清水君が選んだ、私の夏服
――しばらくして。
「優里恵さん、終わりましたよ」
「……え?」
その声に、私はゆっくり目を開けた。
鏡の中に映っているのは、確かに私だった。
でも。
「……誰?」
思わず、そんな言葉が漏れた。
髪の長さそのものは、それほど変わっていない。
けれど、前髪の形が少し変わり、毛先には自然な動きがついている。
いつもの私より、少しだけ大人っぽい。
それなのに、無理をしている感じはしない。
「どうですか?」
スタッフの人が尋ねる。
「……すごい」
「気に入りました?」
「はい……」
私は鏡を見ながら、何度も首を傾けた。
右から見る。
左から見る。
前から見る。
どの角度から見ても、見慣れない自分がいる。
「清水君」
「はい」
「……どう?」
恐る恐る振り返る。
すると。
清水君は、少しだけ目を見開いていた。
「……似合ってます」
「本当に?」
「はい」
「無理してない?」
「してませんよ」
「……そっか」
それだけなのに。
胸が、また少し高鳴った。
「思っていたより、かなりいいですね」
「思っていたよりって何?」
「いや、悪い意味じゃないです」
「じゃあ、どういう意味?」
「もっと似合うと思ってました」
「……それ、最初からそう言えばいいじゃん」
私がむっとすると、清水君は苦笑した。
「すみません」
「ふふっ」
思わず笑ってしまう。
するとスタッフの人が、後ろから声をかけてきた。
「じゃあ、次は夏服ですね」
「はい」
「清水君が選ぶんですよね?」
「そういう約束なので」
「では、少し席を外しますね」
「え?」
スタッフの人が笑う。
「お洋服を選ぶところは、お二人で相談されたほうがいいでしょう?」
「……えっ」
私は清水君を見る。
「二人で?」
「そのほうがいいでしょうね」
「でも……」
「大丈夫ですよ」
そう言って清水君が立ち上がる。
「行きましょう」
「う、うん」
美容室の奥には、いくつかの部屋があった。
その一つには、夏物の服がずらりと並んでいる。
「……すごい」
思わず声が出た。
ワンピース。
ブラウス。
スカート。
カーディガン。
どれも普通のお店で見るものとは、少し雰囲気が違う。
「これ、全部モデルさんが着る服なの?」
「撮影用もありますけど、普段着として使えるものもあります」
「こんなの、私が着ていいのかな……」
「もちろん」
清水君は服を眺めながら、一着を手に取った。
「これ」
「え?」
淡い色のブラウスだった。
そこに、シンプルなスカートを合わせる。
「優里恵さんなら、これがいいと思います」
「どうして?」
「髪型との相性がいいからです」
「髪型から決めたの?」
「はい」
私はブラウスを受け取った。
指先で布地を触る。
「……ちょっと、可愛すぎない?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「優里恵さんは、派手な服よりこういうほうが似合います」
「……よく見てるね」
「そうですか?」
「そうだよ」
私は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。
すると清水君が、もう一着を手に取った。
「こっちも」
「どっち?」
「今の服と比べてみましょう」
「二着も?」
「せっかくですから」
私は二着を見比べる。
どちらも可愛い。
でも。
「……清水君は、どっちが好き?」
聞いてから。
しまった、と思った。
なんだか、自分から聞くのは恥ずかしい。
清水君は少し考えたあと。
「最初のほうです」
「……そっち?」
「はい」
「じゃあ、それにする」
「いいんですか?」
「だって、清水君が選んだんでしょう?」
「……そうですね」
清水君が少し笑う。
「じゃあ、それで」
服を抱えたまま、私は鏡を見る。
そこに映っているのは。
さっきまでとは少し違う私。
髪型も。
服も。
全部、清水君が選んでくれたものだ。
「……変なの」
「何がですか?」
「自分で選んだわけじゃないのに、なんか嬉しい」
「そうですか?」
「うん」
私は小さく笑った。
「清水君が私に似合うと思って選んでくれたんだって思うと……」
そこまで言って、口を閉じる。
「……思うと?」
「何でもない」
「気になりますけど」
「秘密」
「優里恵さんまで秘密にするんですか?」
「お互い様でしょ?」
「それはそうですね」
清水君も笑った。
その笑顔を見て。
私は、なんとなく思った。
今日ここへ来てよかった。
夏服を選ぶためだけじゃない。
髪型を変えるためだけでもない。
こうやって。
清水君と一緒に、自分のことを考える時間が。
私は、少し好きになっているのかもしれない。
そして――。
「じゃあ、着替えてきます」
「はい」
私は服を抱えて、試着室へ向かった。
その背中に。
「優里恵さん」
「なに?」
「楽しみにしてます」
「……もう!」
私は振り返って、少しだけ睨む。
けれど。
顔が熱くなっているのは、自分でも分かっていた。




