第一章 六節 放牧の里でのひと時
ヨドと私、そしてタマキはヤルクに着いた。
ヨドの腕の血は止まっている。
集落の中心にある、おそらく一番大きな木造の建物の前まで来た。
……お屋敷みたい。
ヨドが扉を叩く。
「なんか用かい?」
中からひょっこり中年のヒュマの男性が出てきた。
「街道組合の使いの者だ。」
「あー、頼んでいた石材持ってきてくれたんだな。ご苦労様だなぁ。まぁ少し上がっておくれ。甘いお菓子もあるんだ。」
「いや、ここで結構だ。」
ヨドが即答した。
……甘いお菓子あるんだ。食べたい。
タマキが私の顔をチラ見する。
「甘いお菓子いいよねー。俺食べたいなー。」
断ったヨドの横でタマキが言う。
もしかして私顔に出てたのか。
「いや、しかし我々は荷物だけ渡せばそれで……」
「まぁまぁ、そう言いなさんな。ささ入っておいで。」
「お邪魔しまーす。」
タマキが荷物を入口に置いて、先導をきって中に入る。
「ささ、娘さんたちも早く入りなよ。」
そう男性が言うと、ヨドが一瞬黙る。
私の顔を少し見る。
「そこまで言われるのであれば、少し邪魔させていただく。」
……やったー!
男性に案内されて風通しの良い部屋に通された。
部屋からはすぐ庭が見える。
テーブルに案内されて、椅子に座る。
奥の戸が開いて上品な中年の女性がトレーに何か乗せて入ってきた。
「重い石をわざわざここまで持ってきてくださってありがとうございます。」
女性がコップを一つずつ私、ヨド、タマキの前に置く。
続いて焼けた丸い甘い匂いのする物が乗ったお皿も置く。
「どうぞ、食べてくださいな。ここの自慢の物ですよ。」
「いただきまーす。」とタマキ。
「ただきます。」と、私とヨド。
フォークを使って少し切って口の中に運ぶ。
……ホットケーキだ!
フワフワで甘さが程良い。
コップに入った飲み物も口に含む。
……すごく濃厚な牛乳だ!美味しいー!生き返る……
疲れた体と、空っぽになった胃に優しく響く。
思わず顔が綻ぶ。
「精を込めて育ててるヤギュの乳で出来たものだよ。いかがかな?」
「すっごく美味しいです!これは本当に美味しいー!」
思わず声が出てしまう。
「うむ、確かにこれは旨い。」
「ホント、美味しいよね、これー。」
その様子を見て、家の主の二人がニコニコ微笑んでいる。
ふと男性がヨドの腕を見る。
「おや、お嬢さん、腕を怪我しとるのかね?そのままじゃちょいといけないねぇ。」
「あらあら、まあまあ、大変だわ。少々お待ちくださいねー。」
女性が奥に行ったと思うとすぐに戻ってくる。
「ささ、これをかけなさい。」
治療薬をヨドに渡そうとする。
「いや、流石にそこまで世話になるのは申し訳ない。」
ヨドは少し困った顔だ。
「化膿したら大変だから、遠慮なくかけなさい。」
夫人は優しくヨドに声をかける。
ヨドは少し考えている。
「わかった。今回はありがたく頂戴する。」
ヨドはフォークを置き、布をスルスルとほどく。
そして傷口に治療薬をかける。
「お二方、いろいろ助かった。感謝する。」
ヨドはそう礼を言った後、私の顔を見て微笑む。
「その布お預かりさせて頂いていいかしら?今の気候だとすぐ乾くと思うの。」
ヨドは頭を下げて夫人に布を渡す。
夫人がそっとその布を受け取り、一間どこかへ行く。
その後、庭でそれを干す。
街道を歩いている時には気づかなかったけど、気持ちの良い風が吹いていた。
ひと時の間、屋敷の主の好意に甘えゆっくり過ごす。
私の袖もすっかり乾いて、夫人がヨドに渡す。
ヨドは袖を一瞬じっと見つめて自分の鞄に仕舞う。
「すっかり世話になったな。お陰で助かった。何かあったら私に声をかけてくれ。すぐに駆けつけるから。」
そう言って屋敷を後にする。
屋敷の二人はニコニコしながら私たちを見送ってくれた。
「荷物も無事届けられたようだし、俺もこの辺で。コユキちゃんまた会おうねー。」
タマキはそう言うとひらひらとどこかに行ってしまった。
……変な人だったなぁ。
「さて、仕事も片付いた。ひとまずヨスミシに帰るぞ。と、その前に治療薬だけは買い足しておくか。いくぞ。」
ヨドが歩きだす。
私はその後についていく。
集落の入り口に佇む、万屋に到着した。
中に入ると所狭しと様々な物がひしめき合って置いてある。
冒険に必要な物が一通り置いてある感じだ。
ふと食料品の棚に目が向いた。
瓶に白い液体が入っているものがある。さっき飲んだ牛乳だ。
……あれ美味しかったなぁ。ホットケーキも。
ヨドはカウンターに向かっていた。
カウンターの中の棚に目をやると治療薬の瓶が置いてある。
「治療薬二つおくれ。」
ヨドは相変わらず、ぶっきらぼうに店主に注文する。
「はいよ、四百ディルね。」
店主が言う。
……え?確かタマキはお得に千ディルって……
「タマキはそういうやつだ。」
ポカーンとした顔の私にヨドが言う。
「買うもの買ったしそろそろ行くぞ。日が暮れちまう。」
そう言って店を出るヨドを、私は牛乳を名残惜しそうに見つめながら追いかけた。
……欲しかったな。




