secret.6 覚悟
「で、釣書はいつのご予定でしょうか?」
話が逸れてほっとしていた俺に、再度シリウスから確認の言葉が出た。
逸らせていたのは気のせいだった様だ…。
「いくら侯爵夫妻に気に入られていたとしても、シャーロット嬢は13歳だぞ?俺と7歳も差がある」
シリウスは小さく「なるほど」と呟くと、モノクルの位置を直しながら何かを思案する様に目を閉じた。
時間では2分程だろうか、やたら長く感じた沈黙の後、目を開いたシリウスは真っ直ぐに俺の目を見た。
「年齢の事ならば、全く問題ございませんね。アルクハイド伯爵家の嫡男マイル様の婚約者は10歳下ですし、レンブロイ子爵の奥様など、15歳も上です。貴族の婚姻には然程年齢差は関係ございません。7歳差など、差の内にも入りませんよ」
どうやら目を瞑って考えていたのは、国内の貴族の年の差夫婦やら婚約者の事だったらしい。
かと言って、シュヴァリエ侯爵家が普通の貴族と言うのは少し違うのではないか?
「普通の貴族ならばそうかもしれないが…」
「そもそも、カインズ様の懸念は、年齢差などではないでしょう」
う…。
モノクル越しの細められた瞳に見据えられ、俺は耐えきれずに目を逸らしてしまった。
「お嬢様を、シュヴァリエ侯爵家に迎え入れるのが嫌なのですね」
そう、シリウスの言う通りだ。
影を担うこの家に…俺の隣に、あの穢れのない少女を望むなど、あってはならないのではないか。
「カインズ様、ひとつお聞きしても?」
何も返せない俺に、シリウスが労わる様な声色で聞いてきた。
視線で続きを促せば、紅茶を一口飲んだシリウスが、徐に口を開く。
「もしこの先、シャーロットお嬢様がどこかの貴族のボンボンとご結婚なされたとしたら、カインズ様は耐えられるのですか?」
……は?
シャーロット嬢が、だれかと、けっこん…?
おれではない、だれかと………。
ゴンッ!と鈍い音がして、何かと思えば自分がテーブルに頭を打ち付けた音だった。
「無理でございましょう?カインズ様は執着した物は決して手放さない。それが初めて想いを寄せた方なら尚更」
確かに、俺は欲求という物がほぼない代わりに、一度執着したモノは手放さない性格、というのは自覚しているが。
おでこを押さえながら、何処と無く愉しそうな声のシリウスを睨みつければ、ほっほと笑いだした。
「恋は落ちるものでございますよ、カインズ様。それも、立場やしがらみなど関係なく、落ちてしまうものなのです。お嬢様を諦めることを、諦めたら如何ですかな?」
どうせ無理なのですから。と、シリウスはまた笑った。
そんな事、とっくに理解している。
認めるのが怖かっただけで。
「…シリウス。侯爵はシャーロット嬢の婚約者について、選定などはしていないのか?」
「そうでございますね…旦那様はお嬢様のお相手に関しては、政略等は求めないと決めておられるようです。最低限の条件としては、お嬢様を一番に大切にし、護れる力のある方を望んでらっしゃいます。ほら、カインズ様なら当てはまりますでしょう?」
確かに…俺がもしシャーロット嬢を娶れるとなれば、何よりも大切にする。
なんなら国王なんかよりも。
一番に大切にし、慈しみ、護る自信がある。
しかしそこに至るには、シャーロット嬢の気持ちが大切だと思う。
俺が彼女に好まれなければ、選ばれなければ、侯爵はきっと認めないだろう。
俺もそこまでして無理矢理娶るつもりはない。
「シリウスは、俺がシャーロット嬢に好まれると思うか?」
「ええ、思います」
「そ、即答だな?」
シリウスがカップを持った手を下ろし、少し視線を上に向けた。
「何と言いますか、旦那様や奥様も仰られていたのですが…わたくしから見ても、お嬢様は中身も外見もかなり大人びた方なのですよね。幼少期からの事なのですが、好まれる物も落ち着いた色合いやデザインの物が多いため、見た目がまず大人っぽい」
「あぁ、俺もそれは思った。実年齢を聞いて驚いたくらいだ」
図書館での彼女を思い出し、シリウスの言葉に同意する。
机や山積みの本で良くは見えなかったが、桃色や黄色など、あの歳頃の少女が好みそうな色やフリルのドレスではなく、すみれ色やブルーのドレスが多かった。
宝飾もあまり目立った物はなく、小ぶりのネックレスやピアス程度で、髪留めすらもシンプル。
それでも元が良すぎて、全く地味には見えないのだが。
「ええ、実際お嬢様は良く年上に見られております。奥様に似て、身長もございますからね。あとは会話の中での着眼点などがかなり大人びておりまして…わたくしでもたまにお嬢様が13歳という事を忘れてしまう程なのですよ。旦那様や奥様も、たまに領地経営の相談をなさってる程ですしね。なので、同世代の貴族令息ではお嬢様を理解出来ないでしょうし、逆に劣等感を抱くでしょう。それにお嬢様の方も物足りないかと。おそらく旦那様や奥様も、年上の婚約者を考えてらっしゃるかと思います」
あぁ、なるほどな。
確かにあんな大人びた見目な上に賢ければ、甘やかされた貴族のぼんぼんなど、劣等感に苛まれるだろうな。
それで拗ねるくらいで済めばいいが、劣等感を拗らせたぼんぼんは、シャーロット嬢に害を及ぼすかもしれない。
そんな懸念があれば、あの侯爵なら同世代の中で婚約者を探す様な愚行はしないだろうな。
しかし、それとシャーロット嬢が俺を好むかどうかは、話が違うのでは…?
