secret.7 最愛
ひとまずSecretはここまでです。
「いつぶりかな?かなり久しぶりな気がするのだが。元気にしていたかい?仕事は順調かな?」
促されるまま向かいのソファに腰を下ろした俺に、あくまでもにこやかに話しかけてくるヴァロワ侯爵。
そしてそんな笑顔(全く笑ってないが)の侯爵の目の前に、数日前に俺から侯爵家に送った釣書があった。
いや、うん、呼び出しの理由はそれだろうなとは思ってはいたよ?
でもな、全く笑ってない笑顔と、不安定に揺れてる魔力と、薄ら見える青筋が…ガチで怖ぇよ?
あれ、シリウスが全力で推しとくとか、言ってくれてたような?
あれは空耳だったかな?
これどう見ても推せてねぇよな?
かなり剣呑な魔力に包まれかけ、若干現実逃避しかけた俺だが、部下らしき魔法師がテーブルに紅茶を置く音で我に返った。
「ご無沙汰しておりました。そうですね…最後にお会いしてから2年ぶりくらいかと。仕事の方は怪我等もなくやれております」
「ああ、そうだね。部下を受け入れて貰った時か。うん、そうかそうか。ふむ…確かに見た所、仕事での怪我などもないようだね。しかし、顔色はあまり良くないようだが?」
実は昨日まで、15日程の国外任務についていた。
そして国内に戻った後、部下にも『顔色が死んでます』と言われた。
いつもならば15日程の国外任務など、不眠不休でもこんなに疲れを感じたことは無かったのに、今回は異様に疲れた。
部下曰く『国外任務の間シャーロット嬢を見れていないからでは?』と言われ、なるほどと納得した。
シリウスと話してから腹を括った俺は、自分の中のシャーロット嬢を慕う気持ちを認めた。
認めたら、肉体も心も、ふっと楽になった。
その代わり、数日シャーロット嬢に会えないと、物凄く疲れが溜まる様になってしまった。
リュカ曰く『シャーロット嬢枯渇』らしい。
しかしそれを父君である侯爵に言えるわけがない。
…いや、言うべきか?
その話の為に呼ばれたんだろうし、腹を括ったんだし。
「部下にも言われました、お見苦しくて申し訳ありません」
「いや…何かあったのかね?」
「昨日まで半月ほど国外任務に出ておりまして。その間、ヴァロワ侯爵令嬢を目にすることが出来なかったので」
分かっていて聞いているのかいまいち判断がつかなかった俺が、ハッキリと理由を告げれば、俺を見る侯爵の瞳が驚きに染まった。
数秒固まっていた侯爵は、ふっと放出していた魔力を消してソファの背もたれに体を預けた。
「…そうか、いやすまんな。少し意地が悪かったな。それにしても…そうかそうか」
剣呑な魔力と空気が無くなり、侯爵の声が何処と無く愉しそうな色に変わる。
「ヴァロワ侯爵殿…?」
「いや、うん。シリウスから、カインズ君が私の娘を慕ってくれていると聞いたんだがね、どうも君が色事に興味を示す様が思い浮かばなくてね、話半分で聞いていたんだよ。でもコレを貰ったら、信じるしかないかなと思ったんだが…やはり想像出来なかった。だから直接聞こうと今日、君を呼んだんだよ」
侯爵が釣書を持ち上げ、ピロピロと揺らす。
「そうでしたか」
察してたけど。
というか、ついこの間まで俺自身が信じられなかったんだから、いくらシリウスの話とはいえほぼ他人の侯爵が信じれるわけが無いだろう。
「王立図書館で娘を見初めたと聞いたが、話したりはしているのか?」
「えっ?!いや、まさか!流石に自重してます!」
侯爵が形のいい眉を上げ、目を瞬かせた。
「そうなのか?一度も?」
「はい。ヴァロワ侯爵令嬢は護衛や侍女も付けておりませんし、一人きりの彼女に話しかけて、もし怯えられたりしたら…私はその後、生きていける気がしませんから」
またもや形のいい眉をピクリと上げ、思案顔で顎を撫で始めた。
「…ふむ。なるほどなるほど。よし、分かった。君に課題を出していいかな?」
「課題」
「うん。私が許可を出すまでは話しかけず見守る。出来るかい?」
見守る…というのは、今のままということか。
今の所、視界に入れれるだけで満足だけど…なんせ色恋なんて初めてで分からない。
