清水くんのお友達
### 清水君の友達と、初めての時間
翌朝、教室に入った私は、席に着くなり昨日のことを思い出していた。
清水君と一緒に帰ったこと。そして、途中で出会った友達に、私たちが付き合っていると自分から伝えたこと。
昨日はあれだけ緊張したのに、一晩経っても、思い出すたびに頬が熱くなる。
「優里恵、おはよう」
鞄を机の横に掛けていると、隣の席の友達が、いつもより楽しそうな顔で近づいてきた。その笑顔を見た瞬間、私は嫌な予感がした。
「……おはよう」
「ねえ、昨日のことなんだけど」
「やっぱり、その話?」
「当たり前でしょ! まさか優里恵が清水君と付き合ってたなんて、思いもしなかったんだから」
友達は声を抑えながらも、興味津々という様子で私の顔を覗き込んだ。
「いつから? どういうきっかけで付き合うことになったの?」
「えっと……少し前から、かな」
「少し前って、どれくらい?」
「うーん……」
答えに困っていると、友達は私の反応を見て、何かに気づいたように目を細めた。
「もしかして、まだあんまり恋人らしいことをしてないとか?」
「な、なんで分かるの?」
思わず聞き返すと、友達は呆れたように笑った。
「だって、優里恵、すごく恥ずかしそうなんだもん」
「それは……恥ずかしいよ」
私が頬を押さえると、友達はそれ以上追及せず、自分の席に腰を下ろした。
「でも、よかったね」
「え?」
「優里恵って、いつも周りのことばっかり気にしてるでしょ。恋愛の話もあんまりしなかったし、もう誰かと付き合うつもりはないのかなって思ってたから」
その言葉に、私は少しだけ視線を落とした。
以前の恋愛で傷ついてから、また誰かを好きになるのが怖かった。自分をよく見せようとして、相手の期待に応えようとして、気づけば本当の自分を見せられなくなっていたから。
そんな話を、この友達に詳しくしたことはない。
「……うん。私も、そう思ってた」
私が小さく答えると、友達はふっと表情を和らげた。
「でも、今は違うんでしょ?」
「うん」
今度は、迷わず頷くことができた。
「清水君といると、楽しい?」
「……うん。すごく」
答えた瞬間、自分でも驚くほど自然に笑顔が浮かんだ。
友達はそんな私を見て、満足そうに頷いた。
「そっか。じゃあ、今度は清水君にも会わせてね」
「うん。機会があったらね」
「楽しみにしてるから」
「もう……」
そう言いながら、私は少しだけ嬉しくなっていた。
清水君とのことを、友達に隠さず話せる。以前なら、それだけでも怖かったはずなのに、今は自分の気持ちを聞いてもらえることが嬉しいと思えた。
そして、その日の昼休み。
お弁当を食べ終え、友達と他愛のない話をしていると、教室の入口から聞き慣れた声がした。
「優里恵さん、今ちょっといいですか?」
顔を上げると、清水君がこちらに向かって手を振っていた。周囲の友達が一瞬こちらを見るのを感じ、私は少しだけ背筋を伸ばす。
「うん。どうしたの?」
席を立って入口まで向かうと、清水君は少し遠慮がちに口を開いた。
「今日の放課後、少し時間ありますか?」
「あるけど……何かあった?」
「この前話した友達なんですけど、よかったら紹介しようかと思って」
その言葉に、私は思わず顔を明るくした。
「本当?」
「はい。優里恵さんも、僕の友達のことをもっと知りたいって言ってましたから」
昨日、帰り道で話したことを覚えていてくれたらしい。それが分かると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「うん。ぜひ、会ってみたい」
「よかった。じゃあ、放課後に声を掛けますね」
「うん、待ってる」
清水君が教室を離れていくのを見送りながら、私は頬が緩むのを抑えられなかった。
「……優里恵、今の清水君?」
背後から友達に声を掛けられ、私は慌てて振り返った。
「そ、そうだけど」
「なになに? もしかして、もうデートの約束?」
「違うよ。友達を紹介してくれるって」
「へえ。いいじゃん!」
友達はにこにこと笑いながら、私の肩を軽く叩いた。
「清水君のこと、もっと分かるといいね」
「……うん」
まさにそのとおりだった。
今まで私は、清水君と二人で過ごす時間ばかりを考えていた。でも、彼には彼の学校生活があって、私の知らない友達がいて、私の知らない顔がある。
それを少しずつ知っていけるのが、今は楽しみだった。
そして放課後。終礼が終わると、私はいつもより手早く帰り支度を済ませた。昨日は一緒に帰ること自体に緊張していたけれど、今日は別の意味で落ち着かない。
清水君の友達に、どんな顔をして会えばいいんだろう。変なことを言ってしまわないだろうか。
そんなことを考えていると、教室の入口に清水君が現れた。
「優里恵さん、準備できました?」
「うん。お待たせ」
「いえ、僕も今来たところです」
