今度は、どんな本を選ぼう
清水君と本の感想を語り合った日から、私は次に一緒に選ぶ本のことを考えていた。
自分が読みたい本なら、いくらでも思い浮かぶ。
でも、清水君にも読んでほしいと思うと、なかなか決められなかった。
「うーん……」
私は自分の本棚を眺めながら、何冊かの本を取り出しては戻していた。
これまでに面白いと思った本はたくさんある。清水君にも同じように楽しんでもらえたら嬉しい。
けれど、私が好きだからといって、清水君も同じように好きになるとは限らない。
前に感想を話したときだって、同じ場面を読んでいても、私と清水君では注目するところが違っていた。
それが面白かったのに、どうして今回は、同じ感想を持ってもらおうとしているんだろう。
「……あっ」
私は、手に持っていた本を見下ろした。
そっか。
私は、清水君にもこの本を好きになってほしいと思っていたんだ。
でも、好きになるかどうかは清水君が決めることだ。
私は私が好きだと思った本を紹介すればいい。
そう考えると、急に気持ちが軽くなった。
「よし。次に会ったときに、一緒に選ぼう!」
私は本を棚に戻した。
◇
日曜日。
「おはよう、優里恵さん」
「おはよう、清水君!」
待ち合わせ場所にやってきた清水君に、私は笑顔で手を振った。
「今日は、どんな本を探しましょうか?」
「それなんだけどね、まだ決めてないの」
「そうなんですか?」
「うん。紹介したい本はいろいろあるんだけど、今回は清水君と一緒に選んでみたいなって思って」
私がそう答えると、清水君は少し考えたあと、頷いた。
「それなら、僕も一緒に考えたいです」
「じゃあ、行こう!」
私たちは並んで書店へ向かった。
店内に入ると、私はいつものように小説の棚へ向かった。
恋愛小説も好きだし、主人公が困難を乗り越えて成長していく物語も好きだ。
清水君はどんな本を選ぶのだろう。
そう思いながら、私は棚を眺めていた。
「優里恵さんは、どういうところに注目して本を選ぶんですか?」
隣にやってきた清水君が尋ねた。
「えっとね、主人公が好きになれるかどうか、かな」
「主人公ですか?」
「うん。最初から何でもできる人より、失敗したり、迷ったりしながら頑張る人のお話が好きなの。そういう主人公が、最後に自分なりの答えを見つけると嬉しくなるんだよね」
説明しているうちに、私は少し恥ずかしくなった。
なんだか、自分の好みを全部知られてしまうような気がしたからだ。
「……変かな?」
「いえ。優里恵さんらしいと思います」
「えっ?」
「優里恵さんは、登場人物が何を考えているのか、どうしてそういう行動をしたのかをよく気にしていますよね。だから、主人公が迷いながら成長していくお話が好きなのかなと思いました」
私は思わず清水君を見つめた。
自分では、そこまで意識していなかった。
ただ面白いと思った本を読んでいただけだ。
でも、清水君は私の話を覚えていて、そこから私の好みまで考えてくれていたらしい。
「……清水君、よく覚えてるね」
「優里恵さんが楽しそうに話してくれましたから」
そんなふうに言われると、嬉しいけれど、やっぱり恥ずかしい。
「えへへ……ありがとう」
私は照れ隠しに、再び本棚へ視線を向けた。
そのとき、一冊の本が目に留まった。
「あっ、これ!」
私は手を伸ばし、表紙を確かめた。
以前、別の本を探しているときに見かけた作品だった。主人公が何度も失敗しながら、自分のやりたいことを探していく物語だと紹介されていた。
「これ、前から気になってたんだよね」
「どんなお話なんですか?」
「主人公が、やりたいことを見つけられなくて悩むんだって。でも、いろんな人と出会って、失敗もして、その中で自分なりの答えを探していくみたい」
そこまで話したところで、私はふと気づいた。
この本の主人公は、私に少し似ているのかもしれない。
何がしたいのか、まだはっきり分からない。
周りの人が迷わず進んでいるように見えると、自分だけ取り残されているような気持ちになる。
そんなことを、私も考えるときがある。
「……読んでみたいな」
私は本を抱えた。
「じゃあ、今回はそれにしましょうか」
「うん!」
清水君も、自分の本を探し始めた。
しばらくして、彼が持ってきたのは、私が普段ならあまり手に取らないような作品だった。
「清水君は、これにするの?」
「はい。以前から気になっていたんです」
表紙を見ると、登場人物たちが何かを議論しているような絵が描かれていた。
「これって、難しいお話なの?」
「少し考えさせられるところはあると思います。でも、僕はこういうお話も好きなんです」
「へえ……どうして?」
そう尋ねると、清水君は本の帯を眺めながら答えた。
「登場人物が、必ずしも正しい答えを持っているわけではないところですかね。それぞれの立場で考えて、迷って、ときには間違える。読んでいると、自分ならどうするだろうと考えたくなるんです」
「……ああ、なるほど」
私はその言葉を聞いて、少し驚いた。
清水君は普段、落ち着いているし、物事を冷静に考える人だと思っていた。
だから、いつも正しい答えを見つけたい人なのかもしれないと思っていた。
でも、そうではないらしい。
「清水君も、答えが分からないお話が好きなんだね」
「そうですね。すぐに答えが分かることばかりではありませんから」
清水君は、そう言って微笑んだ。
「それに、登場人物がどうしてその答えを選んだのかを考えるのも面白いです」
私は、手に持っていた本を見つめた。
もしかすると、清水君のそういうところは、私が思っていた以上に、私の好きな主人公たちに近いのかもしれない。
「……なんだか、早く読みたくなってきた!」
「僕もです」
私たちは、それぞれ選んだ本を持って会計へ向かった。
◇
書店を出たあと、近くのカフェに入った。
飲み物を注文して席に着くと、私は買ったばかりの本をテーブルに置いた。
「ねえ、清水君」
「はい?」
「私たち、読み終わったらまた感想を話そうね」
「もちろんです」
清水君は頷いた。
「ただ、今回も同じ感想になるとは限りませんよ?」
「ふふっ。そうだね」
私は笑った。
「でも、違う感想だったら、それも聞いてみたいな」
前は、相手に気に入ってもらえるかどうかが気になっていた。
今は、清水君がどう感じるのか、その違いも楽しみに思える。
清水君が私と同じところを好きになってくれたら嬉しい。
私が気づかなかったところに注目していたら、それも面白い。
どちらでもいい。
私たちは、同じ本を読んでいても、違うところを見つけられる。
だから、一緒に本を読むことが楽しいのだ。
「優里恵さんが選んだ本も、読むのが楽しみです」
「本当? えへへ、ありがとう!」
私は笑顔で答えた。
帰宅したら、まずは自分が選んだ本を読もう。
清水君はどんなところを気に入るのだろう。
そんなことを想像するだけで、早く続きを読みたくなった。
好きな本を紹介すること。
相手の好きな本を知ること。
そして、同じ本を読んでも違う感想を持つこと。
私たちの間には、まだ一緒に楽しめることがたくさんある。
そう思うと、これからがますます楽しみになった。




