからの。」
ギルはミクとボルクを思い出して、なるほどと声を上げる。
「さて、そろそろかの。ギル、しっかりと自我を保つんじゃぞ。」
「え?一体何を・・・」
ボルクの言葉を最後に、ギルの意識は消えていった。
「ここからが大変じゃの。」
ギルが意識を失った理由、それは、エルフツリーにギルティスライサーが取り込まれたからだ。
ボルクがギルに話しかけた直後、ボルクはギルティスライサーをエルフツリーに深々と突き刺したのだ。
それからはあっという間の出来事だった。急激に伸びた枝がギルティスライサーを飲み込み、消し去ってしまった。
ボルクがエルフツリーから離れ、両手を空に掲げる。
「さぁ、収穫祭じゃ!」
その声を合図に、周囲の気配が一気に増える。どうやら、エルフの村の住人のようだ。
「今回は、異変の起きているエルフツリーがあるはずじゃ、それを見つけた者はすぐに報告するんじゃぞ。」
ボルクの言いつけは、直後に果たされる事となる。大きな籠を背負った1人のエルフの女性が、ボルクの前にやってくる。
「長老、大きな瘤の出来たエルフツリーが見つかりました!」
「うむ、見に行こう。」
ボルクは、エルフの女性の案内でその場所に向かう。
そこで、奇妙に幹が膨らんだエルフツリーを前にする。
「これは、見事な瘤じゃの。間違いないわい。」
瘤はボルクの顔と同じぐらいの大きさになっている。その前にボルクが立ち、腰に備えているギルの魔力が込められたナイフを抜く。
「さて、ギルよ。これでお前さんの禊は終わるかの。」
瘤にナイフを突き刺し、ゆっくりと引き裂く。その中に、先ほどまで握っていた柄が顔を出していた。
「戻ってこい!」
ボルクが柄を握りしめて、ゆっくりと引き抜く。その手には、森の主に吸収されたはずのギルティスライサーが収まっていた。
「さて、儂は一足先に戻る。収穫は後でまとめておくように。」
ボルクの言葉に、女性は一礼して自分の仕事に戻っていった。
「今日は疲れたじゃろう。ゆっくり休むといい。」
ギルティスライサーを鞘に納め、家路へとついた。
「ここは・・・。」
自分の記憶をたどり、なぜ自分がここに居るかを思い出す。
しかし、自分の記憶はエルフツリーに切り込みを入れ、魔力を注ぎ込んでいるところで途切れ、今に至る。
周囲は、最近見慣れたボルクの居間で、違和感はないが・・・。
「爺さん!」
今の持ち主を呼ぶが、周囲はシンと静まり返っている。
そして、倒れた体を少し体を起こしてみる。
「爺さんの家だよな・・・。」
ゆっくりと立ち上がった時、自分の体に強烈な違和感を感じる。
自分が今まで着ていた服が、全く違うものに変わっていたのだ。
「どういう事だ?」
そう呟きながら、自分の顔を触ってみる。そこには、いつも身に着けていた目隠しが消えている。
「俺の・・・目が・・・?」
目を触りながら、ギルは驚きの表情を浮かべる。
「ギルよ、目覚めたようじゃの。」
突然かけられた声に、ギルは顔を上げる。そこには、ボルクがエルフツリーの果実を手に立っていた。
「爺さん、これは一体どういう事だ?」
「禊が済んだのじゃよ。」
「認められたという意味か?」
「そう言う事じゃの。」
そう言って、ボルクはテーブルに果実を置き、椅子に座る。
「ギルよ、これがお前さんの憑代じゃが、どう思う?」
鞘に納めたギルティスライサーをテーブルに置き、ギルに見せる。
それに、ギルが手を触れる。
「これは、内部が広い感じがするな・・・。」
「迷いが消えたから、余計なものが無くなったんじゃよ。」
「俺に、余計なものがあったのか?」
不思議そうな表情を見せるギルに、頷きながら余計なものの正体を告げる。
「ギルの余計なものは、過去の罪悪感じゃよ。」
それを聞いたギルは、ほぅと息を吐き、納得した表情を見せる。
「罪悪感か・・・アクアンも言ってたな。」
「精霊武具になる精霊は、宿主を選べん。そして、武具はあくまで道具じゃ。罪は使用者にある。よって、ギルが過去の出来事に責任を追う事は無いんじゃ。」
「だけどな、俺の手にかかって命を落とした奴が多すぎる。流石に無関係を突き通すわけにはいかないだろ。」
「そうじゃな。ギルならそう言うと思った。じゃから、エルフツリーに認めてもらう事にしたんじゃよ。」
そう言いつつ、エルフツリーの果実をギルティスライサーに押し当てる。
「1人で抱え込む必要はないじゃろ。森の主に全部預かってもらえばええ。」
エルフツリーの果実は、ギルティスライサーに吸い込まれていく。その分、何も染まっていない魔力がギルに流れ込むのを感じた。
「本当に、何の属性もないんだな。不思議な感じだ。」
「オイル自体は、レプリカにしか使ったことなかったからの。」
「あれも無属性の魔力が付与されていたのか。」
「だから、色々な用途で使えるんじゃよ。」
笑いながら、オイルの小瓶を取り出すボルク。
「さて、ギル。お前さんは他に何か変わりはないかの?」
「服が変わったのと、魔力が多くなったのと・・・目が見えるようになったな。」
ギルが自分の顔に手を触れ、変わった姿を確認する。
「鏡はあるか?」
「これでいいかの?」
ボルクが懐から手鏡を取り出し、ギルに手渡す。それに自分の顔を映す。
「これが、俺の目か・・・。」
初めて見る自分の目に、思わず見入ってしまうギル。その瞳の色は、灰色で、髪の色もそれに合わせて灰色になっている。
「髪の色も変わったな。魔力の法則からすれば・・・闇属性の魔力か。」
「そうじゃの。迷いはなくなったとはいえ、ギルの体に長年しみ込んだのは闇属性じゃったからの。それは引き継がれたんじゃろう。」
鏡をボルクに返し、ギルは少し頷く。
「あれから、どれくらい時間がたったんだ?」
「あぁ、1日じゃの。」
体の変化の割には、あまり時間がたっていないことに少し拍子抜けするギル。しかし、それは好都合と考えたギルは自分の考えをボルクに伝える。
「ボルク、悪いんだが、一度クラウィス達の所に戻してくれないか?」
「それは構わんが、どうしたんじゃ?」
「アクアンが心配だ。」
「そうじゃろうと思ったよ。儂も気になるしの。」
そう言って、ボルクはギルティスライサーを鞘に納め、腰に携えた。
「頼んだぞ。」
ギルが自分の憑代に吸い込まれるように戻っていった。




