第一章 一節 見知らぬ町
どうやら私は意識を失っていたらしい。
それにしても真っ暗だ。事務所が雷で停電でもしたんだろうか。
横たわっている体を起こそうと左手を地面につけるとなんだか湿っている。
右手が何かに当たった。
探ってみると棒状の足がついてる。机の足のようだ。
とにかく体を起こした。
「誰かいる?」と言ってみるが反応はない。皆はどうしたんだろうか。
それにこの冷ややかな空気はどうも事務所ではないようだ。
よく見ると幽かに光が見える方向がある。
私はその方向に歩き出した。
木の隙間から差し込む光が、少しずつ輪郭を持ち始めて、開けた場所に辿り着いた。
光は月明かりだった。
どうやら今出てきた場所は洞窟で、ここは森の中だ。
「え……?ここどこ?」と声が出てしまった。
混乱してしまったが、とりあえず誰かに連絡をつけて助けて貰おうと胸ポケットからスマホを取り出して画面を見てみる。
時間は19時10分、残電量は70%あるが圏外となっている。
……え?マジ?
……いや、色々ありえないんだけど……
「誰かいませんかー?」と叫んでみるが、やたらと声が響くだけだった。
ホゥホゥと鳴く鳥の声、時折吹く風になびく木々のせせらぎしか聞こえない。怖いという感情だけが湧き出てくる。
とりあえずスマホのライトをつけて少しでも明るくしてみる。
ギャッギャッという聞きなれない何かの鳴き声が余計に不安を増幅させる。
どっちにしてもこんな暗い状態で外を出歩くよりは、朝になってからの方が良いだろう。
そう考えて洞窟に戻ろうとしたその時、ドスッドスッという地面を踏みつけるような音が聞こえて、大きな何かの気配を感じる。
気配を感じる方にライトを向けると同時に「ガオッ!」と大きな声を出す虎のような何かがそこに居た。よく見ると顔は虎のようだけど足が6本付いている怪物が立っている。
思わず「ひぃっ!」と声が出た。
そのまま逃げ出そうと走りだす
ーが、速い。
一瞬で追いつかれ、背後からその大きな足で踏みつけられてその場に倒れ込んだ。
ヤバイ、死ぬ!
ーと思った瞬間
「ギャンッ!」
悲鳴が聞こえた。
「走れ!」
どこからともなくその声が聞こえた。
立ち上がって一目散にまっすぐ走った。
何が起こったのかはわからなかったが死ぬ思いで走った。
どうやらそれは追いかけてきていないようだ。
しばらく走ると岩がありそこの影に身を潜めて立ち止まった。
はぁはぁと息が上がっている。
「どうやら助かったようだな。夜遅くに装備も無しであんな場所にいたら魔物にどうぞ襲って下さいって言ってるようなもんだ。」
さっきの声の主だ。
声がする方を振り向いたが、夜のせいでちゃんと姿が見えない。
仮面のようなものを着けてるようだ。
スマホのライトをそっちの方に向けてみる。
「わっ!眩しい!」とその声の主が叫び、慌てて仮面を外す。
「増光眼鏡付けてるのにいきなり光を向けるな!……って、いったいそれは何だ?」と鋭い眼光を持つ精悍で美しい顔つきのその女性が言った。
よく見ると体には鎧を着ている。
「え?スマホですけど?」
「なんだスマホとは?」
怪訝な顔で言う。
が、すぐに真剣な顔つきに戻る。
「いや、そんなことはとりあえず良い。冒険者……ではないようだな。ここは危ない。とりあえず近くの集落に行くぞ。」
言い終わらないうちに、仮面を再び着け、私の手を掴んで走り出した。
十五分は走っただろうか。
先ほどよりは全力疾走ではないものの、結構息が切れてる。
切り立った岩壁に、巨大な口を開ける洞窟に辿り着いた。
その入り口には堅牢な門が構えられ、左右で揺らめく篝火が闇を赤赤と照らしていた。
門番らしき二人の男が、必死の面持ちで駆けてくる私たちを鋭い眼光で捉える。
「ヨドさんじゃないですか!お帰りなさい。それにこの見慣れない恰好をした人は?」
男は肩で息をする私を不審げに、頭の先からつま先まで検分するように眺めた。
「わからん。ヌマヤの森の辺りを通りがかった時にロクアシドラに襲われていた所を私が助けて保護した。」
あの怪物ロクアシドラって言うのか、なんかそのままの名前だなと思いながら、開けて貰った門をそのヨドという人に手を引かれたまま入っていった。
洞窟だと思っていた場所は町だった。
岩山をくり抜いた巨大空間に、灯りが点々と並んでいる。
洞穴を加工したような住居が沢山あり、篝火がその辺りにいくつか配置されて町の灯りとして役目を果たしている。
中には木造の建物もあり、そのうち一つの建物の中に連れていかれた。
