第一章 二節 街道組合
街道組合とやらの前で躊躇っていた私は、ヨドに岩穴で出来ている建物に連れていかれた。
その中にいる子供にしか見えない小柄な人とヨドが何かを話した後、ヨドと私は建物の奥の一室に一緒に向かった。
その部屋の中に入ると、ベッドが二つある。
あぁ、ここは宿泊所なんだ。
「まぁ、今日はここで休め。とりあえずお代は気にするな。」
「何から何まですみません。ありがとうございます。」
申し訳ない気持ちでそう言うのが精一杯だった。
でも、何が起きているか分からない状態でこのまま眠れる自信がない。
「ヨドさん、いったい何が起きているんでしょうか?」
少し勇気を出して言ってみた。
「あー、すまんすまん。何もわからないんだっけか。少し長くなるが説明を聞くか?」
「はい、お願いします。」
ヨドは壁にもたれ、小さく息を吐いた。
「この世界には大魔王って呼ばれる存在がいる。そいつが現れると、魔物が凶暴化するんだ。」
「大魔王……。なんかゲームみたい……」
「げえむ?」
「あ、いえ、こっちの話です。」
「そうか。で、その大魔王を倒した者は、昔から戻ってきた試しがない。」
「戻ってこない……?」
「死んだのか、別の場所へ飛ばされたのかはわからん。だが昔から“神隠し”って呼ばれてる。」
「神隠し……」
「それと同時に、別の世界から使者が現れるって言い伝えもある。」
ヨドが私を見る。
「お前、多分それだ。」
「え……?」
「お前が現れた日に、大魔王が討伐されたって知らせが入った。」
本当にそんなことがあるんだろうか。
でも、昨日あの怪物に踏みつけられた脇腹はまだ痛かった。
「じゃあ……私、元の世界に帰れないんでしょうか……」
「……そこまでは私にもわからん。」
ヨドは少し困ったように頭を掻いた。
「ただ、この世界で生きていく手段は必要だ。フジノコユキ、とりあえず私の手伝いでもしてみるか?」
「え?」
「私は戦士だが、主に今の仕事は街道組合に頼まれた荷物を配達してる。腕に覚えがなくては魔物の通る街道は歩けんからな。
大魔王が討伐された今なら魔物達も前ほど凶暴化しないだろう。それでも荷物だけでも持ってくれれば助かる。
万が一魔物に襲われたら私が対処するし、お前の食い扶持くらいは賄ってやろう。」
ヨドの突然の申し出に私は驚いた。
確かに差し当たりここにいる間は少なくとも食べていく手段は必要な事で、あまり考え込んでも仕方ない。
私はその提案に乗ることにした。
「わかりました。初めての案件なので不慣れな所もあると思いますが、よろしくお願いします。」
「よし、では今日の所は寝るとするか。」
ヨドはそう言って机の上の行燈を消した。
翌朝、朝日も薄いような時間に、ヨドの手伝いで街道組合に荷物を取りに行った。
なんでもその荷物の届け先は結構遠いらしく、早朝に出発しないと夕方までに着かないらしい。
「おはよう、フジノコユキ。ヨドの手伝いをしてくれるとは嬉しいよ。運搬量が変わると儲けもかなり変わるんでね。」
マヤトが声をかけてきた。
「おはようございます。よろしくお願いします。それと、あの……藤野か小雪でいいです。」
「おぉ、それではコユキと呼ぼう。確かに少し長くて呼びにくいとは思ってたんだよ。よろしくコユキ。ヨドや、今回の荷物はその柱の所に置いている。二人で運んでくれるってんで荷物も倍にしといた。よろしく頼むよ。」
「わかった。この二つの革袋だな。コユキよろしく頼んだよ。」
ヨドが持っていた荷物を受け取った。
が……ズッシリと重くてそのまま持ったまま地面に革袋をドカッと落としてしまった。
あまりにも重くて吃驚してしまったが、ヨドとマヤトが私のその様子を見て二人の方が吃驚していた。
「何をしてるんだ。大切な商品なんだ落とさないでくれ。」とヨドが叱責したが、私にはこの重さの荷物を持ち運べる自信がない。
説明会用のパンフレット五百冊より重いんじゃないか。