清水君は笑ってから、廊下の向こうに視線を向けた。
「二人とも、校門の近くで待ってると思います」
「そっか……」
私は鞄の持ち手を握り直した。すると清水君が、少し心配そうに私の顔を覗き込む。
「緊張してます?」
「……してる」
「僕も、久しぶりにちょっと緊張してます」
「清水君も?」
「はい。友達に彼女を紹介するのって、なんだか変な感じがしますね」
そう言って清水君は照れくさそうに頬を掻いた。
その仕草を見て、私は少しだけ安心した。初めて会うのは私だけれど、清水君だって、いつもとまったく同じではないらしい。
「じゃあ、一緒に頑張ろうね」
「頑張るものなんですか?」
「えっ、違うの?」
私が思わず聞き返すと、清水君は声を立てずに笑った。
「いえ、そういうことにしておきましょう」
「もう……」
そんなやり取りをしながら、私たちは昇降口を抜けて校門へ向かった。
門のそばには、昨日見かけた二人の男子が立っていた。一人は身振りを交えながら何かを話していて、もう一人は少し離れたところで、その話に相槌を打っている。
私たちに気づいた途端、身振りの大きい男子がにやりと笑った。
「おっ、来た来た。昨日、一緒に帰ってた子って、やっぱり彼女だったんだな」
「お前、昨日もその話をしてただろ」
清水君が呆れたように返すと、男子は悪びれもせずに笑った。
「そりゃそうだろ。俺たち、そんな話を聞いたことなかったんだから」
楽しそうに笑う彼に、清水君は小さくため息をついた。それから、私の方へ向き直る。
「すみません、優里恵さん。こっちは佐野拓海。おしゃべりで、すぐ話を広げるやつです。こっちは森田直樹。二人とも昔からの友達なんですよ」
「紹介に余計な説明がついてるぞ、清水」
拓海君がわざとらしく不満そうな顔をすると、清水君は肩をすくめた。
「事実だろ」
「そこは否定しろよ!」
拓海君が声を上げると、直樹君が苦笑した。
「まあ、実際そういうところはあるからな」
「直樹、お前まで!」
拓海君が抗議するのを見て、私は思わず笑ってしまった。
「改めて、よろしくな、浅桜さん!」
拓海君が私に向き直って笑顔を浮かべると、直樹君も穏やかな表情で頭を下げた。
「森田です。よろしくお願いします」
「初めまして、浅桜優里恵です。こちらこそ、よろしくお願いします」
私も二人に向かって軽く頭を下げた。
最初から気さくに話しかけてくれる拓海君と、落ち着いた様子で応じてくれる直樹君。二人の雰囲気は違うけれど、清水君との付き合いが長いことは、やり取りを見ているだけでも伝わってきた。
直樹君が清水君の方へ視線を向けながら、少し真面目な口調で話し始めた。
「そういえば、優里恵さん。清水には、いつも助けてもらってるんですよ」
「えっ?」
「こいつ、あまり自分からは言わないんですけど、困っている人がいると放っておけないんです。俺も何度か助けてもらってます」
「……そうなんだ」
私は隣の清水君を見た。
昨日も、友達のことを話す清水君は、相手のいいところをよく見ていた。そして今は、友達の方から清水君のいいところを聞くことができた。
「清水君らしいね」
「そうですか?」
清水君は少し困ったように笑った。
「まあ、こいつが困ってるときは、放っておけないだけですよ」
「ほら、そういうところだって」
直樹君が小さく笑うと、拓海君も大げさに頷いた。
「そうそう。こいつ、普段は澄ました顔をしてるけど、意外と面倒見がいいんだよな」
「別に澄ましてないだろ」
「いや、そういうところが澄ましてるんだって」
また二人の間で軽口が飛び交う。
清水君は呆れた顔をしながらも、本気で嫌がっているわけではなさそうだった。
私はその様子を見ながら、二人が清水君のことをよく知っているのだと感じた。長い付き合いだからこそ、こうして気軽にからかうことができるのだろう。
「……なんだか、仲がいいんだね」
私がそう言うと、拓海君が得意げに胸を張った。
「まあな。こいつとは長いから。清水のことなら、だいたい分かってるつもりだぜ」
「それは言い過ぎだろ」
「えー、そうか?」
二人が顔を見合わせて笑う。
そのとき、私はふと、自分が清水君について知らないことばかりなのだと改めて気づいた。
でも、それは寂しいことではなかった。これから知っていけばいいのだから。
「そういえば、優里恵さんは清水のどういうところが好きなんですか?」
突然、拓海君がこちらを向いた。
「ちょ、お前!」
清水君が慌てて止めようとしたけれど、拓海君は悪びれもせずに首を傾げた。
「いや、気になるだろ。せっかく紹介してもらったんだし」
「だからって、そんなことを聞くなよ」
「……えっと」
私は二人のやり取りを見てから、少しだけ考えた。
恥ずかしい。清水君本人の前で、好きなところを口にするなんて。
けれど、せっかく聞かれたのに、いつものように誤魔化すのも違う気がした。
