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振られるのが怖くてついた嘘で、弟の友達と付き合うことになりました  作者: 水源
その出会いは偶然の重なり

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15/29

私の知らない清水くん

 遊園地から帰った翌日。


 私は朝から、昨日のことを何度も思い出していた。


 観覧車の中で交わしたキスも、帰り道に手をつないで歩いたことも、どれも昨日の出来事なのに、目を閉じるとついさっきのことのように鮮明に蘇ってくる。


 思い出すたびに頬が熱くなってしまうのが分かって、私は通学途中だというのに小さく息を吐いた。


「……昨日は、ちょっと大胆だったかな」


 誰に聞かせるでもなく呟いてから、すぐに首を振る。


 でも、嫌だったわけじゃない。


 むしろ嬉しかった。


 清水君と一緒にいる時間が楽しくて、もっと近くにいたいと思えたから、自分からあんなことをしたのだ。


 前の私なら、そんなことは考えられなかった。


 相手に嫌われないように、相手が望む自分になろうとして、自分の気持ちなんて後回しにしていた。


 それが今は、自分がどうしたいのかを少しずつ考えられるようになっている。


 そう思うと、昨日のことが余計に嬉しく感じられた。


 学校に着いて教室へ向かい、いつものように自分の席へ荷物を置く。


 そのまま何気なく廊下へ視線を向けた私は、そこで足を止めた。


 少し離れたところに、清水君がいる。


 何人かの男子と話をしていて、時折笑いながら何かを返していた。


「……あれ?」


 私は思わず立ち上がりかけて、そこでようやく気づいた。


 私が普段一緒にいる清水君とは、少し違って見える。


 二人きりでいる時は、落ち着いていて、私のことを気遣ってくれて、時々照れたような表情を見せる。


 でも、友達といる時は普通の男の子みたいに笑っていて、自然に会話をしている。


 当たり前のことなのに、私はそんな姿をあまり見たことがなかった。


 その時、清水君の近くを通った女の子が足を止めた。


「清水君、おはよう」


「おはよう」


 清水君はいつも通りに挨拶を返し、その女の子と少しだけ言葉を交わしてから、また友達との会話へ戻った。


 それだけのことだった。


 なのに、なぜか私はその様子が気になってしまう。


「……何だろう」


 胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。


 私は自分でもよく分からないまま席に戻った。


「どうしたの?」


 近くにいた友達が、私の顔を見て首を傾げる。


「え?」


「さっきからぼーっとしてない?」


「そ、そうかな」


 慌てて笑って誤魔化したものの、自分でも変だと思う。


 授業が始まっても、さっき見た光景が頭から離れない。


 清水君は、私の知らない場所で、私の知らない人たちと話している。


 当然のことだ。


 学校が違えば、友達が違うのも当たり前。


 私だって清水君が学校で誰と話そうと、文句を言うようなつもりはない。


 それなのに、昼休みになって廊下へ出た時、清水君が友達と話している姿を見かけると、また胸の奥がざわついた。


「……嫌だな」


 ふと漏れた言葉に、自分で驚いた。


 何が嫌なのかも、はっきりとは分からない。


 ただ、胸の奥に小さな棘が刺さっているような感覚だけが残っていた。


 それと同時に、私は別のことも考えていた。


 私の前では見せない笑い方。


 私が知らない友達との会話。


 そんな姿を見ていると、不思議なことに、少しだけ気になってくる。


 もっと、知りたい。


 清水君が学校ではどんなふうに過ごしているのか。


 どんな友達と一緒にいて、どんな話をして笑うのか。


 今まで知らなかったことを、もっと知りたい。


 そう思ったところで、私はまた自分の胸の奥にある別の感情に気づいた。


 知りたいと思うのに、同時に知らないことが怖い。


 その矛盾が、自分でも少しおかしかった。


 そして放課後。


 私は昇降口へ向かう途中で、清水君と顔を合わせた。


「あ、優里恵さん」


 私を見つけた清水君が、いつものように笑う。


「お疲れさまです」


「うん。清水君もお疲れさま」


 そう返したものの、私は少しだけ視線を逸らした。


 昨日までなら、顔を見るだけで嬉しくなっていたはずなのに。


 今日は、聞きたいことがある。


「清水君」


「はい?」


「……ちょっと聞いてもいい?」


「もちろんです」


 清水君は不思議そうにしながらも、私の顔をまっすぐ見ている。


