モデル専門美容室と、私の新しい髪型
そして――。
その数日後。
私は学校帰り、清水君と一緒に駅へ向かっていた。
「そういえば」
「はい?」
「夏服の話なんだけど」
「はい」
「髪型も考えてくれるって言ってたよね?」
「言いましたね」
「どこでやるの?」
何気なく聞いたつもりだった。
すると清水君は、少しだけ考えるような顔をした。
「うちの美容室でいいんじゃないですか?」
「……え?」
「モデル向けの美容室ですけど、母に頼めば使わせてもらえますよ」
「ええっ!?」
私は思わず足を止めた。
「いいの?」
「もちろん」
「でも、モデルさんが使うところなんでしょう?」
「基本的にはそうですけど、俺が頼めば大丈夫です」
「そんな簡単に?」
「家の美容室ですから」
「……そうだった」
そう言われると、確かにそうなのだ。
でも。
私からすれば、モデル専門の美容室なんて、テレビや雑誌の中にしか存在しないような場所だ。
「なんか緊張する……」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「だって、モデルさんが行くんでしょう?」
「まあ、そうですね」
「じゃあ、変な髪型にされたら恥ずかしい……」
「されませんよ」
清水君が笑う。
「むしろ、似合うようにちゃんと考えてもらえます」
「……清水君も一緒に来てくれる?」
「もちろんです」
「本当に?」
「俺がお願いするんですから、最後まで付き合いますよ」
「……そっか」
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
「じゃあ……お願いしようかな」
「はい」
「でも、モデルさんみたいな髪型にされるのは嫌だからね?」
「優里恵さんには、優里恵さんに似合う髪型を選びます」
「……どういうの?」
「それは当日まで秘密です」
「えー!」
「楽しみにしていてください」
「清水君、最近そういうの多くない?」
「何がですか?」
「秘密にするの」
「そのほうが楽しいでしょう?」
「……まあ、そうだけど」
私は少しだけ頬を膨らませる。
でも。
楽しみなのも事実だった。
自分がどんな髪型になるのか。
清水君がどんなふうに私を見てくれるのか。
考えるだけで、胸が高鳴る。
そして、約束の日。
私は清水君に連れられて、初めてその美容室を訪れた。
「……ここ?」
「はい」
駅から少し離れた場所にある、落ち着いた建物。
外から見る限り、普通の美容室に見える。
けれど、中へ入った瞬間に空気が変わった。
「いらっしゃいませ」
スタッフの人たちが清水君に気づく。
「あら、坊ちゃん」
「こんにちは」
「今日はお友達?」
「ええ。こちら、優里恵さんです」
「初めまして」
私が頭を下げると、スタッフの人も笑顔で挨拶してくれた。
「今日はどうしましょう?」
私は清水君を見る。
「……えっと」
「まずはカウンセリングからお願いします」
「はい」
鏡の前に座る。
大きな鏡。
明るい照明。
その周囲には、いろいろな道具が並んでいる。
テレビで見るような撮影現場とは違う。
でも、普通の美容室とも少し違う。
スタッフの人が私の髪を手に取る。
「髪質は少し柔らかめですね」
「そうなんですか?」
「はい。毛先も軽いので、動きを出しやすいと思います」
すると清水君が横から口を挟んだ。
「前髪は重くしすぎないほうがいいと思います」
「清水君?」
「今の雰囲気を残したほうが、優里恵さんらしいので」
「……そう?」
「ええ」
スタッフの人も頷いた。
「なるほど。では、服装も考えて――」
「夏服は俺が選びます」
「まあ」
スタッフの人が少し笑った。
「坊ちゃんが女の子の服を選ぶなんて、珍しいですね」
「……そうですか?」
「昔から服にはうるさかったでしょう?」
「余計なことを言わないでください」
「ふふっ」
私は思わず笑ってしまった。
なんだか。
普段学校で見る清水君とは、少し違う。
ここでは、清水君はスタッフの人たちから昔から知っている少年として扱われている。
「じゃあ、服に合わせて髪型を決めましょうか」
「お願いします」
「優里恵さんも、それで大丈夫ですか?」
「はい」
鏡を見る。
そこには、少し緊張した私が映っている。
でも。
隣には清水君がいる。
「大丈夫ですよ」
「……うん」
「きっと似合います」
「……そういうこと、さらっと言うよね」
「本当のことですから」
「もう……」
私は鏡越しに清水君を見る。
そして。
少しだけ期待しながら目を閉じた。
――夏服だけじゃない。
今日は。
私自身が、少し変わる日なのかもしれない。
そして何より。
清水君が、私にどんな姿を望んでいるのか。
それを知るのが、少し楽しみだった。




