遊園地の日
そして、遊園地へ行く当日になった。
待ち合わせ場所で清水君の姿を見つけた私は、少しだけ緊張していたものの、それ以上にまた会えたことが嬉しくて、自然と頬を緩めながら手を振った。
「おはよう、清水君」
少し遠慮がちな笑みを浮かべて声をかけると、私に気づいた清水君もこちらへ歩いてきながら、いつものように少し照れたような表情を浮かべて挨拶を返してくれた。
「はい、おはようございます」
昨日も会ったばかりなのに、こうしてまた会えることが嬉しくて、私は思わず目を細めながら笑ってしまう。
「今日は楽しみだね」
並んで歩き始めた私は、横目で清水君の様子を窺いながら、弾んだ声でそう告げる。
「そうですね。前とはまた違った感じになりそうです」
清水君もこちらへ顔を向け、柔らかな笑みを浮かべながら答えてくれる。その表情を見ていると、私の中でも遊園地への期待がますます膨らんでいくのを感じた。
そうして二人で遊園地の入口をくぐった瞬間、遠くからジェットコースターが走り抜ける音と、それに混じって聞こえてくる大きな歓声が耳へ飛び込んできた。
「わぁ……すごい……」
私は思わず足を止め、目を輝かせながら頭上を見上げる。大きなレールの上を勢いよく駆け抜けていく車体を目で追っていると、さっきまでの緊張もどこかへ消えて、子供のような好奇心が胸の中へ湧き上がってきた。
「まずは、あれにします?」
そんな私の様子を見ていた清水君が、少し楽しそうに口元を緩めながら、大きなジェットコースターを指差す。
「えっ……いきなりジェットコースター?」
私は一瞬固まったあと、驚いたように目を見開き、恐る恐る清水君の顔を見上げた。
「せっかく遊園地に来たので」
清水君は冗談めかして肩をすくめながら、どこか余裕のある笑顔で答える。
「……清水君、怖くないの?」
私は疑うように目を細めながらジェットコースターへ視線を戻し、それからもう一度、隣にいる清水君の顔を見た。
「乗ってみないと分からないですね」
清水君は苦笑しながらそう答えたものの、その表情には少し楽しみにしているような色も浮かんでいる。
そんな清水君を見て、私は少しだけ唇を尖らせたあと、負けたくないという気持ちを奮い立たせるように小さく頷いた。
「……じゃあ、私も乗る」
「大丈夫ですか?」
私の強がりに気づいたのか、清水君が少し心配そうに眉を下げ、顔を覗き込むようにして尋ねてくる。
「大丈夫……たぶん」
私は自信なさそうに苦笑しながら答えたものの、内心ではすでに少し後悔していて、その不安をごまかすように清水君の袖を指先でそっとつまんだ。
自分でも無意識にそんなことをしていたことに気づくと、私は慌てて手を離し、何事もなかったように前を向いた。
列に並んでからも、私は何度となくレールの上を走っていくコースターを見上げ、そのたびに表情を強張らせてしまう。そんな私の様子を見て、清水君が時折こちらへ視線を向けては、心配そうでありながら少し楽しそうな表情を浮かべているのが分かった。
「……やっぱり、やめたほうがいいかな」
とうとう不安を抑えきれなくなった私は、レールを見上げたまま眉を下げ、清水君へ弱々しく問いかける。
「今ならまだ間に合いますよ」
清水君はそんな私を見て、少しだけ口元を緩めながらも、無理をさせるつもりはないという穏やかな声で答えた。
「……でも、せっかく一緒に来たし」
私は小さく俯きながらそう答える。その瞬間、自分が「清水君と一緒だから乗ってみたい」と思っていることを改めて意識して、少しだけ頬を赤くした。
やがて私たちの順番がやってきて、座席へ乗り込んだ私は、安全バーが下ろされた瞬間にぎゅっと手すりを握りしめる。肩には自然と力が入り、これから始まることを考えるだけで表情も強張ってしまった。
「……清水君、終わったら、笑わないでね」
私は怯えたような顔で隣を見ながら、少し上目遣いになってお願いする。
「何をですか?」
清水君は本当に分からないらしく、きょとんと目を瞬かせながら私を見る。
「私が怖がっても」
恥ずかしそうに小さな声でそう続けると、清水君は一瞬驚いたような表情を浮かべたあと、ふっと目元を和らげて笑った。
「大丈夫ですよ」
その穏やかな言葉に、私は少しだけ肩の力を抜くことができたものの、次の瞬間にはコースターが動き始め、反射的に手すりを握り直した。
カタ、カタ、カタ、と音を立てながらゆっくりと坂を上っていくにつれて高度がどんどん高くなり、私は隣の清水君をちらちらと見ながら、上へ上へと続くレールを不安そうに見つめる。
