観覧車の中で
観覧車の列に並んでいる間、私は落ち着かない気持ちのまま、何度も隣にいる清水君の横顔を盗み見ていた。
さっきまでなら、ジェットコースターの高さやお化け屋敷の暗さのほうがずっと怖かったはずなのに、今はそれよりも、このあと二人きりになることのほうが気になって仕方がない。
やがて順番が来ると、私たちは一緒にゴンドラへ乗り込み、扉が閉まると同時に、外の音が少しだけ遠く感じられた。
観覧車がゆっくりと動き始める中、私は隣に座った清水君を少しだけ意識しながら、窓の外へ目を向ける。
「……静かだね」
私は小さな声でそう呟く。
「そうですね」
清水君も穏やかな表情で答えながら、同じように窓の外へ視線を向けた。
さっきまで園内に響いていた人々の声や音楽が少しずつ遠くなり、夕日に照らされた遊園地が、ゆっくりと眼下へ広がっていく。
「綺麗……」
私は窓の向こうの景色へ目を輝かせながら、小さな声で感想を漏らす。
「本当ですね」
清水君も頷きながら景色を眺めていたが、しばらくすると私はふと、隣にいる清水君のほうへ視線を向けた。
すると、ちょうど清水君もこちらを見ていた。
「あ……」
私は驚いたように目を見開き、清水君も一瞬だけ目を瞬かせる。
目が合ったまま、どちらもすぐには視線を逸らせなかった。
胸の奥がどくんと鳴ったように感じて、私は少しずつ頬が熱くなっていくのを自覚しながら、恥ずかしそうに視線を下げた。
「……今日は楽しかったね」
そのまま黙っているのが恥ずかしくなった私は、照れを隠すように小さく笑いながら清水君へ声をかける。
「はい」
清水君も私を見つめながら、優しい笑みを浮かべて答えた。
「ジェットコースターも、お化け屋敷も……」
私は今日一日の出来事を思い返しながら、一つずつ指を折るようにして数えていく。
「メリーゴーラウンドも」
清水君が少し楽しそうに笑いながら付け加える。
「うん。……全部、清水君と一緒だったから楽しかった」
私は恥ずかしさを感じながらも、今度は目を逸らさずに清水君を見つめ、素直な気持ちを伝えた。
けれど、言葉にしてしまった途端に急に照れくさくなって、私は顔を赤くしながら視線を逸らす。
「……今の、忘れて」
私は逃げるように顔を背け、小さな声でそうお願いする。
「無理です」
清水君は思わず笑ってしまったように口元を緩めながら答える。
「もう……」
私は少しだけ頬を膨らませて清水君を見るものの、本気で怒っているわけではないので、すぐに自分でもおかしくなって笑ってしまった。
やがて観覧車はゆっくりと頂上へ近づいていく。
私は今日一日のことを思い返した。
ジェットコースターで一緒に怖がって、お化け屋敷では清水君の腕にしがみついて、何度も笑い合った。メリーゴーラウンドに乗って、食べ物を分け合って、くだらないゲームで勝負までした。
どれも特別なことではない。
けれど、その一つ一つが楽しかった。
そして、こんな時間をもっと一緒に過ごしたいと思っている自分にも気づいていた。
今日なら、伝えられるかもしれない。
そう思うと、緊張で胸がいっぱいになりながらも、今伝えたいという気持ちのほうが少しずつ強くなっていった。
私は少しずつ体を清水君のほうへ向け、緊張でわずかに震える声を抑えながら名前を呼ぶ。
「……清水君」
「はい?」
清水君は少し不思議そうに眉を上げ、私の顔を見返す。
「……目、閉じてもらってもいい?」
私は頬を真っ赤にしながら、恥ずかしさをごまかすように目を伏せてお願いした。
「え?」
その言葉に、清水君は驚いたように目を見開く。
私自身も顔がますます熱くなるのを感じながら、膝の上で両手をぎゅっと握りしめた。
「……お願い」
今度はさらに小さな声でそう告げると、清水君は戸惑ったように私を見つめたあと、やがて私の気持ちを察したのか、静かに目を閉じた。
私はそんな清水君の顔をしばらく見つめながら、胸の鼓動を落ち着かせようと小さく息を吸う。
そして覚悟を決めるように一度だけ目を閉じ、それからゆっくりと顔を近づけた。
ほんの一瞬だけ、清水君の唇へ自分の唇を重ねる。
触れるだけの短いキスだった。
すぐに離れた私は、顔を真っ赤にしながら俯き、自分の頬へ手を当てた。
あまりにも恥ずかしくて、しばらく何も言えない。
