第25話「王都帰還」
王都の塔が見えたとき、アリアは無意識に背筋を伸ばしていた。
灰白色の城壁。幾重にも重なる尖塔。旗は風を受け、以前と変わらぬ威厳を示している。
だが、見上げる心はあの頃とは違う。
婚約者として戻るのではない。
地方領主としてでもない。
国家の一部として、試されに来た。
「緊張しておられますか」
馬車の向かいに座るミレイユが静かに問う。
「少しだけ」
嘘ではない。
「ですが、恐れてはいない」
セルマは王都まで同行しない。領地防衛のために残った。
王都での護衛は、王家直属の近衛が担当する。
それがすでに、中央の空気を物語っている。
城門前。
近衛騎士が馬車を止める。
「フェルンベルク公爵令嬢。王命により入城を許可」
形式張った声。
歓迎ではない。
手続きだ。
城内へ入ると、空気が違う。
領地のような生身の視線ではない。
値踏みの視線。
利用価値を測る視線。
「お久しぶりです」
声がかかる。
振り向くと、長身の青年が立っていた。
整った顔立ちに冷静な瞳。
「リュシアン・ド・ヴァロワ」
彼は軽く一礼する。
「中央監督官を務めております」
「存じております」
アリアも礼を返す。
「わざわざ出迎えを?」
「監督対象を放置するわけにはいきません」
皮肉とも冗談とも取れる口調。
「歓迎と受け取ってよろしいですか」
「評価と受け取ってください」
その目は、敵ではない。
だが味方でもない。
「王都は、あなたの成功を興味深く見ています」
「成功かどうかは、まだ」
「結果が出ている以上、成功と呼びます」
淡々と。
「ですが」
彼は続ける。
「王都で同じことが通じるとは限らない」
「承知しています」
「地方は顔が見える。王都は顔が多すぎる」
的確だ。
合意は、顔の見える距離で作りやすい。
王都は違う。
「まずは貴族議会へ」
廊下を歩く。
豪奢な装飾。赤い絨毯。高い天井。
懐かしいはずなのに、遠い。
議会前室。
扉の向こうから低いざわめきが聞こえる。
「あなたの制度は、既に議題になっています」
リュシアンが言う。
「賛否は?」
「賛三、否七」
正直だ。
「商人派は支持。軍派と旧貴族派は慎重」
「慎重、ですか」
「表向きは」
皮肉な笑み。
扉が開く。
議場に足を踏み入れると、視線が一斉に集まった。
あの婚約破棄の日と似ている。
だが違う。
あの日は一人の令嬢だった。
今日は、一つの制度を背負っている。
奥、王座の側に立つ姿。
レオハルト。
目が合う。
ほんの一瞬。
揺れはない。
だが静かな緊張が走る。
王太子の顔は、以前より硬い。
孤立の影がある。
「フェルンベルク公爵令嬢」
議長が声を上げる。
「王都直轄領への制度導入について、助言を求める」
ざわめき。
アリアは中央へ進み出る。
深く一礼。
「合意は、地方でのみ成立するものではありません」
最初の言葉。
「ですが、規模が違えば方法は変わります」
議場が静まる。
「私は完成形を持ってきたわけではありません」
視線を巡らせる。
「失敗も、犠牲も経験しました」
ロドルフ・グラナード公爵の視線が鋭く光る。
「だからこそ、申し上げます」
一呼吸。
「合意は、力を削ることではありません」
ざわめきが走る。
「力を見える形にすることです」
リュシアンが小さく目を細める。
王太子は無言で聞いている。
「王都で導入するなら、条件があります」
議場がざわめく。
「中央監督下であっても、修正提案権を明記してください」
大胆だ。
地方領主が条件を出す。
「でなければ」
静かな声。
「制度は形骸化します」
沈黙。
最初の波は起きた。
ロドルフ公爵がゆっくりと立ち上がる。
「面白い」
低い声が響く。
「地方で通じた理屈が、王都でも通じると?」
空気が張り詰める。
第3章の舞台は整った。
王都は怪物だ。
合意が飲み込まれるか。
それとも形を変えるか。
アリアは視線を逸らさない。
「通じるかどうかは」
静かに答える。
「これから決まります」
議場の空気が、ゆっくりと動き始めた。
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