「一緒にいて、安心できるところ……かな」
そう答えると、清水君がこちらを向いた。
「安心、ですか?」
「うん。私、つい頑張りすぎちゃうことがあるんだけど、清水君と一緒にいると、無理にしっかりしなくてもいいって思えるの」
言いながら、自分の胸の奥にあった気持ちが少しずつ形になっていくのを感じた。
「だから、一緒にいると楽しいし、もっといろんなことを話したいなって思う」
最後まで言い終えると、さすがに恥ずかしくなって視線を落とした。
すると、隣から小さな声が聞こえた。
「……ありがとうございます」
顔を上げると、清水君は耳まで赤くしながら、照れくさそうに笑っていた。
「なんだよ、清水。お前まで照れてるのかよ」
「うるさいな」
「いやあ、いいもの見せてもらったなあ」
「お前、ほんとに黙れ」
清水君が睨むと、拓海君はお腹を抱えて笑い始めた。直樹君も、口元を押さえながら肩を揺らしている。
その光景を見て、私も思わず笑ってしまった。
恋人として一緒にいるときの清水君は、優しくて、時々照れ屋で、私を安心させてくれる人だ。でも、友達といるときは、こうして気兼ねなく言い返したり、からかわれて困った顔をしたりする。
その違いを知ることができたのが、なんだか嬉しかった。
「清水、こう見えて不器用なところもあるからさ」
ひとしきり笑ったあと、直樹君が私に向かって言った。
「おい、余計なことを言うなって」
清水君が抗議すると、直樹君は小さく笑った。
「でも、いいやつなのは間違いないから。これからも仲良くしてやってくれよ」
その言葉に、私は自然と頷いていた。
「はい。私も、清水君のことをもっと知っていきたいと思っています」
すると、清水君が少し驚いたように私を見た。
昨日の帰り道にも、私は同じようなことを口にした。でも、今日はそれを清水君の友達の前で伝えることができた。
「……そっか」
直樹君は満足そうに頷き、拓海君も笑顔を浮かべた。
「じゃあ、また今度、四人でどこか行こうぜ。清水の話なら、いくらでもしてやるから」
「変な話ばかりするなよ」
「変じゃないって。なあ?」
拓海君が直樹君に同意を求めると、直樹君は少し考えてから、真面目な顔で答えた。
「まあ、清水が昔、運動会で転んだ話くらいなら」
「お前もか!」
清水君が声を上げ、三人の間に笑いが広がった。
私はそのやり取りを見ながら、いつか本当に四人で出かけるのも楽しそうだと思った。
しばらく話したあと、二人はそれぞれ帰る方向が違うということで、校門の前で別れることになった。
「じゃあな、清水。また明日!」
「おう。またな」
拓海君が手を振り、直樹君も軽く頭を下げてから歩いていく。
二人の姿が見えなくなると、私はようやく緊張が解けたように息を吐いた。
「……ふぅ」
「お疲れさまでした」
清水君が笑いながら声を掛けてくる。
「もう。清水君、友達にからかわれてばっかりだったね」
「いつものことですよ。拓海は、面白そうなことがあるとすぐに話を広げるんです」
「ふふっ、でも楽しそうだった」
「まあ、長い付き合いですから」
清水君は少しだけ表情を和らげてから、私の方を向いた。
「……でも、優里恵さんが二人と話してくれてよかったです」
「どうして?」
「僕の友達に興味を持ってくれたのが嬉しかったので」
その言葉を聞いて、私は素直に笑った。
「私こそ、紹介してくれてありがとう。清水君が普段どんなふうに過ごしてるのか、少し分かった気がする」
「それならよかったです」
「まだ知らないことはいっぱいあるけどね」
「そうですね。僕も、優里恵さんの知らないところを、これからも少しずつ見せていきたいです」
清水君が照れくさそうに笑う。その顔を見て、私もまた嬉しくなった。
二人きりで過ごす時間だけでは分からないこともある。友達と話すときの表情や、気兼ねなく言い返す様子を見て、私は清水君のことを少し深く知ることができた。
「ねえ、清水君」
「はい?」
「今度、みんなで出かけるのもいいね」
「そうですね。あいつら、きっと喜ぶと思います」
「ふふっ。じゃあ、そのときはよろしくね」
「はい」
私たちは並んで歩き始めた。
昨日は学校で一緒に帰ることができて、今日は清水君の友達と話すことができた。
ほんの少しずつだけれど、私たちの関係も変わってきている。
これから先も、きっと恥ずかしい思いをしたり、緊張したりすることがあるだろう。それでも、今度は四人で出かけるという楽しみもできた。
私は隣を歩く清水君を見上げ、小さく笑った。
「清水君、これからもよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
清水君も笑い返してくれた。
その笑顔を見ながら、次はどんな一面を知ることができるのだろうと、私は少し先のことを楽しみにしていた。




