今度は清水君の好きな場所へ
日曜日の朝。
私はクローゼットの前に立ち、ハンガーに掛かった服を見比べていた。
今日は、清水君と二人で出かける日だ。
自分から誘ったデートだと思うと、いつもより服選びにも時間が掛かってしまう。可愛いと思ってもらえたら嬉しいけれど、今日はそれだけじゃない。
前から気になっていたカフェに行って、お気に入りの雑貨屋さんを一緒に見て回る。そんな時間を清水君と過ごしたかった。
「……よし、これにしよう」
淡い色のブラウスにカーディガンを合わせ、鏡の前で髪を整える。襟元を指先で直し、全身を確認してから、ようやく頷いた。
少し緊張しながらも、私は鞄を手に取って家を出た。
*
待ち合わせ場所の駅に着くと、清水君はすでに改札前で待っていた。
鞄の持ち手を握り、行き交う人たちの中から私を探していた清水君は、こちらに気づくと、ぱっと表情を明るくした。
「優里恵さん、おはようございます」
「おはよう、清水君!」
私が近づくと、清水君は一歩こちらに歩み寄った。
「今日はいつもと少し雰囲気が違いますね。よく似合っています」
「えっ……そ、そうかな?」
思わず自分の服に目を落とし、カーディガンの裾を指先でつまんでしまう。
「はい。素敵だと思います」
清水君は、いつもと変わらない穏やかな笑顔で言った。
あまりにも自然に褒められて、頬が熱くなる。
「……ありがとう」
私は顔を上げ、照れ隠しに小さく笑った。
「それで、今日はどちらに行くんですか?」
「ふふっ。今日は私が案内するね」
「おっ、そうなんですね。楽しみです」
清水君が素直に頷いてくれたので、私も少し気持ちが軽くなった。
「まずは駅の反対側にあるカフェなの。前から気になっていたお店なんだ」
「どんなお店なんですか?」
「落ち着いた雰囲気で、ケーキがおいしそうなの。写真を見てから、ずっと行ってみたいと思っていたんだよ」
私は駅の反対側へ続く道を指さした。清水君はそちらに目を向け、それから私の顔を見て頷いた。
「それは楽しみですね。僕も甘いものは好きですから」
「よかった。じゃあ、案内するね」
私たちは並んで歩き始めた。
いつもなら、清水君が行き先を決めてくれることが多い。こうして自分が先に立って案内するのは、少し不思議な気分だった。
それでも、清水君は私の歩調に合わせてくれた。途中で見つけたお店の話をしながら歩いているうちに、最初の緊張も薄れていく。
「あっ、あそこだよ」
目的のカフェが見えてくると、私は思わず歩調を速めた。
清水君も店の看板を見上げ、楽しそうに目を細めた。
「なるほど。確かに、落ち着いた雰囲気のお店ですね」
「でしょう? 中も気になっていたんだ」
私は入り口のガラス越しに店内を覗き、それから清水君を振り返った。
「じゃあ、入ろう!」
*
カフェの中は、木目を基調とした落ち着いた雰囲気だった。
店員さんに二人席へ案内されると、清水君は私が座るのを待ってから向かいの席に着いた。テーブルにメニューが置かれると、私たちはさっそくページを開いた。
「わあ……どれもおいしそう」
ショートケーキにチーズケーキ、季節のフルーツを使ったタルト。写真を眺めていると、どれも気になってなかなか決められない。
「優里恵さんは、どれにするんですか?」
「この苺のタルトが気になるんだけど、こっちのチーズケーキもおいしそうで……。清水君は決まった?」
清水君はメニューを少し見比べてから、チョコレートケーキの写真を指さした。
「僕はチョコレートケーキにしようと思います」
「チョコレートケーキかあ。そっちもおいしそうだね」
少し悩んだ末、私は苺のタルトを注文した。
ケーキが運ばれてくると、つやつやした苺が並ぶタルトを前に、思わず身を乗り出してしまった。
「わあ、写真で見たとおり!」
「これはおいしそうですね」
私たちはさっそくフォークを手に取った。
タルトを一口食べると、さくっとした生地と甘酸っぱい苺、なめらかなクリームが口の中に広がった。
「……おいしい!」
思わず声が弾んだ。
清水君は私の様子を見て、口元を緩めた。それから自分のケーキを一口食べ、満足そうに頷いた。
「こちらもおいしいです。甘さがちょうどいいですね」