「そういやコユキ、お前馬鹿に腕が細いな。仕方ない、荷物を減らそう。」
荷物を半分にしてもらったがそれでもかなり重い。
結局四分の一の量にしてもらった。
「大して儲けが増えないな……。仕方あるまい。慣れてもらっておいおい増やしていく事にしよう」
ヨドが肩を落として落胆の意を表した。
中身を訪ねると鉄の延べ棒との事だった。
「この辺りは鉱脈が多くてな。金属を加工して売って食ってるんだ。」
なるほど。
だから町中が鉄臭かったのか。
しかし人足とは効率が悪い。
とにかくヨドと私は昨日のレストランでパンのようなものと干し肉とトマトらしきものと水を買って集落を後にした。
どこに向かっているのかもわからないままひたすら森の中の道を歩いていた。
集落を出て恐らく一時間ほどしか経っていないとは思うのだが、私は息が上がっていた。
ヨドは私の4倍ほどある荷物を持って涼しい顔をして私の先をテクテクと歩いている。
昨日まで会社でデスクワークをしてた私が山と森の中を徒歩で運搬業をしている。
なんだこの状況は……
「ヨドさん……。ちょっとまって……」
息を切らしながらヨドに休憩を申し出た。
仕方ないという顔でヨドは休憩に賛同した。
「しかし、このペースじゃ町に着くのは夜になってしまうな。夜になると活性するモンスターが多くなるからなるべく早く着きたいんだが。コユキ、そのツンツルの靴が悪いんじゃないか?」と、ヨドが私の履いているサンダルを見つめた。
私は昨日と同じ薄いピンクのワイシャツに紺のスカート、水色のサンダルを履いた格好だった。
それに太陽もジリジリと照りつけていてかなり暑い。
「仕方ない、少し遠回りになるがヤルクの村で靴を買ってやる。それでいくらかマシになるだろう。」
太陽が真上に見える頃、左右に木の柵がぐるりと囲んだ牧場がある真ん中の道を歩いていた。
牛や羊のような動物がその柵の中にいて、時折「コケコッコー」と言う鳴き声が聞こえる。
その道の先にはいくつか建物が見える。
どうやらのどかな雰囲気のそこがヤルクの村らしい。
村の中心の、ある木造の建物にヨドに連れられて入っていった。
「いらっしゃいませー。」と声をかけたのは品のある黒服の中年の女性だった。
「こいつに合う歩きやすい靴……、それと、服とかもみてやってくれ。」とヨドがその女性に声をかけた。
その女性は頷き、私を大きな鏡の前に連れて行った。なんで鏡の前?
「お嬢さん、どんな靴と服がご所望かしら?」と言うので、私は「涼しくて歩きやすかったらなんでもいいです。」とだけ言い放った。
「それじゃぁこういうのはどうかしら?」とその女性が胸ポケットから銀色の小さい棒を取り出し軽く振った。
するとどういう訳か、鏡の中の私は太ももまで隠す水色の服と、ブラウンのレギンスと靴を履いていた。
実際の私の恰好は変わっていないのに。
「この素材新商品なのよー。厚いように見えるんだけど、涼しくてお勧めよ。」とお勧めされるままに驚く元気もなく「これでいいです。」とだけ口からこぼれた。
女性は扉の奥に消えてしばらくしてから実際の物を持って「セットで買ってくれたからお安くして100ディルでいいわよ。」と言うと、ヨドはむすっと不機嫌そうな顔をして銀の硬貨を一枚支払ってくれた。
相場はわからないけど結構高いんだろうな。
新しい服装と靴は不思議なほどに身体に馴染んで、原理は分からないけど中は涼しく、足取りも軽くなった。
お店を出て、村のはずれの木陰で朝に買ったものを二人で食べた。
パンらしきものは固くてあんまり美味しいとは言えなかった。
「コユキよ、これから頑張ってくれるって信じてるぞ。」
「はい、精一杯頑張ります!」
晴れやかな気分で、爽やかな風を感じながら、朝とは違う軽い足取りで、少し重い荷物を持って、その村を後にした。
……いや、少しじゃない。
……普通に重い。




