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序章 職場でのトラブル

 アーケードの隙間から差し込む白っぽい日差しが、色褪せた床タイルをぼんやり照らしている。

 踏切の音と電車の音が少しイラっとする。

 日差しも、その音も今の私には邪魔だった。

 喫茶アップルの前まで来た私は、小さく息を吐いた。

 事務所で考え事をしていると、どうにも頭がまとまらない。

 こういう時は、大抵ここに来る。

 カランコロンと木枠のガラス扉を開ける。

 私が何も言わないうちに髭面のマスターが先に声を発した。

「いらっしゃい、カフェラテでいいのかな?」

「はい、お願いします。」

 私がうなづいてテーブルに座ろうとすると、そこの窓際の席に後輩の山中隆志が先客として居た。

「あれ?藤野先輩じゃないですか。サボりに来たんです?」

 男性にしては少し高い声で笑いながら言う。

「サボってないわよ!」

「じゃぁ、どうしたんです?」

「平田さんがねぇ、サンプル品の発注ミスったのよ。それで天岳課長にどう報告しようか悩んでるんだけど、考えがまとまらなくて外の空気吸いに来たの!」

「外って先輩、ここ店の中だから外じゃないじゃないですか。」

「うるさいなぁ。私はそんな馬鹿な話をしにここに来たんじゃない。あんたこそサボりに来てるんでしょう?」

「やだなぁ先輩、そんなわけないじゃないですか。来週のプレゼンに資料を考えないといけないんですけど、時間がないんで高野先輩をここのケーキセットで買収して相談に乗ってもらってるんですよ。」

「そーゆーわけだ。ここのシフォンケーキとコーヒーは格別だからなぁ。」

 不意に頭の後ろから高野のテナー声が響いた。どうやらトイレから戻ってきたらしい。

「にしても藤野、摩耶ちゃんのミスの尻拭い大変だな。」

 椅子にどかっと座りながら高野が言い放つ。

「他人事みたいに言わないでよ。平田さんの面倒任されてるの私だから、実際あんた他人だけどさ……ってかなんであんた知ってるのよ。」

「実は朝イチに彼女が俺の所に『藤野先輩怒ったら怖いからどう言い訳しようか悩んでるんですぅ。』って相談しに来たぜ。」

「はぁ?あの子私に報告する前に高野に相談しに行ってたの?なんで先に私に言わないかなぁ……。それに声真似までして言わなくていいわ!」

「あの子、試作品用の材料の発注を誤って十個でいいところを五百個頼んだんだろう?」

「ほんとそれ!百歩譲って百個になるとかだったらまだ分かるけど五百ってどうやったらそんなミスするか知りたいわ!」

「ちょちょちょっと待ってください!そんな話しに来たんじゃないですよね?」と割り込む山中。

「ケーキセットまで払って高野先輩にプレゼンの相談に乗って貰ってるんですからそんなことで時間潰さないでくださいよ!ただでさえ来週のプレゼンって赤木部長も那須社長も出てくるから成功させないとヤバいんですよ!」

 いつになく困り顔の山中。

 いや、割といつもこいつは困った顔ばかりしてるか。と思っているとカランコロンとドアが開いた。

「あら、いつもの顔ぶれが揃ってるわね。」

 落ち着いた声の穂高先輩が入ってきた。

 うちの会社は終礼までに戻って、今日の実績さえ報告出来れば、どこにだって居ていいのだ。

 実際、喫茶アップルがうちの社員の溜まり場になっている。

「そーだ、穂高先輩、私の相談に乗ってくださいよぉ、平田さんのミスを課長たちに報告しないといけないんですけど、どうしたもんか……」

「あぁ、発注ミスの件ね。そのまま報告するしかないんじゃない?」

「なんで穂高先輩まで知ってるんですか?」

「平田さん、私の所にあなたへどう言えばいいかって泣きながら相談しにきてたわよ。」

(あいつ、私じゃなくて他の人に先に相談いっとんかい!)

「藤野さん、顔怖くなってるわよ。」

 どうやら、怒りが顔に出てたみたいだ。

「で、当の平田さんは今何してるの?」

「他に同じようなミスがないかをオフィスで確認してもらってます。」

「その確認でミスが無ければいいんだけどね。」

 穂高先輩のその一言で身の毛がよだった。平田さんの場合マジでありえそうだから怖い。

 ああでもない、こうでもないと相談しているうちに、気づけば外は夕方になっていたので、みんなと会社に戻った。


 自席でしょぼーんとうなだれている平田さんを見つけて声をかけた。

「他にミスはなかったでしょうね?」

「はい、他にミスは見つかりませんでした。」

 この言葉を信用していいんだろうか。見つけられなかっただけかもしれないと考えるとキリがないのでいったん信じることにした。

「平田さん、課長に報告しに行くよ。」

「はぁい……」

 平田さんはこの世の終わりかと思うような顔をしている。

 天岳課長の座席に向かうと、書類を睨みつけていて近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、思い切って声をかける。

「なんだ二人して何かあったのか?」

 手を止めて天岳課長がしびれるような甘い声で言う。

 こういう時でなければイケボ課長に癒されるんだけどなあ。

「実は……」と手短に報告する。


「そうか、十個が五百個かぁ。はっはっは……。はぁ……」

 頭を抱える天岳課長。

「とりあえず他の商品開発に回せるかどうかを検討することにしよう。平田さん同じミスをしないように注意深く確認するように。」

「はぃ……すみませんでした……」

 平田さんは申し訳なさそうに小さな声で謝罪の言葉をなんとか絞り出した。

 その時、赤木部長と那須社長が隣の会議室から出てきた。

「おや、平田さん。そんな顔をしてどうしたのかね?」

 那須社長が心配そうに平田さんを見つめる。

「実は……」

 今度は天岳課長が部長と社長に報告する。

「それ、今話していた次の開発のサンプルにつかえそうだね。」

 閃いたように赤木部長が言う。

「おぉ、そうだねぇ。」

 関心するように言う社長。

 私はそれを聞いて少しほっとした。

「でも、ミスは良くないね。平田さん次からは同じミスはしないようにね。」

 那須社長が平田さんをたしなめる。

「本当に申し訳ございませんでした。」とまたまた小さな声で謝罪する。

「まぁ、今日はこの辺にして上がることにしよう。」

 天岳課長が席を立って皆に退勤を促した。

 はぁ……今日はとんでもなく疲れた……帰ろう……。

 そう思った時、空に暗雲が広がりだす。

 空が光りだす。

 次の瞬間、ゴロゴロビシャーンと飛んでもない轟音が鳴り響く。

 フっと部屋が真っ暗になる。

 ……え?なに?雷?停電?

 今度は足元がゴゴゴゴと揺れだす。

 ……え?今度は地震!?

「いやーー!怖い!怖い!」

 平田さんが力強く私に抱き着く。

 すると、今度は足元が崩れだす。

 ……え?うそっ!

 そして、私たちは闇に飲み込まれていった……


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