「よかった。お店選び、大成功だね」
「はい。優里恵さんのおすすめを、もう一つ知ることができました」
清水君が嬉しそうに笑うのを見て、私の胸の奥も温かくなった。
私は最後の一口を食べてから、カップに手を伸ばした。
「清水君は、こういうカフェによく来るの?」
「いえ、あまり来ませんね。友達と食事をすることはありますけど、ケーキを食べながらゆっくり過ごす機会は、それほど多くないです」
「そうなんだ。私は、こういう落ち着いたお店でのんびりするのが好きなの。ケーキを選ぶ時間も楽しいし」
「なるほど。優里恵さんは、こういう時間が好きなんですね」
「うん。だから、今日は清水君にも楽しんでもらえたらいいなって思っていたの」
少し照れながら伝えると、清水君はカップを置き、私の顔を見て微笑んだ。
「十分楽しんでいますよ。優里恵さんが好きなものを教えてくれるのも嬉しいですし、こうして一緒に過ごせるのも楽しいです」
「……そっか。よかった」
思い切って誘ってよかった。そんな気持ちが、じんわりと広がっていった。
飲み物を飲みながら、私たちは学校のことや最近見つけたお店のことなどを話した。気づけば、最初に感じていた緊張もすっかり消えていた。
「また違うケーキも食べに来たいな」
私がメニューを思い出すように話すと、清水君も頷いた。
「いいですね。次は僕もお店を探してみます」
「うん、楽しみにしてるね!」
*
カフェを出た私たちは、近くの雑貨屋さんへ向かった。
店先には季節に合わせた飾りや可愛らしい小物が並んでいる。
「ここが、話していた雑貨屋さんだよ」
「いろいろありそうですね」
店内に入ると、動物の形をしたクリップや花柄のノート、小さな置物などが棚いっぱいに並んでいた。
「あっ、これ可愛い!」
私は猫の形をしたペン立てを見つけて、思わず足を止めた。
丸い顔に小さな耳がついていて、ちょこんと座った姿がなんとも愛らしい。少しかがんで正面から眺めていると、隣に清水君がやってきた。
「本当ですね。猫が好きなんですか?」
「うん。こういう小物を見ると、つい気になっちゃうんだ」
「なるほど。確かに可愛いですね」
清水君はペン立てを手に取って眺めると、そっと元の場所に戻した。
そのあと、私は花柄のノートや小さな置物を見て回った。色やデザインを比べているだけでも楽しい。
「優里恵さんは、こういうものを選ぶとき、ずいぶんじっくり見るんですね」
「うん。毎日使うものなら、好きなデザインのほうが嬉しいから」
私は花柄のノートを二冊手に取り、表紙を見比べた。
「こっちは色が可愛いし、こっちは模様が細かくていいんだよね……」
「確かに、どちらも雰囲気が違いますね」
清水君も少し身をかがめ、二冊を見比べてくれた。
「学校で使うなら、こちらのほうが落ち着いた色で使いやすそうですね」
「本当だ。うーん、迷うなあ」
私は二冊を持ったまま、もうしばらく考えることにした。
すると、清水君が近くの文房具の棚に目を向けた。
「……これは、使いやすそうですね」
「えっ?」
清水君が手に取ったのは、シンプルなデザインのペンだった。
「こういうのが好きなの?」
「好きというか、書きやすいものは気になりますね。持ちやすさや重さで、意外と使い心地が違うんですよ」
清水君はペンを指先で回し、握る位置を変えながら使い心地を確かめていた。実際に字を書くように手を動かしてから、ペン先をじっと眺めている。
あまりに真剣な様子が気になって、私は隣から覗き込んだ。
「そんなに違うの?」
「ええ。見た目は似ていても、握ったときの感触が違ったりするんです。長い時間使うものですから、意外と気になるんですよ」
そう言いながら、清水君は手元のペンを持ち直した。
どうやら本人にとっては、かなり大事な問題らしい。
「へえ……。私は、色が可愛いとか、模様が好きとか、そういうところから選んじゃうなあ」
「それも大切だと思いますよ。毎日使うものなら、気に入ったデザインのほうが楽しいでしょうし」
「ふふっ。じゃあ、私の選び方も間違ってないんだね」
「もちろんです」
清水君があまりにも真面目に頷くので、私は思わず笑ってしまった。
