恋人だって、知られてしまいました
放課後、私は昇降口で清水君を待っていた。
今日は、一緒に帰ろうと約束している。
ただそれだけなのに、学校で待ち合わせをするのは、休日のデートとは違う緊張感があった。周囲にはまだ帰宅していない生徒も多く、誰かに見られているような気がして、つい落ち着かなくなってしまう。
「……別に、悪いことをしてるわけじゃないんだけどね」
自分に言い聞かせるように呟いた、そのときだった。
「優里恵さん」
声のしたほうを見ると、清水君がこちらへ歩いてくるところだった。
「お待たせしました」
「ううん。私も今来たところだから」
つい、待ち合わせでよく使う言葉を口にしてしまう。実際には、さっきから何度も時計を確認していたのだけれど、そこは黙っておこう。
「では、帰りましょうか」
「うん!」
清水君と並んで歩き始める。
学校の外へ出ても、私はなんとなくそわそわしていた。休日なら手を繋いで歩くこともあるのに、制服姿でこうして一緒に帰っていると、いつ誰に見られるかわからないという意識が先に立ってしまう。
「今日は、学校で何かありましたか?」
「ううん、特に何もないよ。清水君は?」
「こちらも、いつもどおりでした」
「そっか」
授業のことや休み時間のことを話しながら歩いていると、少しずつ緊張もほぐれていった。
こういう何気ない時間も、恋人になったからこそ楽しめるものなのだろう。そんなことを考えていたとき、後ろから声が聞こえた。
「あれ? 清水じゃん」
清水君が振り返る。
そこには、同じ制服を着た男子生徒が二人立っていた。一人は清水君の顔を見て気軽に手を上げ、もう一人は私たちを交互に見ながら、不思議そうに首を傾げている。
「お前、誰かと一緒に帰るんだな。……って、えっ、浅桜先輩?」
手を上げたほうが、私の顔を見て驚いた。
「やっぱりそうだ! こんにちは、先輩!」
「こんにちは」
私は笑顔で軽く頭を下げた。
「浅桜優里恵です。清水君には、いつもお世話になっています」
挨拶をした直後、自分の言葉に少しだけ引っかかった。
……いや、私、保護者じゃないんだから。
思わず訂正したくなったものの、今さら言い直すのも変だ。私は何事もなかったように微笑んだ。
「えっと、浅桜先輩って、すごく優しくてしっかりした人だって聞いてます」
男子生徒の一人が、少し緊張した様子で言った。
「そんな、大したことないよ」
私はいつもの調子で答えた。
すると、もう一人が清水君の肩を軽く叩いた。
「それで? 清水、この人とはどういう関係なんだ?」
「どういう関係って……」
「いや、だって、先輩と二人で帰ってるんだぞ? 知り合いってだけじゃないだろ」
彼は面白そうに私たちを見比べている。隣の友達も、答えを待つように清水君へ視線を向けた。
「……もしかして、付き合ってるんですか?」
もう一人が遠慮がちに尋ねた。
私は思わず清水君の顔を見た。
隠すつもりはなかった。いつかは周囲に知られることだろうとも思っていた。
それでも、実際にこうして聞かれると、どう答えればいいのか迷ってしまう。
すると、清水君はいつもと変わらない様子で答えた。
「はい。付き合っています」
「ええっ!?」
質問したほうが、目を丸くした。
「マジかよ! いや、清水が彼女持ちになったのも驚きだけど、相手が浅桜先輩って……」
「……どういう意味ですか?」
清水君が尋ねると、彼は慌てて両手を振った。
「いや、悪い意味じゃないって! お前、普段そういう話を全然しないから、まさかと思っただけ!」
隣の友達も、まだ信じられないという顔で清水君を見ている。
「いつから? どっちから告白したんだ?」
「それは……」
清水君が答えようとしたところで、もう一人が先に口を開いた。
「まあまあ、あんまり根掘り葉掘り聞くなよ。本人たちが困るだろ」
「お前だって気になってるくせに!」
「そりゃ気にはなるけど、今ここで聞くことじゃないだろ」
二人のやり取りに、私は思わず笑ってしまった。
すると、清水君がこちらを見た。
「優里恵さん?」
「ううん。なんでもないよ」
そう答えながらも、口元が緩んでしまう。
清水君の友達は、彼をからかいながらも、私たちのことを悪く思っているわけではなさそうだった。
そして何より、清水君は私との関係を隠そうとしなかった。
「……それにしても、清水。お前、すごいな」
「何がですか?」
「何がって……浅桜先輩が彼女なんだぞ?」
「それは、優里恵さんに失礼ではありませんか?」
清水君が真面目な顔で返すと、友達は一瞬きょとんとした。
「……あ、いや、そういうつもりじゃなくて!」
「ふふっ」
慌てる友達を見て、私はまた笑ってしまった。
清水君は少し困ったように首を傾げていたけれど、やがて友達の一人が照れくさそうに頭を掻いた。
「まあ、とにかく、おめでとう。清水、ちゃんと大事にしろよ」
「はい。ありがとうございます」
清水君は素直に頷いた。
「浅桜先輩も、清水のことよろしくお願いします!」
「えっ? あ、うん。こちらこそ……?」
思わずそう答えてしまい、私は苦笑した。
だから、どうして保護者みたいな挨拶になってしまうのだろう。
二人はそんな私を見て笑い、手を振って去っていった。
「じゃあな、清水! また明日!」
