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第一章 三節 初めての案件

 陽が完全に落ちる前、私たちはとある町に着いた。

 今来た道もほとんど整備されていなかった為、私の足はかなり重くなっていた。

「なんとか陽が落ちる前にテノジンに着けたか。」

 ヨドが淡々と言う。

 そこからは道は整備されていて、石畳が続いている。

 石材で積み上げた四階建てや五階建ての建物が、迷路のようにひしめき合っている。

 外壁に彫られた装飾がどれも凝っている。

 資材コストを度外視したような造りだ。

 この街、意外と景気がいいのかもしれない。

「なんとか町に着いたが、もうこんな刻か。コユキ、とりあえず街道組合に向かうぞ。」

 私はその場で立ち止まった。

「えー……まだ、一歩も、歩けません……」

 服は新素材で涼しく、靴も驚くほど足に馴染んでいる。

 ……それでも無理。

 私の体力は、とっくに限界を振り切っていた。

 貧弱な自分の体力を感じる。ジムに通っておけば良かったと心底思う。

 ヨドはあんな重い荷物を持っているのに、息もほとんど切れていない。

 ……すごいな。

 戦士と名乗るだけある。

「ここまで来ればもう目の前だ。そうすれば今日の仕事は終わりだ。そのあとは好きなだけ休め。」

「……業務終了ですか。」

 その言葉にわずかな気力がふり絞られた。

 私は重い足取りを引きずり、ヨドの背中を追いかけた。


 だけど、十分経ってもまだ着かない!