清水君もつられたように笑い、それからもう一度ペンに目を落とした。
普段、私と一緒にいるときの清水君は、私の話を聞いたり、困っているときに助けてくれたりすることが多い。こうして自分の好きなものを真剣に見比べている姿は、少し意外だった。
「清水君、文房具にもこだわりがあるんだね」
「そうですね。勉強するときにも使いますし、気に入ったものがあると、つい見てしまいます」
「へえ……知らなかった」
「僕も、優里恵さんがこういう雑貨を見るのが好きだとは、今日まで知りませんでしたよ」
清水君はペンを棚に戻し、少し照れくさそうに笑った。
「そっか。お互い、まだ知らないことがあるんだね」
「そうみたいですね」
私たちは顔を見合わせて笑った。
私は彼が見ていたペンをもう一度眺めた。
「それ、買うの?」
「うーん……。今使っているものもありますから、今日は見ているだけにします。でも、こういうものを探すのは好きなんですよ」
「そっか。じゃあ、今度文房具を見に行くときは、清水君に選び方を教えてもらおうかな」
「僕でよければ、ぜひ」
清水君はもう一度棚を眺めてから、私の隣に戻ってきた。
それからは、それぞれ気になった文房具を見ながら、使いやすさやデザインについて話した。私が花柄のノートを見せると、清水君も表紙を覗き込んで感想を聞かせてくれる。
最後に私は、迷っていた二冊のうち、淡い色の花柄が入ったノートを選んだ。
「いいものが見つかってよかったですね」
「うん。学校で使うのが楽しみ!」
会計を済ませたノートを鞄にしまい、私たちは一緒に店を出た。
*
雑貨屋さんを出た私たちは、駅へ向かって歩き始めた。
「今日は付き合ってくれて、ありがとう」
私がそう言うと、清水君は優しく微笑んだ。
「こちらこそ、誘ってくれてありがとうございました。楽しかったですよ」
「本当?」
「はい。優里恵さんの好きなお店を知ることができましたし、僕が普段あまり見ないものにも触れられましたから」
「……よかった」
清水君が楽しんでくれたのなら、それが一番嬉しい。
それに、今日は彼の意外な一面も見ることができた。文房具を選んでいたときの真剣な表情を思い出すと、もっと清水君のことを知りたくなった。
私は隣を歩く清水君を見上げた。
「ねえ、清水君は、普段どんなところに行くの?」
「僕ですか?」
「うん。今日は私の好きな場所に来てもらったでしょう? だから、今度は清水君の好きなところにも行ってみたいなって」
清水君は少し驚いたように目を瞬かせたあと、歩く速度をほんの少し緩めて、私のほうを向いた。
「そうですね……。僕は、書店を見て回るのが好きですよ」
「書店?」
「はい。読みたい本を探すのも好きですし、特に買う予定がなくても、いろいろな本を見ていると面白いんです」
「へえ、そうなんだ。どんな本を読むの?」
「小説も読みますし、興味のある分野の本を見つけることもあります」
清水君は少し考えてから、私に向き直った。
「駅の近くに、わりと大きな書店があるんです。よかったら、今度一緒に行ってみませんか?」
「行きたい!」
思わず即答してしまった。
あまりにも勢いよく答えたせいか、清水君は一瞬目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「では、次はそこにしましょうか」
「うん! 清水君が好きな本、いろいろ教えてね」
「もちろんです。優里恵さんの好きな本も、よかったら教えてください」
「私の好きな本も?」
「はい。今日、僕が優里恵さんの好きなお店を教えてもらったように、今度は優里恵さんの好きな本についても知りたいですから」
「……うん。じゃあ、お互いに好きな本を紹介しようね」
「いいですね。楽しみにしています」
駅に着くまで、私たちは次に行く書店のことや、どんな本を探そうかという話を続けた。
今日のデートで、清水君の知らなかった一面を少し知ることができた。
今度は、彼の好きな本を教えてもらおう。
どんな本を選ぶのだろう。私が好きな本を紹介したら、どんな感想を聞かせてくれるのだろう。
そんなことを考えていると、次の日曜日が待ち遠しくなった。




