secret.1 過去
Secretはカインズサイドですが、シャーロットサイドとの落差が激しいです。
ロティが昨晩貸してくれた魔道具のお陰で昨日より早く帰れた俺は、帰宅して夕食を済ませ、愛しの妻を心ゆくまで愛でた。
そんな妻は今、俺の腕の中で愛らしい顔で眠っている。
…はぁ、何故彼女の寝顔を見るだけで、こんなにも心が温かく…幸せな気持ちになるんだろう。
心が、苦しい。
痛い。
幸せ過ぎて、痛い。
でもこの甘い痛みを、苦しみを、俺はもう手放せない──。
彼女に会うまでの俺は、『他人』に一切興味を持つ事が無かった。
『他人』の中でも特に『異性』という存在は、どこか異質に感じ、怖気が湧く存在で…興味を持つ以前の話だった。
そんな歪だった俺が、彼女にだけはこの溺れっぷり──。
正直、俺の愛の重さが尋常じゃないということは、自覚している。
おそらく彼女に拒否されていたとしても、影の長という力をフルに使って一生見守っていただろう。
でも、今腕の中で眠る最愛の妻ロティは、この重い愛を全て受け止め、嬉しいと言いながら俺に同じだけの愛を返してくれた。
闇に生きてきた俺が、こんなに幸せで良いのだろうか?
たまに、無性に不安に駆られる。
それはロティを妻に娶ってから、頻度が増した。
幸せ過ぎて、もしロティという何よりも愛しい存在を失ってしまったら、俺はその先どうしたらいいのか?俺はどうなる?生きていけるのか?と。
俺が生まれた家はセスティアという国の貴族の家で、『王家の影』という裏の仕事を担う一族、シュヴァリエ侯爵家だった。
王家もシュヴァリエ家も、特にこれを隠してはいない。
しかし戦乱の時代なら兎も角、だいぶ平和になったこの時代では、わざわざシュヴァリエ家の名を話題に出す貴族も居ないし、実際に影の姿を目にするまで半信半疑な者も多く、下級貴族や新興貴族においては『それを生業にしている一族がいるらしい』くらいの認識でしかなくなっている。
その理由のひとつとして、当主が何かしら表向きの職に就いているというのがある。
シュヴァリエに生まれた者の就職に関しては、昔から王家とシュヴァリエ家での契約が交わされている。
シュヴァリエ家の者がその年齢に達した時、希望した仕事に就ける様に計らってくれるのだ。
それは文官や研究者、騎士や魔法師だったりと様々だが、シュヴァリエ家は影を務めるために様々な突出した能力を持つ者の血を、積極的に取り入れてきたからか、色んな面においてかなり優秀な血筋で、魔力が高く、知力も高く、身体能力も高く、見目も良い。
どこに就職しても自力でそれなりの地位まで行けるため、王家側も心配せずに希望通りの職に就かせてくれるらしいが、俺の場合は自力で学び、得たい資格を得た。
元々能力が高い者ばかりだから、俺の様に自力で職を得た先祖は多かったらしいと、昔執事が言っていたっけな。
そんなシュヴァリエ家に生まれた俺には、兄1人と姉1人、弟1人と妹1人がいた。
全員母親が別で、それも3歳頃に知らされたが、当主の唯一の妻であった正妻だけを母と呼び、実母がどこの誰かも知らないし、未だに会った事すら無い。
なので存命なのかも分からない。
ついでに正妻の実子が誰かも、本人すら知らされなかったので、それも未だに謎のまま。
もしかしたら、1人も居なかった可能性すらある。
髪や瞳の色等で分かるのではないか?と思うだろうが、シュヴァリエの血を少しでも引くと、必ず黒髪黒目が産まれる。
俺はおそらく血の呪いだと思っているが、それについての記録が消えており、今では知る者はいない。