「ヨドさん……はぁ、さっき……はぁ、目の前って……はぁ、言ってましたよね?」

「おう、さっきから見えてるだろ?あの十階建ての建物。」

 ヨドが指をさした先を見ると、確かに一軒だけ高さが抜きんでる建物が見えてる。

 だけど、その入口はまだ百メートルは先にある。

 見えてるけど……。いやそれ、目の前って言わないでしょ。

 無駄口を叩く気力が失せ、辛うじて止まりそうな足を気力だけで動かす。

 なんとか、門を抜けて、受付のような場所でヨドが止まった。

 背が高く耳が少し長い四十代くらいの女性にヨドが話しかける。

「ヨスミシ街道組合からの使いのヨドだ。鉄の延べ棒を持ってきた。検品を頼む。」

「いつも品質の高い商品をお持ちいただきありがとうございます。では、この台の上に置いてくださいな。」

 ヨドがその台の上に革袋を置く。私もそれに習ってなるべくそっと置く。

 同時にその場にへたり込んでしまった。

 ヨドは少し呆れた顔をしながらも「お疲れさん」と言ってくれた。

 本当に疲れた……。もう足はぱんぱんでしばらくは動かせそうになかった。

 ヨドは何か紙切れをその受付から貰う。

「とりあえず少しだけ休め、そのあと風呂行くぞ。」

「え?お風呂あんの?」

 昨日はお風呂のない宿だった。

 お風呂。温かい湯船。

 その甘美な響きに、死んでいた心がぴくりと跳ねる。

 でも私の足はまだ言うことをきかなかった。


「コユキ、そろそろ行くぞ。」

 休憩してから十五分ほど経った頃、ヨドが私を見て言った。

 まだ足が痛いけどちょっと頑張るか……

 ほんの少し軽くなった足に力を入れて立ち上がる。

 あの鉄の延べ棒が無くなりすっかり軽くなった身体は、さっきよりよほど動きやすくなっている。

 着いたその建物は木造で屋根の上から煙がもうもうと吐き出されている。

 銭湯だ。

 木製の扉をガラガラとヨドが横に開く。

「いらっしゃーい。一人4ディルね。」と頭の上に猫のような耳がある若く見える男性が威勢よく言った。

 またもやヨドがそのお代を支払ってくれる。

 男と女の入口は別々になっていて、「女」の入口から中に入ると少し蒸せるような湿気を感じる。いわゆる脱衣所だ。

 そこには私たちと同じ体つきの人、マヤトと同じような体の大きい人、さっき番台にいたような少し小柄の猫耳がついた人、後は子供にしか見えない小柄な人もいる。

 脱衣所で脱いだ服を籠に入れて、ふとヨドの身体に目が留まる。

 筋肉で引き締まっている上にメリハリのある身体。

 傷跡などが付いてる辺りは流石戦士という感じだ。

 ヨドの身体に見とれた後、自分の身体を見つめる。

 ……羨ましいなぁ。

 ヨドと一緒に脱衣所の奥にある木の扉を開ける。

 より一層の湯気を感じる。

 中には木製の湯船と、桶がある。

 私は桶に湯を入れて肩から流す。

 そしていよいよ湯船に浸かる。

「あ~、至福の時間だぁ……」

 湯船の淵に身体を預け、思わず声が漏れる。

 熱い湯が、鉄の延べ棒に虐げられた筋肉の凝りをじわじわと解かしていく。身体から疲れが「溶け出して」いくような、不思議な感覚だった。

 職場の自販機前で肩こりに悩んでいた頃の疲れとはまた質が違う。

 身体は重たいけど、どこか清々しい。


「こっち来た時から気になってたんだけど、ヨドさんは私と同じだけど、色んな身体の特徴を持った人がいますよね?」

「ん?種族の事か?」

「そう。私の世界には猫耳付いた人とか、マヤトさんみたいな巨大な人なんて居ないから教えて欲しいんです。」

「なるほど、いいぞ。」

「マヤトさんは何て言う種族なんですか?」

「あいつはゴレドンだ。」

「じゃぁ、あの猫耳付いた人は?」

「あれはニャルメル。」

「昨日の街道組合の耳長の受付の人は?」

「あれはエルム。」

 なるほど、ゲームみたいな種族が本当に居るんだ……

 などと思っていると、すぐ後ろで小柄な人がずるっと濡れた床に滑って転んだ。

 私は慌てて湯船から出てその人を助けようとした。

「あ、君だいじょうぶ?」

「イテテ……。助けようとしてくれたのは感謝じゃが、君とはなんじゃ、失礼な!」

 よく見ると顔にしわがあることに気づいてハッとした。

「連れが失礼したな。大丈夫か?マダム。」とヨドが言う。

「大丈夫じゃよ。まぁ良いんじゃが、そなた言動には気を付けなされよ。」と、立ち上がってぴょこぴょこ歩いて行った。

「あれはチマッコだ。こどもじゃないから注意しろよ。」

 なるほど……。ああいった種族なのか。

 こどもだとばかり思っていた。今度から気を付けよう……

「あと、私やコユキはヒュマだ。」

 私にも種族名があると知って、なんだか少し嬉しくなった。

 髪がべたつくなぁと思いながら、いったん、湯船から上がる。

 とりあえず桶で湯をすくって髪に流す。

 汗で張り付いていた前髪がようやくほどけた。

 壁際になにかボトルのようなものを見つけた。

 あ、良い香りがする。香草だ。

「それ、髪洗うやつだぞ。」

 ヨドが湯船から声をかけてきた。

「シャンプーあるんだ……」

「しゃんぷー?」

「あ、ううん、こっちの話。」

 指先で頭皮を揉むと、じわっと疲れが抜けていく。

 汗と土埃が流れていく感覚に、思わず息が漏れた。

「あぁ……生き返る……。ふぅっ!」

 ついでに身体もその泡を使って揉みながらこすっていく。

「フン、フンフーン♪」

 思わず鼻歌も出る。

 桶の湯を頭から全身にザバーっと流した。

「あ~~、やっとさっぱりしたぁ。」

 湯気の向こうでヨドがくすっと笑った。

「コユキのそんな顔初めて見た。少し安心したよ。」

 ヨドのその声に少し赤面してしまった。


 脱衣所に戻って備え付けのタオルで身体を拭く。

 このタオルも柑橘系のような香りが少し匂う。

 ふと横を見ると、ヨドが手慣れた動作で台の上の木製の筒を頭に近づけていた。

 ゴォーッという音と共に吹き出した強い風が、彼女の濡れていた髪をあっという間に乾かしていく。

 形状こそ違えど、あれは完全にドライヤーだ。この世界、意外なところで文明が発達しているらしい。

 私も筒を取ってみる。中を見ると透き通るような緑色の石が付いている。

 同じようにその筒を持って髪の毛に近づける。

 あれ?スイッチはどうするの?

「筒の上の〇マークを指で抑えて少しだけ魔力を送り込むんだよ。」

 魔力……え?

