「似合ってます」――その一言が、ずるい
試着室のカーテンを閉める。
私は、手にした服を見つめた。
「……本当にこれ、私に似合うのかな」
さっきから何度も考えている。
ブラウスにスカート。
どちらも、私が普段選ぶ服より少しだけ大人っぽい。
第一印象で「大人のお姉さん」に見られてしまう私は、むしろそういう服を避けるようにしていた。
でも。
不思議と嫌ではなかった。
むしろ――。
清水君が選んでくれた。
そのことが、嬉しかった。
「……よし」
意を決して着替える。
そして、カーテンの前で立ち止まった。
「……恥ずかしい」
別に変な格好をしているわけじゃない。
それでも。
誰かに見せることを前提に服を選ぶなんて、今までほとんどしたことがなかった。
しかも。
相手は清水君だ。
「優里恵さん?」
外から声がする。
「まだですか?」
「……もう少し」
「分かりました」
その声を聞いて、私は深呼吸した。
「……よし」
カーテンを開ける。
「お待たせ……」
顔を上げる。
すると。
清水君がこちらを見ていた。
「……」
「……どう?」
返事がない。
「清水君?」
「……すみません」
「え?」
「ちょっと、驚きました」
「やっぱり変?」
「いえ」
清水君は首を横に振る。
「似合ってます」
「……本当に?」
「はい」
「どこが?」
「全部です」
「……それ、答えになってないよ」
思わず笑ってしまう。
すると清水君も少し笑った。
「でも、本当に似合ってます」
「……そっか」
私は鏡の前に立った。
さっき髪型を変えたときよりも。
今のほうが、自分が変わったことを強く感じる。
「なんか……私じゃないみたい」
「ちゃんと優里恵さんですよ」
「でも、いつもと全然違う」
「そうですね」
「……清水君」
「はい?」
「こういう服、好きなの?」
「好きというより」
清水君は少し考えた。
「優里恵さんに似合うと思っただけです」
「……」
まただ。
そういうことを。
平然と言う。
「……清水君って、女の子を褒めるの慣れてる?」
「そんなことないですよ」
「本当に?」
「本当です」
「じゃあ、どうしてそんなに普通に言えるの?」
「思ったことを言っているだけです」
「……ずるい」
「何がですか?」
「なんでもない」
私は鏡の中の自分を見る。
そして。
小さく笑った。
「これ、買う」
「いいんですか?」
「うん」
「じゃあ、決まりですね」
そのときだった。
「坊ちゃん」
先ほどのスタッフの人が戻ってきた。
「写真、撮っておきましょうか?」
「写真?」
私は驚いて振り返る。
「こういうときは、全身のバランスを確認するために撮るんですよ」
「なるほど」
「優里恵さんも記念になりますし」
「……私も?」
「もちろんです」
私は少し迷った。
けれど。
「……お願いします」
スタッフの人がカメラを用意する。
「じゃあ、そこに立ってください」
私は言われた場所へ移動する。
「少しだけ肩の力を抜いて」
「こう?」
「はい。いい感じです」
シャッター音が響く。
もう一枚。
さらにもう一枚。
「では、清水君も一緒にどうですか?」
「俺も?」
「せっかくですから」
「……どうする?」
清水君が私を見る。
「私は……」
一瞬、迷う。
でも。
「一緒に撮りたい」
そう答えていた。
「分かりました」
清水君が隣に立つ。
思ったより近い。
「……近くない?」
「写真ですから」
「そうだけど……」
「では撮りますね」
私は少し緊張して背筋を伸ばした。
その瞬間。
清水君の手が、ほんの少しだけ私の背中に触れた。
「……!」
驚いて横を見る。
「大丈夫ですか?」
「う、うん……」
「緊張しているようだったので」
「……びっくりしただけ」
「すみません」
「……謝らなくていい」
むしろ。
離れてしまうほうが、少し残念だった。
「では、撮ります」
シャッターが切られる。
――パシャッ。
その一枚が。
今日の私たちを残した。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
写真を確認する。
画面の中には、私と清水君が並んでいる。
いつもの学校とは違う服。
いつもの私とは違う髪型。
そして。
隣には清水君。
「……なんか、変な感じ」
「そうですか?」
「うん」
私は写真を見つめる。
「でも……嫌じゃない」
「ならよかったです」
「ねえ、清水君」
「はい?」
「この写真……」
「はい」
「私にも送ってくれる?」
「もちろん」
「……絶対だよ?」
「分かりました」
清水君が写真を送ってくれる。
スマホが小さく震えた。
「……来た」
画面を開く。
そこには、今日の私たちが写っていた。
私は思わず、その写真を少し長く見つめてしまう。
「どうしました?」
「……なんでもない」
「そうですか?」
「うん」
スマホを胸元に引き寄せる。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「うん」
店を出る。
その帰り道も。
私は何度かスマホを確認してしまった。
別に、新しい通知が来ているわけじゃない。
それなのに。
写真を開いてしまう。
私と清水君が並んでいる。
ただ、それだけの写真。
なのに。
見るたびに、胸の奥が少しだけ熱くなる。
「……なんでだろ」
「何か言いました?」
「ううん。なんでもない」
私は慌ててスマホを閉じた。
そして。
隣を歩く清水君を見る。
「清水君」
「はい?」
「……今日は、ありがとう」
「どういたしまして」
「すごく楽しかった」
「俺もです」
「……本当?」
「はい」
清水君は笑った。
「また、こういうことしましょう」
「……また?」
「嫌ですか?」
「……嫌じゃない」
むしろ。
また一緒に出かけたい。
そう思ってしまった。
でも。
それを口にする勇気は、まだなかった。
私はスマホを握りしめる。
そこに残った一枚の写真を。
大切なもののように、そっと見つめた。
――その日の夜。
私はベッドの上で、また写真を開いていた。
「……また見てる」
自分で呟いて、少し恥ずかしくなる。
今日だけで、何回目だろう。
写真の中の私は、少しだけいつもと違う。
そして、その隣には清水君がいる。
「……ふふ」
思わず笑ってしまう。
写真を閉じる。
でも。
数秒後には、また開いていた。
「……もう」
自分でも呆れてしまう。
それでも。
消す気にはなれなかった。
むしろ。
これから先も、この写真を見るたびに。
今日のことを思い出すのだろう。
そう思うと。
少しだけ、嬉しかった。