清水君もまた、驚いたような表情を浮かべたまま黙っていたが、やがてゆっくりと目を開くと、私の様子を見つめた。
「……今のって」
戸惑いを残したような声で、清水君が確認するように尋ねてくる。
「……聞かないで」
私は両手で顔を隠しながら、指の隙間から清水君をちらりと見て答える。
「恥ずかしいから……」
そう言って再び顔を伏せる私に、清水君はしばらく何も言わなかった。
けれど、やがて少し照れたように頬を緩める。
「……嬉しかったです」
その言葉に、私は驚いたように目を見開き、それから恐る恐る顔を上げる。
「……本当?」
不安そうに尋ねながら、両手を少しだけ下ろす。
「本当です」
清水君は私の目をまっすぐ見つめながら、優しく頷いて答えてくれた。
その返事を聞いた瞬間、胸の中にあった不安がすっとほどけていく。
「……よかった」
私は小さく呟きながら、嬉しそうに微笑んだ。
観覧車はそのまま頂上を通り過ぎ、ゆっくりと下降を始める。
窓の外には夕暮れの遊園地が広がり、一日の終わりを告げるように少しずつ景色が暗くなっていった。
私はそんな景色を眺めてから、隣に座る清水君へ視線を向けると、自然と小さな笑みを浮かべた。
「……また、一緒に来ようね」
「はい」
清水君も優しい笑顔で頷きながら答えてくれた。
そして今度は、私からではなく清水君のほうから、そっと手を差し出してくれる。
私は少し驚いたように目を瞬かせ、その手へ視線を落としてから清水君の顔を見上げた。
すると、清水君も少し照れたような笑みを浮かべている。
私は嬉しくなって笑いながら、その手をそっと握り返した。
観覧車がゆっくりと地上へ戻っていく中、私たちはそのまま手をつないでいた。
観覧車を降りたあとも、私たちはしばらく手をつないだまま歩いていた。
さっきまでは、手をつなぐだけでも恥ずかしくて仕方がなかったはずなのに、今はその温もりが不思議と心地よく感じられる。何度かつないだ手へ視線を落とすたびに胸の奥がくすぐったくなって、私は思わず小さな笑みをこぼした。
「……どうしました?」
そんな私の様子に気づいた清水君が、少し首を傾けながら私の顔を覗き込んでくる。
「ううん。なんでもない」
私は慌てて首を横に振り、誤魔化すように前を向いた。それでも、この手だけは離したくないと思ってしまい、その気持ちが自分でも少し恥ずかしくなりながら、指先へほんの少しだけ力を込める。
「ただ……こうしてるの、なんだか嬉しくて」
頬を赤くしながら小さな声でそう伝えると、清水君は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、それから気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「僕も……嬉しいです」
そう答えた清水君は照れたように視線を逸らしたものの、つないだ手は離さず、それどころか私の手をそっと握り返してくれた。
「……そっか」
その返事に胸の奥がじんわりと温かくなり、私は安心したように頬を緩めながら小さく頷いた。
遊園地を出る頃には、空はすっかり夕暮れに染まっていた。昼間の賑やかな音や人の声が少しずつ遠ざかっていく中、私たちは駅へ向かう道をゆっくりと歩いていく。
「今日は、本当に楽しかったね」
私は隣を歩く清水君へ顔を向け、柔らかな笑みを浮かべながらそう伝える。
「そうですね。ジェットコースターは……かなり怖かったですけど」
清水君は苦笑しながら肩を竦め、少し冗談めかした口調で返してきた。
「ふふっ。清水君、結構叫んでたもんね」
私は口元を手で隠しながら楽しそうに笑い、その横顔を覗き込むようにしてからかう。
「それはお互い様ですよ」
清水君は少し呆れたように目を細めながらも、口元には楽しそうな笑みを浮かべている。
「私は女の子だからいいの」
私はちょっと得意げに胸を張り、いたずらっぽく笑ってみせた。
「そういうものなんですか?」
清水君は不思議そうに眉を上げる。
「そういうものです」
私はわざと大真面目な表情を作り、当然のことのようにきっぱりと言い切った。
その姿がおかしかったのか、清水君はとうとう堪えきれなくなったように吹き出してしまう。
