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振られるのが怖くてついた嘘で、弟の友達と付き合うことになりました  作者: 水源
その出会いは偶然の重なり

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22/28

恋人だって、知られてしまいました

 放課後、私は昇降口で清水君を待っていた。


 今日は、一緒に帰ろうと約束している。


 ただそれだけなのに、学校で待ち合わせをするのは、休日のデートとは違う緊張感があった。周囲にはまだ帰宅していない生徒も多く、誰かに見られているような気がして、つい落ち着かなくなってしまう。


「……別に、悪いことをしてるわけじゃないんだけどね」


 自分に言い聞かせるように呟いた、そのときだった。


「優里恵さん」


 声のしたほうを見ると、清水君がこちらへ歩いてくるところだった。


「お待たせしました」


「ううん。私も今来たところだから」


 つい、待ち合わせでよく使う言葉を口にしてしまう。実際には、さっきから何度も時計を確認していたのだけれど、そこは黙っておこう。


「では、帰りましょうか」


「うん!」


 清水君と並んで歩き始める。


 学校の外へ出ても、私はなんとなくそわそわしていた。休日なら手を繋いで歩くこともあるのに、制服姿でこうして一緒に帰っていると、いつ誰に見られるかわからないという意識が先に立ってしまう。


「今日は、学校で何かありましたか?」


「ううん、特に何もないよ。清水君は?」


「こちらも、いつもどおりでした」


「そっか」


 授業のことや休み時間のことを話しながら歩いていると、少しずつ緊張もほぐれていった。


 こういう何気ない時間も、恋人になったからこそ楽しめるものなのだろう。そんなことを考えていたとき、後ろから声が聞こえた。


「あれ? 清水じゃん」


 清水君が振り返る。


 そこには、同じ制服を着た男子生徒が二人立っていた。一人は清水君の顔を見て気軽に手を上げ、もう一人は私たちを交互に見ながら、不思議そうに首を傾げている。


「お前、誰かと一緒に帰るんだな。……って、えっ、浅桜先輩?」


 手を上げたほうが、私の顔を見て驚いた。


「やっぱりそうだ! こんにちは、先輩!」


「こんにちは」


 私は笑顔で軽く頭を下げた。


「浅桜優里恵です。清水君には、いつもお世話になっています」


 挨拶をした直後、自分の言葉に少しだけ引っかかった。


 ……いや、私、保護者じゃないんだから。


 思わず訂正したくなったものの、今さら言い直すのも変だ。私は何事もなかったように微笑んだ。


「えっと、浅桜先輩って、すごく優しくてしっかりした人だって聞いてます」


 男子生徒の一人が、少し緊張した様子で言った。


「そんな、大したことないよ」


 私はいつもの調子で答えた。


 すると、もう一人が清水君の肩を軽く叩いた。


「それで? 清水、この人とはどういう関係なんだ?」


「どういう関係って……」


「いや、だって、先輩と二人で帰ってるんだぞ? 知り合いってだけじゃないだろ」


 彼は面白そうに私たちを見比べている。隣の友達も、答えを待つように清水君へ視線を向けた。


「……もしかして、付き合ってるんですか?」


 もう一人が遠慮がちに尋ねた。


 私は思わず清水君の顔を見た。


 隠すつもりはなかった。いつかは周囲に知られることだろうとも思っていた。


 それでも、実際にこうして聞かれると、どう答えればいいのか迷ってしまう。


 すると、清水君はいつもと変わらない様子で答えた。


「はい。付き合っています」


「ええっ!?」


 質問したほうが、目を丸くした。


「マジかよ! いや、清水が彼女持ちになったのも驚きだけど、相手が浅桜先輩って……」


「……どういう意味ですか?」


 清水君が尋ねると、彼は慌てて両手を振った。


「いや、悪い意味じゃないって! お前、普段そういう話を全然しないから、まさかと思っただけ!」


 隣の友達も、まだ信じられないという顔で清水君を見ている。


「いつから? どっちから告白したんだ?」


「それは……」


 清水君が答えようとしたところで、もう一人が先に口を開いた。


「まあまあ、あんまり根掘り葉掘り聞くなよ。本人たちが困るだろ」


「お前だって気になってるくせに!」


「そりゃ気にはなるけど、今ここで聞くことじゃないだろ」


 二人のやり取りに、私は思わず笑ってしまった。


 すると、清水君がこちらを見た。


「優里恵さん?」


「ううん。なんでもないよ」


 そう答えながらも、口元が緩んでしまう。


 清水君の友達は、彼をからかいながらも、私たちのことを悪く思っているわけではなさそうだった。


 そして何より、清水君は私との関係を隠そうとしなかった。


「……それにしても、清水。お前、すごいな」


「何がですか?」


「何がって……浅桜先輩が彼女なんだぞ?」


「それは、優里恵さんに失礼ではありませんか?」


 清水君が真面目な顔で返すと、友達は一瞬きょとんとした。


「……あ、いや、そういうつもりじゃなくて!」


「ふふっ」


 慌てる友達を見て、私はまた笑ってしまった。


 清水君は少し困ったように首を傾げていたけれど、やがて友達の一人が照れくさそうに頭を掻いた。


「まあ、とにかく、おめでとう。清水、ちゃんと大事にしろよ」


「はい。ありがとうございます」


 清水君は素直に頷いた。


「浅桜先輩も、清水のことよろしくお願いします!」


「えっ? あ、うん。こちらこそ……?」


 思わずそう答えてしまい、私は苦笑した。