「私みたいにほとんど魔力のない戦士でも使えるように出来ているから使えるはずだぞ。」

「魔力の送り込み方わからないです……」

 戸惑っている私の手から、ヨドがひょいと筒を奪い取った。

「しょうがないな。コツは、手のひらの熱を指先に集めるイメージだ。」

 ヨドが持った筒からブォーっと風が出ている。

「ほら、やってみな。」

 ヨドが筒を私に手渡した。

 言われた通り、筒の〇マークに指を押し当て、念じるように意識を集中させる。

 ファーっと緩い風が頼りなく吹き出した。

「ははっ、そよ風だな。あとは集中の仕方だけで調整できるぞ。」

 元の世界ではコンセントを挿すだけで済んでいたことが、この世界では自分のリソースを削らないと成立しない。

 この世界の厳しさを、まさかドライヤー一本から教わるとは思わなかった。

 私は腕をぷるぷるさせながら、弱々しい風で必死に髪を乾かし始めた。

 ……下着買わなきゃ。


 身体もしっかり温まって、ヨドと銭湯を後にする。

「せっかくだし、ちょっと今日は良いもん食うぞ。」

 お……美味しいもの……食べたい……

「え…でも、お世話になりっぱなしで…そんなの…悪いですよ…」

「あー、良いから。私が食べたいんだ。昼飯も保存食だったしな。少しは旨いもの食わないとやってられないだろ。」

「あ、ありがとうございます。」

 ヨドに連れてこられたのは、店がひしめき合った裏路地だった。

 どの店からも美味しそうな匂いが漂う。

「らっしゃいませー!!!」

 ヨドが暖簾をくぐって入ったのは、威勢の良い店員たちが居る少し狭いお店だ。

 二人してカウンター席に座る。

「ここの肉饅頭が最高に旨いんだ。他の料理も旨いぞ。兄ちゃん、肉饅頭と、ラグ蒸し、麦酒を二人分おくれよ。」

「よろこんでー!!!」

 早速麦酒が二杯テーブルの上に乗った。

 ここ、居酒屋みたいなノリだ。

「いろいろ思う所あるが、いきなり慣れない仕事は大変だっただろ。お疲れさんだな。とりあえず呑もう。」

 ヨドがグビグビと麦酒を呑み始める。

 私もグイッと麦酒を飲む。

「プハーっ!」

 二人の声が揃った。続いて笑い声も揃った。

「へい、おまちー!!!」

 威勢の良い声と共に、テーブルに肉饅頭とラグ蒸しが乗った。

 ラグ蒸しと呼ばれた料理は、見た目はほとんどエビシューマイだった。

「いやー。コユキと会ってからやっと初めてゆっくりメシが食えるな。最初会ってからしばらく困った顔しか見てなかったから、今日はちょっと安心したよ。」

 と肉饅頭をムシャムシャ食べながらヨドが言った。

「いえいえ、私の方こそ色々ありがとうございます。よくわからないことだらけで困惑はしてましたけど、色々お世話になりっぱなしで、申し訳ないです。」

「まぁ、良いってことよ。これからはもう少ししっかり働いては欲しいけどな。」

「はい、私に出来る事なら可能な限り頑張ります!」

「言ってくれるのは良いんだけど、とりあえず体力付けないとダメだな。そんなんじゃ運搬にも差し支えあるし、護身用の剣も振るえないからな。」

 そう言われて、確かに自分の体力が無いと思った。そう思うと食べる手が止まってしまった。

「そうですね……。ここで生活しようと思うと、今のままではダメですよね。」

「まぁ、急いで力付けろって訳じゃない。少しずつで良いから、体力付けていこうな。とりあえず体力付けるためにも食わないとな。食えよ。」

 ヨドにそう言われてラグ蒸しに手を付ける。

「美味しいっ!」

「そう、ここの料理は旨いだろ。ここ気に入ってるんだよなぁ。」

「ありがとう、嬢ちゃん!!」

 不意にカウンターの中のチマッコの料理人が大きな声で言った。

「コユキ、明日からまた頑張ろうな。」

 ヨドが笑いながら言った。

「はいっ!」

 思わず笑顔になる。


 その夜の宿の布団はふかふかで良い匂いがした。

 昼間の疲労もあって、あっという間に意識が沈んでいく。

 ……明日も、頑張ろう。

 そう思う余裕が、ようやく少しだけ戻っていた。


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