「……高い」
思わずこぼれた声に、清水君も上を見上げながら苦笑した。
「そうですね」
「……清水君」
「はい?」
「やっぱり怖いかも」
私は半分泣きそうな顔をしながら清水君のほうを向いてそう訴えたが、その直後、コースターは勢いよく坂を下り始めた。
「きゃああああっ!」
私は反射的に目をぎゅっと閉じ、思いきり声を上げながら手すりにしがみつく。その間、隣からも清水君の声が聞こえてきたので、どうやら私だけが怖がっているわけではなさそうだった。
ようやくコースターが停止すると、私は全身の力が抜けたように背もたれへ体を預け、大きく息を吐いた。
「……終わった?」
「終わりましたよ」
清水君の声を聞いて、私はようやく恐る恐る目を開けると、疲れ切った顔のまま清水君を見た。
「……怖かった」
「でも、楽しかったでしょう?」
清水君は少し笑いを堪えるような表情を浮かべながら尋ねてくる。
私はしばらく考えるように目を伏せたあと、やがて素直に小さく頷いた。
「……うん」
そう答えて清水君の顔を見ると、意外にも少し疲れたような、それでいて楽しそうな顔をしていた。
「ふふっ……清水君も結構怖がってたじゃない」
私は思わず笑いながら、からかうように指差すような仕草をする。
「それは……まあ、思っていたよりは早かったし、落ちる角度が急だったので」
清水君は少し困ったように頬を掻きながら視線を逸らしたので、私はさらにおかしくなって笑ってしまった。
「なら私と同じだね。下から見たらそこまで怖くないかなーって思ってたんだけど」
そう言って笑うと、清水君もつられるように笑い、私たちは顔を見合わせながら、その場でしばらく笑い合った。
そのおかげなのか、乗る前に感じていた怖さはいつの間にかどこかへ消えていて、二人で同じものを怖がったことさえ、楽しい思い出の一つになっていた。
その後は、お化け屋敷にも入ったのだが、そこでは先ほどのジェットコースター以上に、私の苦手なものが待っていた。
暗い通路を清水君と並んで歩いていると、突然、仕掛けが飛び出してきた。
「きゃっ!」
私は目をぎゅっと閉じながら反射的に清水君の腕へしがみつき、驚いたまましばらく離れることができなかった。
「大丈夫ですか?」
清水君は驚いたように目を見開きながらこちらを振り返ると、少し心配そうな表情で私の顔を覗き込む。
「……大丈夫じゃない」
私は清水君の腕へ寄りかかったまま、半分泣きそうな声でそう答える。
それでも怖さが収まるまで腕を離すことができず、清水君も困ったように笑いながら、そのまま何も言わずに歩き続けてくれた。
ようやくお化け屋敷から出た頃には、私はすっかり疲れてしまい、肩を落としながら大きく息を吐いた。
「怖かった……」
「結構しがみついてましたね」
清水君が少し楽しそうに口元を緩めて言うので、私は恥ずかしさに頬を赤くしながら顔を背ける。
「……忘れて」
「無理です」
清水君が笑いながら答えるので、私は少しだけ頬を膨らませて睨むような目を向けたものの、本気で怒っているわけではない。すぐに自分でもおかしくなって、笑ってしまった。
その後は、メリーゴーラウンドに乗ったり、園内で食べ物を買って二人で並んで食べたり、ゲームでちょっとした勝負をしたりと、思いつくままにいろいろなことを楽しんだ。
気がつけば時間はあっという間に過ぎていて、昼間の賑わいも少しずつ夕暮れの空気へ変わり始めている。
「楽しいね」
私は隣を歩く清水君を見上げながら、嬉しそうに微笑んでそう伝える。
「はい。来てよかったです」
清水君も柔らかく笑いながら頷いてくれた。
「私も」
私は小さく頷いて答えると、そのまま清水君との距離をほんの少しだけ縮めて歩いた。
そして夕方になると、園内の景色は少しずつ夕焼け色へ染まり始め、昼間とは違った雰囲気に包まれていった。
私は空を見上げ、それから園内を見渡したあと、何かを思いついたように清水君の袖を軽く引いた。
「……ねえ、清水君」
「はい?」
清水君がこちらへ顔を向ける。
「あれ、最後に乗らない?」
私は大きな観覧車を指差しながら、少し期待するように目を輝かせて尋ねた。
「いいですね」
清水君も観覧車へ目を向けたあと、こちらへ振り返って笑顔で頷いてくれた。
私たちはそのまま観覧車へ向かった。
けれど、列に並んだ瞬間、私はなぜかジェットコースターやお化け屋敷よりも強く緊張している自分に気づいた。
その理由は、もう分かっている。
観覧車では、二人きりになるからだ。