この話を聞いた時の俺は結婚など微塵も考えた事も無かったし、自分には全く意味の無い、不要な知識だと思っていた。
俺が13歳の時、父が死んだ。
驚く程、何の感情も湧かなかった。
影の頭領は当時19歳だった兄が継いだ。
その翌年、姉が死んだ。
姉は笑顔が綺麗な人で、憂いを帯びた黒い瞳が印象的だった。
その瞳も、歳を重ねるにつれて光を失っていった。
最後の任務に行く直前に見た姉の瞳は、既に何も映していなかった。
その翌日に見た姉は、棺の中で穏やかに横たわっていた。
その2年後、弟が死んだ。
弟は無口だったが、心は酷く優しい奴だった。
任務で命を奪う度、逆に自分の心から血を流している様な、脆く、儚く、優しい弟だった。
翌年、妹が死に、兄が寝たきりになった。
妹は酷く幼い体格と容姿とは裏腹に、苛烈な性格だった。
そんな妹は姉兄愛が1番強く、兄との任務で兄を庇い、死んだ。
庇われた兄も、結局怪我で寝たきりになった。
その翌日から、俺は仮の頭領となった。
妹の死から半年後、兄が死んだ。
怪我をしてから眠り続けていた兄は、目覚めること無く生涯を終えた。
嬉しくもないのに歴代最高の影と言われていた俺は、唯一の生き残りとなり、気付けば頭領となっていた。
18歳だった。
この頃にはもう、俺の瞳は姉の瞳以上に、何も映していなかった。
ただ息をして。
ただ食べて。
ただ殺し。
影に潜み、また影へ。
頭領を継いだ翌年、任務から戻った俺に、母の死が知らされた。
父の時同様、何の感情も湧かないかと思ったが、記憶の中で薄らと微笑んでいた母が蘇り、少し哀しみを感じた。
その後の人生は只管に、終わりを願っていた。
そんな俺の、深淵の淵を彷徨う様な、真っ黒だった人生が、ある日突然色を帯びた。
その日、俺は任務で国境へ向かっていた。
今回の任務は、数日後にふたつ向こうの国から来る予定の、要人の暗殺。
件の要人の国は、俺の住むセスティア王国の軍事機密を探る為に諜報員を忍ばせていて、それがつい2日前に発覚した。
尋問の末分かったのは、その司令を下した人物の名。
それがその要人の名だった。
その国とは昔から同盟を結んでいたが、交易路等の関係で、あまり大きな国交を持つことが出来ずにいた。
しかし間に挟まる国とセスティアの協力で新たな交易路を作ったことにより、その奥にある国との微妙だった国交の改善が見込まれていたのだ。
そして今回、交易に関する新たな条約を締結させる為、その要人が来ることになっていた。
しかしその国は、セスティアの軍事機密を狙った。
つまり友好的な関係を築くつもりが無いわけだ。
それを重く見た陛下の命を受け、俺は今日、こちらに向かっているであろう彼の命を奪う。
今回は部下を1人しか同行させていない。
本当ならば1人でこなしたいし、こなせるが、万が一がある。
俺に何かあった場合、国とシュヴァリエ家に伝える人間が必要。
その為、頭領の俺は何の任務であれ、最低でも1人は部下を伴わなければならなかった。
ここ近年で、暗殺任務はかなり減ったため、久々だった。
それでも暗殺の指令が下る度、俺は俺の人生に、心底うんざりしていた。
件の要人の暗殺を容易く終えた俺は、セスティアへと戻ったその足で陛下に報告し、全て終えた俺は逃げる様に城を出て、王立図書館へと向かった。
影に生きてきた俺の唯一の趣味は、古代の遺跡や遺物。
まだ俺の様な影の存在も…ましてや情報戦などなかったであろう時代。
人力と魔法を駆使して造られた荘厳な遺跡。
俺は煩いだけの人よりも、物言わぬ遺跡に心を惹かれた。
それらに想いを馳せている間は、少しだけ現実を忘れることが出来た。