「もう……」
私は頬を膨らませて少しだけ睨むような目を向けたものの、そのまま自分でもおかしくなって笑ってしまった。
そんな何気ないやり取りを交わしながら歩いているうちに、駅が少しずつ近づいてくる。
前方に駅が見えてきた瞬間、私は思わず足取りを緩めた。
「……もう駅だね」
少し眉を下げながら呟く。
「そうですね」
清水君も駅へ目を向けたあと、私の横顔へ視線を戻し、名残惜しそうな笑みを浮かべた。
駅前まで来ると人も増えてきたため、私たちは自然と歩く速度を落としていった。それでもつないだ手は離れず、私は時々清水君の顔を見上げながら、その隣をゆっくり歩いた。
何も話さなくても気まずくはない。
ただ、このまま少しでも長く一緒にいたいと思ってしまう。それだけで胸がいっぱいになっていた。
やがて改札の前まで来ると、私は足を止めた。
「……じゃあ、ここで」
そう告げながらも、つないだ手を離すことができない。私はその手へ視線を落としてから、少し困ったように笑い、清水君の顔を見上げた。
清水君も同じように足を止め、私の目を見つめ返してくる。
「はい」
返事はしてくれたものの、清水君もすぐには手を離そうとしない。そのことに気づいた私は、嬉しさをごまかせないまま目元を少し細めて笑った。
「……ねえ」
「はい?」
清水君が優しい表情でこちらへ顔を向ける。
「また、遊園地じゃなくてもいいから……一緒に出かけようね」
私は一度視線を落としたものの、今度は逃げずに清水君を見つめながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「今日みたいに、二人で」
最後の一言を伝えた途端、自分から誘ったことが急に恥ずかしくなって、頬がさらに熱くなる。
清水君は一瞬驚いたように目を見開いたあと、すぐに柔らかな笑顔を浮かべると、つないだ手へ少しだけ力を込めて頷いた。
「もちろんです」
「……約束だからね?」
私は念を押すように小さく首を傾け、照れ隠しのようないたずらっぽい笑みを浮かべた。
「はい。約束です」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にあった不安がすっとほどけるような気がして、私はほっとしたように頬を緩めた。
「うん」
それから名残惜しさを感じながら、私たちはゆっくりと手を離した。
指先が最後に触れ合ってから離れると、それまで感じていた温もりまで急に遠ざかったように思えて、私は少しだけ寂しくなる。
「じゃあ……またね」
私は小さく手を振りながら、名残惜しさを隠せない笑みを浮かべて告げた。
「はい。また」
清水君も柔らかな笑顔を浮かべ、こちらへ手を上げて答えてくれた。
私は改札を抜けながら何度も振り返った。そのたびに清水君はまだその場に立ったまま、こちらへ手を振ってくれている。
私も笑顔で手を振り返し、少し進んではまた振り返った。
やがて人の流れに紛れて清水君の姿が見えなくなると、私は胸元へそっと手を当てた。
今日はジェットコースターで怖がって、お化け屋敷では清水君にしがみついて、最後には観覧車で自分からキスまでしてしまった。
そこまで思い返したところで一気に顔が熱くなり、私は思わず両手で頬を包み込む。
「……私、今日すごかったな……」
誰にも聞こえないように小さな声で呟いてから、恥ずかしさに耐えられなくなったように俯いた。
けれど、不思議と後悔はなかった。
むしろ、今日勇気を出してよかったと素直に思える。
観覧車の中で伝えた気持ちも、清水君が返してくれた「嬉しかった」という言葉も、最後につないだ手の温もりも、どれも鮮明に胸へ残っている。それらを一つずつ思い返すたび、自然と頬が緩んでしまった。
私は頬へ当てていた手をゆっくり下ろし、少しだけ足取りを軽くしながら自分の帰る方向へ歩き始める。
次はどこへ行こう。
今度は私から誘ってみようかな。
そんなことを考えているうちに、また自然と笑みが浮かんでくる。
今日で何かが大きく変わったわけではない。
それでも、昨日までより少しだけ清水君との距離が近くなったことだけは、はっきりと分かっていた。
そして私は、次に会える日が待ち遠しくて仕方がなかった。




