第二章 十節 破格のもてなし
アカチベが用意してくれた宿へ向かっていた。
街道組合から十分ほど歩いたところで、私たちは思わず足を止めた。
目の前には、五メートルはあろうかという巨大な門柱がそびえ立っていた。
課長が思わず見上げた。
私は口を開けたまま、その巨大さに圧倒された。
ヨドは門柱を眺め、眉をひそめた。
門柱の向こうにはまっすぐ石畳の道が続き、左右には丁寧に手入れされた木々が並んでいる。
「これは……!」
課長はしばらく門柱を見つめていた。
「どう見ても、高級宿だな。」
「……本気か。」
ヨドが呟く。
「す……すっごい!」
私はそれだけしか言えなかった。
「と……とりあえず、進むぞ。」
課長の一声で、私たちはゆっくりと石畳へ足を踏み入れた。
石畳を踏みしめるたび、小さく靴音が響く。
周囲は驚くほど静かだった。
左右には手入れの行き届いた木々が続き、その上では鳥たちがさえずっていた。
やがて道が開け、その先に姿を現したのは、大きな建物だった。
いや、建物なんて言葉では足りない。館だった。
巨大な彫像が左右に立っていた。
近づくと、それは馬のような魔物と人魚を模したものだった。
その外壁には石でできているとは思えないほどの細かい装飾が彫られていて、屋根の上にも魚を模した彫像が立っていた。
私たちが呆然と立ち尽くしていると、硝子でできた両開きの扉が静かに開いた。
中から気品のあるエルムの男性と女性が姿を現した。
「アマオカ様、ヨド様、フジノ様ですね。アカチベ支部長より承っております」
男性が深々と頭を下げた。
その隣で女性も静かに頭を下げた。
私もつられて頭を下げた。
課長も軽く頭を下げた。
ヨドは腕を組んで立っていた。
「どうぞ、中へ……」
男性が静かに身を引く。
私たちは二人に案内されるまま館の中へ足を踏み入れた。
息を呑む。
外より少しひんやりした空気を感じた。
それに、ほのかに上品な柑橘系の香りが漂っていた。
天井は高く、白い魔法石が壁や柱に等間隔に埋め込まれていた。
昼間だというのに館内は柔らかな光に包まれていた。
床には磨き上げられた黒い石が敷き詰められ、その表面には白い魔法石の灯りが映り込んでいた。
「お部屋へ案内いたします。こちらへどうぞ。」
私たちは二人の後について歩き出した。
白い大理石のようなエレベーターで最上階に上がった。
扉が開いて、白で統一された廊下に出た。
……廊下まで広い。
長い廊下を二人の後について歩く。
一番奥の黒い扉の前で止まった。
エルムの男性と女性が観音開きの扉を開いて、頭を下げた。
「こちらがお部屋になります。」
……え?
……結局課長と同じ部屋?
扉の向こうを見た。
天井には魔法石のライトがあり、真ん中にはテーブルと向かい合ったソファが置かれていた。
思わず中へ足を踏み入れた。
……リビング!?
思わず部屋を見回す。
正面には大きな窓があり、その向こうには山並みが広がっていた。
窓際まで歩いて外を眺めた。
緑に覆われた山肌が、遠くまで続いていた。
……って、まだあるの!?
振り返ると、右側には開け放たれた戸が三つ並んでいた。
中をのぞくと、どれも寝室だった。
さらに左へ目を向けると、反対側には木製の扉があった。
開けて中をのぞくと、さらに通路が続いていた。
左にはトイレ。
右には不透明なガラスの扉。
扉を開くと、そこは露天風呂だった。
私はただ口を開けたまま立ち尽くした。
頭の中が追いつかない。
……豪華すぎる。
「用意された宿がこれほどのものとは思ってなかったな。」
課長が静かに言った。
「なんだこれは?全く落ち着かん。」
ヨドはしかめっ面で言った。
「夕食はこちらへお持ちいたします。後はごゆっくりご堪能くださいませ。」
二人は一礼をして去っていった。
部屋には私たち三人だけが残された。
「とりあえず荷物置くか。」
課長は自分の荷物をソファの横に降ろした。
「どの部屋使っていいんですかね?」
そう言いながら寝室を一つずつのぞく。
どの部屋にもテラスへ続く扉があった。
「全部すごい……。」
「三部屋あるんだから、一人一部屋でいいだろ。」
課長が笑って言った。
「私は寝られればどこでもいい。」
ヨドは端的に言った。
私は入口の方へもう一度目をやった。
脇には小さなカウンターがある。
その奥で、人の背ほどの銀の箱が低いうなり音を立てていた。
……なんだろう。
取っ手が付いている。
私はその扉をそっと引いてみた。
フワッと冷たい空気が頬を撫でた。
中には瓶がいくつか入っていた。
……えっ!?
保冷器だ。
ソファの近くにいたヨドも目を丸くしていた。
「おそらく、中に入ってる物も勝手に飲んでいいんだろうな。」
そう言うと、課長は茶色の瓶を一本取り出した。
コルクのような栓を抜き、カウンターに置いてあった透明なコップへ注いだ。
コップの中の液体はシュワシュワと音を立てている。
課長はそれを口に含んだ。
「果実酒だな。」
「何!?果実酒だと!」
ヨドが目を見開いた。
駆け寄ると、課長のコップを思わず取り上げ、一口飲んだ。
「すごく旨い。」
ヨドはコップを手にしたまま固まっていた。
「これを客に出すのか……。」
「どういう事?」
私はヨドに尋ねた。
「果実酒はそう簡単に飲めるものじゃない。」
「じゃあ、お風呂の後に楽しめるね。」
そう言って微笑んだ。
露天風呂の後に飲む果実酒。
それだけで少し胸が弾んだ。