そんな疑問を浮かべれば、訳知り顔のシリウスが口を開いた。
「エッタの話によりますと、お嬢様が好まれる恋愛小説に出てくる男性は、決まって黒髪黒目らしいのですよ。なので見目に関してはクリアです。そしてお嬢様も、同世代の令息には一切興味が無いご様子。唯一『中々素敵だわ』と仰られていたのが、去年ご覧になられた観劇に出ていた黒髪黒目の舞台俳優で、年齢はカインズ様のひとつ上の方との事。ちなみにその俳優は既婚者で愛妻家ございますので御安心を。さぁ、これでカインズ様の懸念は無くなりましたね」
「う…た、たしかに、そう、かもしれないが」
「無くなりましたよね?」
ニッコリ。
全く喜んでいないのが分かる怖い笑顔を向けられ、思わず肩を揺らしてしまった。
これは『タラタラしてないでさっさと腹括れよ』という圧力か…?
そうだな…いい加減、俺も腹を括るか。
「はぁ…そうだな。わかったよ、真剣に考えてみるから」
「おや、何をです?」
「何って…侯爵に認めてもらう方法だよ」
「ほう…シャーロットお嬢様ではなく、ですか」
「シリウスが言ったんだろう。その辺の男じゃ、シャーロット嬢どころか侯爵に認められないと」
「あぁ…まぁ、確かに。ふむ…カインズ様自身は認められていらっしゃいますので、お嬢様の伴侶として認められる必要はございますね」
「だろ?」
「カインズ様、カインズ様ならば無いとは思いますが、まさか少しの努力で諦めたりなどはしませんよね?」
先程まで俺がウダウダと言っていたからか、剣呑な眼差しで確認された…怖。
「…シリウスなら分かると思うが、今まで俺は誰かを想った事が無かった。そもそもそんな事が自分に認められていないと考えていたのもあるが、元々興味が湧いた事すらなかったんだ」
「…えぇ、分かります」
「でも、初めて王立図書館でシャーロット嬢を見た時、初めて灰色だった俺の世界に色が付いた様な、そんな気がしたんだよ。まぁ、それが恋とかそういう感情だとは、その時は気付かなかったんだけど」
シリウスが少し優しげな顔で頷く。
「俺のこういう、他人への無関心は変わらないと思う。だから初めて得たこの…誰かを恋い慕うという感情も、二度と得られる気がしない。おそらく、最初で最後だと、思う。だからやると決めた以上、そんなに簡単に諦める気は無い」
取り繕う事を一切やめた俺の心の内を語ると、シリウスが破顔した。
こんな顔のシリウスを、俺は初めて見た。
「今日お会い出来て、カインズ様のその言葉を聞けて、本当に良かった」
そう言って笑ったシリウスは、「全力で、旦那様にカインズ様をお嬢様の伴侶にと推しておきます」と言って帰って行った。
そしてシャーロット嬢の14歳の誕生日から1週間後、俺は初めてヴァロワ家に釣書を送ったのだが。
その翌日、まさかの侯爵に呼び出しを受け、俺は魔法省に来ていた。
俺は生きて帰れるのか?
そんな恐怖に駆られつつも、案内された団長室に足を踏み入れた。
「やぁ、良く来てくれたね」
にこにこと招き入れてくれた侯爵だが。
目が、笑ってねぇ…!




