第26話「北方の選択」
北方からの報せは、議会の空気を一変させた。
ノルデン辺境伯が、隣国ルスカ王国との暫定交易協定を結ぶ準備に入ったという。
王都を通さない、独自交渉。
それは事実上の越権行為だった。
「反逆に等しい」
軍派の貴族が声を荒げる。
「即時、討伐軍を編成すべきだ」
「愚かだ」
商人派が即座に反論する。
「北方は王国最大の穀倉地帯だ。軍を向ければ市場が崩壊する」
議場は割れていた。
ロドルフ・グラナード公爵が静かに立ち上がる。
「王国の秩序が試されている」
低く重い声。
「一領主が王命を無視するなら、国家は瓦解する」
視線が王太子へ向く。
レオハルトは沈黙している。
孤立の影は濃い。
「フェルンベルク公爵令嬢」
ロドルフが視線を向ける。
「あなたの“合意”は、この事態にどう答える」
試す声。
議場が静まる。
アリアはゆっくりと立ち上がった。
「辺境伯は反逆者ではありません」
ざわめき。
「王都を信用していないだけです」
ロドルフの目が細まる。
「違いがあると?」
「あります」
アリアは言う。
「信用の欠如は、武力で埋まりません」
「甘い」
軍派が吐き捨てる。
「軍を動かせば、隣国は挑発と受け取る」
商人派も頷く。
「ならば放置か?」
ロドルフの問い。
「放置しません」
アリアは即答する。
「私が行きます」
議場がどよめく。
「辺境伯と直接交渉します」
「王命なくして?」
「王命を」
視線を王太子へ向ける。
「いただけますか」
沈黙。
レオハルトはゆっくりと立ち上がる。
かつて婚約を破棄した男。
今は王国の均衡に立つ男。
「理由を述べよ」
静かな声。
「武力は即効性があります」
アリアは言う。
「ですが傷を残す」
「外交は時間がかかる」
「ですが傷を残さない」
議場の空気が張り詰める。
「辺境伯は王都に見捨てられたと感じています」
その言葉に、わずかな動揺が走る。
「財政負担、兵站負担。北方は常に最前線」
誰も否定できない。
「合意が必要です」
ロドルフが低く言う。
「国家は感情で動かぬ」
「だから条件で結ぶのです」
視線を外さない。
「辺境伯に、王都が譲るべき条件を提示する」
「譲歩か」
「統合のための再設計です」
ロドルフは沈黙する。
レオハルトが口を開く。
「成功の保証は」
「ありません」
正直な答え。
「だが、武力より成功率は高い」
議場が静まる。
王太子はしばらく考え、そして言った。
「王命を与える」
ざわめき。
「フェルンベルク公爵令嬢に、北方との交渉全権を委ねる」
ロドルフの視線が鋭くなる。
「失敗すれば」
「責任は私が取ります」
アリアは言う。
それは賭けだった。
だが国家分裂よりは安い。
議会が散会する。
廊下で、レオハルトが呼び止めた。
「なぜそこまで背負う」
「国家だからです」
短い答え。
彼はわずかに目を伏せる。
「……変わったな」
「削られましたから」
沈黙が流れる。
「北方は甘くない」
「知っています」
彼は一歩近づく。
「失敗すれば、あなたは終わる」
「国家が終わるよりは」
視線が交差する。
かつての婚約者ではない。
国家を背負う者同士。
「行け」
王太子は言った。
「そして戻れ」
アリアは深く一礼する。
北方へ向かう準備が始まる。
軍は動かない。
だが国家の命運は動く。
合意は、国家規模で試される。
王都の塔が夕陽に染まる。
その影の中で、アリアは静かに決意を固めた。
武力ではなく、条件で。
国家を繋ぐために。
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