 その視線に背中を押されるように、私はゆっくり口を開いた。


「清水君って、学校では……結構人気あるの?」


「え?」


 清水君が目を丸くする。


 その反応を見た瞬間、自分が何を聞いたのか急に恥ずかしくなった。


「い、いや、ほら。今日、女の子と話してるところを見たから……」


「女の子と?」


「うん」


 私は視線を落とし、指先を小さく動かした。


「それで……」


 そこで言葉が詰まる。


 何をどう説明すればいいのか、自分でも分からない。


 でも、誤魔化したくはなかった。


「……ちょっと、嫌だったの」


「嫌?」


「うん」


 言ってしまってから、顔が熱くなる。


「私、清水君が学校で誰と話しててもいいって分かってるんだけど。でも、なんていうのかな……」


 一度息を吸ってから、私は小さな声で続けた。


「私の知らない清水君がいるんだなって思ったら……少しだけ、不安になった」


 しばらく返事がなくて、私は恐る恐る顔を上げた。


 清水君は、驚いたような顔をして私を見ている。


「……優里恵さん」


「な、何?」


「それって、嫉妬してくれたんですか?」


「えっ!?」


 一気に顔が熱くなった。


「ち、違っ……いや、違わない……のかな」


 否定しようとしたのに、最後まで言い切れない。


 自分でも、嫉妬しているのだと気づいてしまった。


「……私、こんなことで嫉妬するんだ」


 恥ずかしさに耐えきれず、私は俯いた。


「重いって思われないかな……」


 すると清水君が、少し困ったように笑った。


「すみません。ちょっと嬉しくて」


「嬉しいの?」


 私は顔を上げて、驚いたように清水君を見る。


「はい」


「どうして?」


「優里恵さんが、それだけ僕のことを気にしてくれてるって分かったからです」


 そんなふうに言われるとは思っていなかった。


 私はしばらく黙ってから、ほんの少しだけ頬を膨らませる。


「……でも、私はちょっと困ってる」


「困ってる?」


「うん。今までこんなこと、気にしたことなかったから」


 昔だったら、嫌われないために自分を変えることばかり考えていた。


 でも今は違う。


 好きだからこそ、相手が他の誰かと仲良くしていると気になる。


 それに、もっと清水君のことを知りたいと思っている自分もいる。


 それが恋人になるということなのかもしれない。


「僕も、優里恵さんが不安になることがあるなら、ちゃんと話したいです」


 清水君はそう言って、少し考えるように目を伏せた。


「だったら……明日、一緒に帰りませんか?」


「え?」


「今までは、外で会うことが多かったですけど、学校ではあまり一緒にいませんでしたよね」


「……そうだね」


「だから、学校で一緒に帰るところからでも、少しずつお互いのことを知っていけたらと思って」


 私は清水君の顔を見つめた。


 学校で一緒に帰る。


 その言葉を頭の中で何度も繰り返す。


 今までの私たちは、二人で会う時だけ恋人だった。


 でも、これからは。


 学校という、たくさんの人がいる場所でも、清水君と私は恋人なんだ。


「……うん」


 私は小さく頷いた。


「一緒に帰りたい」


「じゃあ、明日、一緒に帰りましょう」


 清水君が嬉しそうに笑う。


 その笑顔を見ているうちに、さっきまで胸の中にあった不安が、少しだけ薄れていくのを感じた。


 それでも、私はまだ知らない。


 学校で過ごす私たちが、これまでとはどんなふうに違って見えるのか。


 そして、周りの人たちが私たちの関係をどう見るのか。


 教室へ戻る途中、私はふと明日のことを考えた。


「……学校で一緒に帰るんだ」


 そう呟くと、胸の奥がまた少しだけ熱くなる。


 嬉しい。


 でも、それと同時に、ほんの少しだけ緊張する。


 明日は、誰かに見られるかもしれない。


 今まで二人きりだった恋人としての時間を、学校という場所でも過ごすことになるのだから。


 もしかしたら、誰かに「清水君と付き合ってるの?」なんて聞かれるかもしれない。


 そんなことを考えると、途端に頬が熱くなった。


 でも、それだけじゃない。


 明日になれば、今日まで知らなかった清水君のことを、もう少し知ることができるかもしれない。


 学校で友達と話している時の笑顔も。


 私の知らない話し方も。


 まだ私が知らない、清水君の新しい一面も。


「……明日、楽しみかも」


 そう思いながら、私は少しだけ笑った。


 さっきまでの不安とは違う。


 今度は、どんな清水君に会えるのかを楽しみにしながら、私は明日を待つことにした。

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