第22話「疑念の連鎖」
森の放火事件から三日。
焦げ跡はまだ黒く残り、そこを囲う柵が仮設された。
アリアの指示通り、調査は公開で行われている。
騎士団、商人側管理者、村の代表。
すべて立ち会いのもとで証拠が確認された。
「油は町で売られている一般品」
セルマが報告する。
「特定は難しい」
「足跡は」
「三人以上。意図的に散らしている」
計画性がある。
素人の衝動ではない。
だが噂は別の方向へ進んでいた。
城下町では「商人の自作自演」。
森の村では「改革派の暴走」。
鉱山町では「契約破棄の前触れ」。
疑念は連鎖する。
エドガーは講堂で声を上げていた。
「契約が不利だから火をつけた、そう言われるのはおかしい」
若者たちが頷く。
「なら誰が?」
「商人が力を強める口実かもしれない」
理屈は通る。
だが証拠はない。
アリアはその場に姿を現した。
「証拠なき断定は、放火と同じ」
静かな声。
空気が張り詰める。
「疑うことは必要」
続ける。
「だが決めつけは、合意を壊す」
エドガーが一歩前に出る。
「では、黙っているべきですか」
「違う」
アリアは首を振る。
「調査に参加しなさい」
ざわめき。
「疑うなら、自分の目で確かめる」
若者たちは顔を見合わせる。
エドガーはしばらく黙り、やがて頷いた。
「参加します」
その夜、城内では別の動きがあった。
商人側が契約履行の一部停止を正式通告。
木材搬出を一時停止するという。
「圧力です」
ミレイユが言う。
「森の収益が止まれば、財政に影響」
「騎士団の支払いは」
「すぐには問題ありませんが、長引けば危険」
セルマが低く呟く。
「商人は火を利用している」
「可能性はある」
アリアは否定しない。
だが断定もしない。
翌日、調査団が森を再検分する。
エドガーも参加していた。
焦げ跡を見つめる若者の顔は、怒りよりも真剣だ。
「ここに油が撒かれていた」
騎士が説明する。
「風向きを読んでいる」
エドガーが小さく呟く。
「森を焼く気はなかった」
「象徴を焼いた」
セルマが言う。
象徴。
契約の象徴。
管理の象徴。
「誰が得をする」
エドガーが口にする。
「それを探す」
アリアは答える。
調査は進むが、決定的な証拠は出ない。
その間にも、疑念は広がる。
城下で商人の荷馬車が石を投げられる事件が発生。
小競り合い。
火種は消えない。
夜、執務室。
「均衡が崩れ始めています」
ミレイユの声は冷静だが緊張を含む。
「商人は不信。村は不安。若者は熱を帯びる」
「時間がない」
セルマが言う。
「王都出立まで、あと七日」
アリアは窓の外を見る。
森は静かだ。
だがその下で疑念が絡み合う。
「契約履行停止を解除させる」
「どうやって」
「共同声明」
ミレイユが目を上げる。
「商人と領地で」
「互いに調査を支持し、結果を受け入れると」
「拒めば」
「拒めば、それが証拠」
危うい賭けだ。
だが動かなければ連鎖は止まらない。
翌日、商人側と緊急会談。
「共同声明?」
管理責任者は眉をひそめる。
「我々を疑っているのに」
「疑いを終わらせるためです」
アリアは言う。
「双方が透明性を示す」
沈黙。
やがて責任者は息を吐く。
「受けましょう」
声明は発表された。
調査を支持し、契約を継続する意志を確認。
履行停止は一時解除。
城下の空気がわずかに和らぐ。
だがエドガーは言う。
「証拠が出なければ、また同じです」
「ええ」
アリアは頷く。
「だから探す」
疑念の連鎖は完全には断ち切れない。
だが速度は落ちた。
均衡は、まだ崩れていない。
しかし、そのひびは確実に広がっている。
王都出立まで、あと六日。
嵐は、まだ形を変えている最中だった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