それでもやるしかない。
「はい、出来ます。出来ますが、あの、侯爵。実はここ何年か、ずっと断っていたセスティア学院の歴史学の教員の仕事を受ける事にしたのですが、お許し頂けますでしょうか?」
「ほう…そう言えば王弟殿下がその様な事を言っていたな。カインズ君がそれを受けようと決めた理由は、娘という事でいいのか?」
「はい。…今のままでは接点が無いので」
「はっはっはっ、なるほど、カインズ君なりに考えていたのだね。そこまで娘を慕ってくれていると言うなら、許可しない訳にもいくまい。先程の課題は娘が15で学院に入学する日までとしよう」
団長室に入った時とは打って変わって、心から楽しそうに笑うヴァロワ侯爵に、俺は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「うん。じゃあとりあえずは半年後、その時まだ娘を好きならまた釣書を送ってくれ」
「分かりました」
侯爵と俺が同時に立ち上がると、侯爵がふっと笑顔を消した。
「…最後にひとつ聞いて良いか?」
「はい」
「もしシャーロットと陛下が同時に危機的状況に陥っていたら、君はどちらを助け」
「ヴァロワ侯爵令嬢です」
若干被せ気味に、一切迷う素振りもなく答えれば、侯爵が瞠目し、見たこともないへにゃりとした顔で笑った。
「そうか。君の中で娘は既に、他と比べるまでもない存在なのだな。話せてよかったよ、今日はありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
団長室を辞した俺は、魔法省のひょろ長い建物の屋根の上に向かって転移した。
爽やかな風に吹かれながら、今日団長室の前にたった時は『生きて帰れるのか』などと考えていたのに、別れ際がとても穏やかだった事に、俺は胸を撫で下ろした。
その後、ひたすらシャーロット嬢を見守りながら見事に想いを募らせた俺は、きっかり半年後に2回目の求婚の釣書を送り、その後も半年、見守り続けた。
そしてようやく15歳になったシャーロット嬢がセスティア学院に入学し、俺はそれと同時に教師の仕事に就いた。
彼女は入学試験でトップだったため、俺は成績優秀者のクラスを受け持つ事にした。
これで毎日、彼女に会える。
入学式を終えた生徒がそれぞれの教室に移動するのを見届け、俺も逸る気持ちを抑えて教室に入った。
俺の目はすぐに彼女を捉えた。
制服姿の彼女は、とんでもなく可愛かった。
一人一人、名前を呼んでゆき、ようやく彼女の番が来た。
俺はまっすぐ彼女を見て、その名を呼ぶ。
「シャーロット・ヴァロワ嬢」
「は、はい」
初めて目が合った喜びで、顔が緩んでしまう。
俺のそんな顔に気付いたらしい彼女の頬が、瞠目し、徐々に赤みを帯びていく。
どう見ても照れているその顔に、喜びが溢れそうになった。
ああ、とんでもなく可愛い。
自惚れでもなく、ファーストコンタクトは成功と言えるのではないだろうか。
しかし喜び勇んだ翌日から、俺は頭を抱える事となった。
学院に来てみれば、シャーロット嬢が可愛すぎて、彼女の同級生の令息達の噂になっていた。
それからの俺は、もう必死だった。
シャーロット嬢の友人2人に生暖かい目で見られながらも陰になり日向になり彼女を見守りつつ、兄であるアンリとその婚約者のリュシー嬢を懐柔したりした。
そして見事に婚約者の座を得て、侯爵を説き伏せて半年という再短の婚約期期間を経て、結婚まで漕ぎ着けた。
その日々の結果が、最愛のロティの夫という今の俺だ。
この先も、シュヴァリエの跡継ぎの事等、色々あるだろうが、腕の中にロティがいてくれるのなら、何もかもが何とかなるような気がしている。
初めはあんなに一目惚れに狼狽え、ウダウダ悩んでいた俺だが、今の悩みは妻が可愛すぎて困る事だ。
「…かいん、さまぁ…」
身じろいだロティの口から、俺の名が零れた。
寝言ですら俺を魅了して止まないとは…!
なんなんだこの可愛い過ぎる存在は…!
こんな俺は今日も、明日も、明後日も。
毎日妻に恋をしている。
次からまたシャーロットサイドに戻ります。