「はい。また明日」
二人の姿が遠ざかっていく。
私はその背中を見送ってから、ようやく息を吐いた。
「……びっくりした」
「大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫」
私は笑って答えた。
まだ少し恥ずかしいけれど、嫌な気持ちではなかった。むしろ、清水君があんなふうに自然に答えてくれたことが、胸の中に残っている。
「……ねえ、清水君」
「はい?」
「私と付き合ってるって、友達に言ってもよかったの?」
清水君は不思議そうに私を見た。
「はい。隠す必要はないと思いますから」
「……そっか」
予想していたとおりの答えだった。
けれど、本人から聞くと、やっぱり嬉しかった。
「優里恵さんは、知られたくなかったんですか?」
「ううん。そういうわけじゃないよ。ただ、実際に聞かれたら、ちょっと恥ずかしくなっちゃって」
「なるほど」
清水君は納得したように頷いた。
「でも、私は嬉しかったよ」
「何がですか?」
「清水君が、ちゃんと彼女だって言ってくれたこと」
私は照れくささを感じながらも、今度はごまかさずに伝えた。
清水君は一瞬目を丸くし、それから優しく微笑んだ。
「そう思ってもらえたなら、よかったです」
「……うん」
私は少しだけ顔を伏せた。
普段の私は、周囲から期待される「優しくて、しっかりしたお姉さん」でいようとすることが多い。けれど、清水君と一緒にいると、恥ずかしがったり、戸惑ったりする自分も、そのまま見せていいような気がする。
だからこそ、今度は私からも、少しだけ素直になってみたかった。
「それとね。清水君の友達とも、もっとお話ししてみたいな」
「そうなんですか?」
「うん。清水君が普段どんなふうに過ごしてるのか、もっと知りたいから」
清水君は嬉しそうに目を細めた。
「それなら、今度、友達と一緒にいるところを見てみますか?」
「いいの?」
「もちろんです」
「じゃあ、今度紹介してね」
「はい」
次の楽しみが、また一つ増えた。
そのことが嬉しくて、私は自然と笑顔になった。
校門から少し離れ、人通りが落ち着いたところで、私は隣を歩く清水君を見上げた。
「……ねえ、清水君」
「はい?」
「手、繋いでもいい?」
口にした瞬間、少し恥ずかしくなった。
今までは、清水君から誘ってくれることが多かった。だから今日は、私から言ってみたかったのだ。
清水君は驚いたように瞬きをしたものの、すぐに微笑んで手を差し出してくれた。
「もちろんです」
私はその手をそっと握った。
手のひらが触れ合い、清水君が優しく握り返してくれる。
制服姿で、学校の近くを歩いている。それなのに、今はさっきほど周囲の目が気にならなかった。
「……やっぱり、嬉しいね」
「何がですか?」
「こうして、普通に一緒にいられること」
清水君は私の顔を見て、穏やかに頷いた。
「そうですね」
私は繋いだ手に、ほんの少しだけ力を込めた。
恋人になったからといって、急に何もかもが変わるわけではない。けれど、今日のように少しずつ、二人でできることが増えていくのは嬉しかった。
今度は、私から誘ってみよう。
清水君と行ってみたい場所も、一緒にしてみたいことも、まだまだたくさんあるのだから。
*
家に帰り、夕食を終えて自分の部屋でくつろいでいると、弟の良助が話しかけてきた。
「そういえば姉ちゃん、今日は清水さんと一緒に帰ったんだって?」
「えっ、どうして知ってるの?」
「さっき姉ちゃんが嬉しそうにスマホ見てたから」
「……それだけで分かるの?」
「分かるよ。付き合い始めてから、分かりやすくなったし」
「もう……!」
私は思わず頬を膨らませた。
良助は楽しそうに笑っている。
「それで、何かあったの?」
「清水君の友達に会ったの。それで、付き合ってることも知られちゃった」
「へえ。清水さん、なんて言ってた?」
「普通に、付き合ってますって」
「いいじゃん。隠されるより、ずっといいだろ」
「……うん。そうだね」
良助の言うとおりだった。
清水君は、私との関係を隠さずにいてくれた。それに、これからは彼の友達とも交流できるかもしれない。
「まあ、よかったじゃん」
「……うん」
私が頷くと、良助は満足そうに笑って、自分の部屋へ戻っていった。
一人になってから、私はスマホを手に取った。
清水君とのメッセージ画面を開き、今日の帰り道を思い返す。
友達に交際を知られたことも、清水君が自然に彼女だと紹介してくれたことも、そして自分から手を繋いだことも。
どれも、今までとは少し違う出来事だった。
私は少し考えてから、清水君へメッセージを送った。
『今日は一緒に帰れて楽しかったよ。今度は、清水君の友達ともゆっくりお話ししてみたいな』
送信してしばらくすると、既読がついた。
『俺も楽しかったです。今度、紹介しますね』
「……ふふっ」
私は小さく笑い、スマホを両手で包み込んだ。
次は、清水君の友達と話してみたい。
それから、二人で行ってみたい場所にも誘ってみよう。
そうやって、自分からも少しずつ距離を縮めていけたらいい。
私はスマホを枕元に置き、明日のことを考えながらベッドに横になった。
恋人になった私たちの日常は、まだ始まったばかりだった。