「マヤト居るか?」とヨドが言うと奥から2メートルはあるかと思われる大男が出てきた。私はその男の大きさに唖然とした。
「おお、ヨド帰ってきたか。ん?その見慣れない格好したヒュマは誰だ?」とずんぐりむっくりな声でそのマヤトとかいう大男が私を怪訝な表情で見ながら言った。
「私が魔物に襲われている所を保護したんだが、マヤトも知らないのか。するとお前は誰だ?」
ヒュマとはいったい何なんだろう…。
私の知らない言葉だ。
問いに答えようと声を出そうとした時、代わりに私のお腹がグゥと鳴った。
「はっはっは、そういえばそんな刻か。私も腹が減ったし一緒に飯でも食いながら話を訊くことにしよう。マヤト、頼まれていた荷物はここに置いておくからな。事情は私が聞いておく事にする。邪魔したな。」と言うが早いか、また私の手を引きその建物を後にした。
次に連れていかれたのは洞穴式のレストラン、というか居酒屋と言った方が雰囲気が近いような場所だった。
「女将、鶏の鉄板焼きに茸の麺と麦酒……を二人前。」とヨドは一瞬私の方を向いて厨房に立っているすらっと背の高い、いやこれまた背が2メートル以上ある女将とやらに注文し、近くの木のテーブルに座った。私もテーブル越しに向かいに座った。
「で、お前どこから来て、あそこで何をしていたんだ?」とヨドが言うのと、女将が「はいよ10ディル貰うよ」と言いながらドカッと料理を置くのがほぼ同時だった。
……ディル……?
私はとりあえずヨドの質問に答えることにする。
「東京から来ました。というか、東京に居たはずでしたが、気が付いたらさっきの場所に居ました。」
「トーキョー?聞いたことないな。」と茸の麺をずるずる食べながらヨドが続ける。
「お前も早く食えよ。さっき腹なってただろう。」
「でも、私お金……」
「いいから、気にするな。その感じ、どうせ持ってないんだろう。」
「いいえ、持ってるんです。持ってるんですけど……」
持ってた財布から札と硬貨を出して見せた。
「なんだこりゃ、紙?紙が金になるってそんなわけないだろう。この硬貨もかなり軽いがおもちゃかなんかか。そういやさっきは見たこともない灯りで私を照らしたな……」
麺をすするヨドの手が止まる。
「まさかおまえ三百年ぶりの神現しか。てことはもしかして……」
……どうしたんだろう。
ヨドの顔が急に険しくなったかと思うと、むさぼるように麺を食べだした。
鶏の鉄板焼きも噛むのが早いか飲み込むのが早いのかガブガブ食べ終わり、麦酒とやらをグビグビと飲み干した。
「もう一度街道組合に戻る。お前も食い終わったら来い!」と言い残し、酒場から走り出て行った。
「え?街道組合って!?」
声が出た頃にはもうヨドの姿は見えなかった。
慣れない酒場で一人きりになるのは怖い。
街道組合とは多分マヤトとかいう人がいた場所だろう。
私も出来るだけ早く食事を済ませてそこに戻る事にした。
道に迷いそうになりながら、なんとか街道組合とやらに戻った。
なんだか雰囲気が慌ただしい。
さっきより大勢の人が集まってる。
人込みをかき分け建物の中に入るとヨドとマヤトが話をしている。
「通信魔器で組合本部に確認した。やはりどうも今日の夕刻に大魔王タイラーが討伐されたらしい。」とマヤト。
「やはり」とヨドが言う。
「ボスドレスの街道組合の通信魔器がある冒険者の一行と繋がったままだったらしいんだが、どうも大魔王と戦闘したらしく記録が残っていたようだ。聞いたところ大魔王の断末魔が記録されていたらしいんだが、そのその一行たちの声もそこで途絶えてるようだ。大魔王との相打ちで倒れたか、言い伝え通り討伐成功によって神隠しにあったのかは不明だ。」
「そうか、またしばしの平和が訪れるのか。」とヨド。
私は全然何の話か分からなかった。
「するとあの娘は……やはり神現しの使者……か。と、戻っていたか。」とヨドは私を見かけると近づいてきた。
「で、その娘さんの名前は?」
マヤトがヨドに訊く。
「そういやまだ聞いていなかったな。おまえ名前は?」
ヨドの質問に私は答えた。
「私の名前は藤野小雪です。」
「そうか。フジノコユキか。」
一間空く。
「みんな聞け!神現しの使者フジノコユキが現れた。しばらくの平和が来るが次の災いの為にも更に腕を鍛えておくが良い!」と大きな声で外に向かって言い放った。
「おー!」と歓声を出す者。
中にはどうしようかと顔を見合わせる者達がいた。
私にはこの人たちが何を言っているのかわからなかった。
……いったい何がどうなっているの。
神現しの使者って、何?