 だから、どうして保護者みたいな挨拶になってしまうのだろう。


 二人はそんな私を見て笑い、手を振って去っていった。


「じゃあな、清水! また明日!」


「はい。また明日」


 二人の姿が遠ざかっていく。


 私はその背中を見送ってから、ようやく息を吐いた。


「……びっくりした」


「大丈夫ですか?」


「うん。大丈夫」


 私は笑って答えた。


 まだ少し恥ずかしいけれど、嫌な気持ちではなかった。むしろ、清水君があんなふうに自然に答えてくれたことが、胸の中に残っている。


「……ねえ、清水君」


「はい?」


「私と付き合ってるって、友達に言ってもよかったの?」


 清水君は不思議そうに私を見た。


「はい。隠す必要はないと思いますから」


「……そっか」


 予想していたとおりの答えだった。


 けれど、本人から聞くと、やっぱり嬉しかった。


「優里恵さんは、知られたくなかったんですか?」


「ううん。そういうわけじゃないよ。ただ、実際に聞かれたら、ちょっと恥ずかしくなっちゃって」


「なるほど」


 清水君は納得したように頷いた。


「でも、私は嬉しかったよ」


「何がですか?」


「清水君が、ちゃんと彼女だって言ってくれたこと」


 私は照れくささを感じながらも、今度はごまかさずに伝えた。


 清水君は一瞬目を丸くし、それから優しく微笑んだ。


「そう思ってもらえたなら、よかったです」


「……うん」


 私は少しだけ顔を伏せた。


 普段の私は、周囲から期待される「優しくて、しっかりしたお姉さん」でいようとすることが多い。けれど、清水君と一緒にいると、恥ずかしがったり、戸惑ったりする自分も、そのまま見せていいような気がする。


 だからこそ、今度は私からも、少しだけ素直になってみたかった。


「それとね。清水君の友達とも、もっとお話ししてみたいな」


「そうなんですか?」


「うん。清水君が普段どんなふうに過ごしてるのか、もっと知りたいから」


 清水君は嬉しそうに目を細めた。


「それなら、今度、友達と一緒にいるところを見てみますか?」


「いいの?」


「もちろんです」


「じゃあ、今度紹介してね」


「はい」


 次の楽しみが、また一つ増えた。


 そのことが嬉しくて、私は自然と笑顔になった。


 校門から少し離れ、人通りが落ち着いたところで、私は隣を歩く清水君を見上げた。


「……ねえ、清水君」


「はい?」


「手、繋いでもいい?」


 口にした瞬間、少し恥ずかしくなった。


 今までは、清水君から誘ってくれることが多かった。だから今日は、私から言ってみたかったのだ。


 清水君は驚いたように瞬きをしたものの、すぐに微笑んで手を差し出してくれた。


「もちろんです」


 私はその手をそっと握った。


 手のひらが触れ合い、清水君が優しく握り返してくれる。


 制服姿で、学校の近くを歩いている。それなのに、今はさっきほど周囲の目が気にならなかった。


「……やっぱり、嬉しいね」


「何がですか?」


「こうして、普通に一緒にいられること」


 清水君は私の顔を見て、穏やかに頷いた。


「そうですね」


 私は繋いだ手に、ほんの少しだけ力を込めた。


 恋人になったからといって、急に何もかもが変わるわけではない。けれど、今日のように少しずつ、二人でできることが増えていくのは嬉しかった。


 今度は、私から誘ってみよう。


 清水君と行ってみたい場所も、一緒にしてみたいことも、まだまだたくさんあるのだから。


     *


 家に帰り、夕食を終えて自分の部屋でくつろいでいると、弟の良助が話しかけてきた。


「そういえば姉ちゃん、今日は清水さんと一緒に帰ったんだって?」


「えっ、どうして知ってるの?」


「さっき姉ちゃんが嬉しそうにスマホ見てたから」


「……それだけで分かるの?」


「分かるよ。付き合い始めてから、分かりやすくなったし」


「もう……!」


 私は思わず頬を膨らませた。


 良助は楽しそうに笑っている。


「それで、何かあったの?」


「清水君の友達に会ったの。それで、付き合ってることも知られちゃった」


「へえ。清水さん、なんて言ってた?」


「普通に、付き合ってますって」


「いいじゃん。隠されるより、ずっといいだろ」


「……うん。そうだね」


 良助の言うとおりだった。


 清水君は、私との関係を隠さずにいてくれた。それに、これからは彼の友達とも交流できるかもしれない。


「まあ、よかったじゃん」


「……うん」


 私が頷くと、良助は満足そうに笑って、自分の部屋へ戻っていった。


 一人になってから、私はスマホを手に取った。


 清水君とのメッセージ画面を開き、今日の帰り道を思い返す。


 友達に交際を知られたことも、清水君が自然に彼女だと紹介してくれたことも、そして自分から手を繋いだことも。


 どれも、今までとは少し違う出来事だった。


 私は少し考えてから、清水君へメッセージを送った。


『今日は一緒に帰れて楽しかったよ。今度は、清水君の友達ともゆっくりお話ししてみたいな』


 送信してしばらくすると、既読がついた。


『俺も楽しかったです。今度、紹介しますね』


「……ふふっ」


 私は小さく笑い、スマホを両手で包み込んだ。


 次は、清水君の友達と話してみたい。


 それから、二人で行ってみたい場所にも誘ってみよう。


 そうやって、自分からも少しずつ距離を縮めていけたらいい。


 私はスマホを枕元に置き、明日のことを考えながらベッドに横になった。


 恋人になった私たちの日常は、まだ始まったばかりだった。

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