第21話「森の火」
火は、夜に起きた。
南東部の森。
商人連合が管理する木材集積所から、赤い炎が上がった。
最初の報せは、深夜に城へ駆け込んできた伝令によるものだった。
「集積所が炎上! 延焼の恐れあり!」
アリアは寝台から跳ね起きる。
「被害は」
「現在、騎士団が消火に向かっています!」
セルマはすでに武装を整えていた。
「令嬢は城で待機を」
「現場へ行く」
即答。
「危険です」
「象徴だからこそ行く」
森は契約の象徴。
管理権を貸した森。
その火は、単なる事故ではない。
馬を飛ばす。
夜の森は赤く染まっていた。
炎は集積所の一角を焼いているが、森本体への延焼はまだ防げる。
騎士団が必死に水を運ぶ。
商人側の管理責任者も蒼白な顔で立っている。
「放火の可能性が高い」
セルマが低く告げる。
「油が撒かれていた」
アリアの胸が冷える。
事故ではない。
意図だ。
火はやがて鎮火した。
被害は限定的。
だが象徴は焼けた。
夜明け前、現場に集まった村人たちがざわめく。
「商人が自作自演では」
「契約を破棄する口実だ」
「いや、反商人派の仕業だ」
疑念が広がる。
それは炎よりも速い。
アリアは焦げた木材に触れる。
黒く炭化した表面。
均衡が焼かれたように見える。
「犯人は」
「まだ不明」
セルマの声は硬い。
「足跡は複数」
複数。
計画的。
城へ戻ると、すでに噂が広がっていた。
城下町では商人への非難。
森の村では「公爵家の失策」との声。
鉱山町では「独立すべきだ」という囁き。
エドガーの言葉が思い出される。
力を均せ。
商人を不要に。
それが過激な形で現れたのか。
執務室で緊急会議。
「商人側は契約違反を疑っています」
ミレイユが報告する。
「安全管理義務の不履行だと」
「責任転嫁か」
セルマが吐き捨てる。
「あるいは牽制」
アリアは静かに言う。
「契約破棄の口実にする可能性も」
沈黙。
もし契約が破棄されれば。
鉱山町との価格保証も揺らぐ。
財政は再び崩れる。
「犯人の特定を急ぐ」
セルマが言う。
「内部か、外部か」
「内部なら厄介」
ミレイユが付け加える。
教育で芽吹いた思想。
若い理想。
それが暴走した可能性。
「エドガーは」
「今のところ姿は見える」
だがそれが安心材料になるとは限らない。
夜、アリアは一人で焦げ跡を思い出す。
火は象徴だ。
合意は紙。
だが炎は紙を焼く。
「急いでいない」
自分に言い聞かせる。
「止まってもいない」
だが均衡は揺れている。
翌朝、商人側から正式な抗議文が届く。
『安全管理の責任を明確にせよ。再発防止策が示されぬ限り、契約の一部履行を停止する』
予想通りだ。
圧力。
セルマが拳を握る。
「これは挑発だ」
「ええ」
アリアは静かに答える。
「だが感情で返せば、相手の思う壺」
火は消えた。
だが疑念の火は燃えている。
森の焼け跡は黒い。
均衡は、目に見えぬひびを抱えた。
アリアは深く息を吸う。
「調査を公開で行う」
「公開?」
「隠せば疑われる」
再び、透明性という刃を握る。
だが今回は、相手も刃を持っている。
森の火は、小さな炎だった。
だがその影は、領地全体に伸び始めていた。
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