第二章 九節 信頼の証
「……そう言えば、課長。さっき別行動してましたけど、何をしてたんですか?」
私は課長に訊いてみた。
「バコが安全に過ごせる場所を探してたんだ。近くに湖があってな。水もあるし草も豊富だ。今夜はあそこで休んでもらっている。」
課長は穏やかにそう言った。
そういえば、私たちも今夜の宿を探さないと。
「課長は、もう宿は取ったんですか?」
「いや、これからだ。ちょうど探そうと思っていたところだ。」
課長も私たちと同じで、まだ宿は決めていないらしい。
「街道組合で宿の紹介もしてるぞ。」
「そうか、では一旦街道組合に戻ろうか。」
課長はそう言って街道組合へ向かった。
私たちは街道組合に戻った。
受付の横には大きなテノジンの地図があり、そこに宿が記されていた。
ヨドは地図を見ながら言った。
「必要があれば受付に訊けば良い。」
「そう言えば、課長も同じ宿に泊まるんです?」
私はふと疑問に思って課長に訊いた。
「それは考えてなかったな。同じ宿の方が何かと都合が良いな。」
課長は地図から視線を私へ向けた。
「ならば、三人部屋がある宿が良いだろう。」
ヨドが横から言った。
……ん?課長と同じ部屋!?
思わず顔が熱くなった。
「ちょ……ちょっと三人で同じ部屋泊まるの?」
「何か問題があるのか?」
平然とヨドが言った。
「だ……だって、課長は男性だよ!ヨドは平気なの!?」
「三人部屋の方が効率いいだろ。」
ヨドはしれっとそう言った。
「確かに効率は良い。でも、藤野の言いたいことは分かる。」
課長の一言に私はホッとした。
「藤野は別の部屋で寝て、俺がヨドと一緒に寝ればいいんだろ?」
課長はニヤッとして言った。
一瞬、頭の中が真っ白になった。
……ええええぇぇぇっ!!!???
ヨドはきょとんとした顔でその掛け合いを見ている。
「ちょちょちょちょっとぉ、かちょーーー、なっなに考えてるんですかーっ!!」
顔をさらに真っ赤にして、私は課長に向かって叫んだ。
課長は私の顔を見てふっと笑った。
「冗談だ。」
……課長、絶対私で遊んでる。
恥ずかしさで体がプルプル震えた。
「俺は一人部屋を取る。藤野とヨドで二人部屋を取ればいい。」
……課長ってこういう人だっけ。
「隣同士の部屋が空いている宿があるか受付に聞いてみよう。」
受付へ向かう課長の背中を、ヨドはジト目で見送っていた。
「お……おや、あなた方……まだいらしたんですか。」
私たちに声をかけてきたのは、ここの支部長のアカチベだった。
「ああ、宿を探しにきた。」
ヨドは端的に答えた。
「なにやら大声が聞こえて、職員が見に行けと言うので……」
……恥ずかしいっ!
再び赤くなった顔を両手で押さえた。
「宿……ですか。あなた方には良い取引をさせて頂きましたので……よろしければ、私がご紹介いたしましょうか。」
受付にいた課長が振り向いた。
「ああ、あと一つよろしければ、お願いが……」
「なんだ?」
ヨドが確認する。
「確か、セノへ行くと仰ってましたよね……?」
「はい。」
「そこに我々の探し人が居る可能性があるので。」
いつの間にか私の横へ来ていた課長が、穏やかに言葉を継いだ。
「米を仕入れている商人を、セノまで護衛して頂きたいのです。」
「街道組合からの依頼なら引き受けよう。」
ヨドが答えた。
「もちろんです。これはテノジン支部からの正式な依頼です。」
アカチベは穏やかにそう言った。
「出立は明日で問題無いのですか?」
課長が確認する。
「はい、先方にはそうお伝えしておきます。」
アカチベは胸を撫でおろし、受付に居るエルムの女性を呼んだ。
「こちらが今回の依頼票になります。」
ヨドが依頼票を受け取り、課長が内容を横目で確認した。
二人の動きが止まった。
『二千ディル!?』
ヨドと課長の声が揃った。
「護衛の仕事なんざ良い所六百ディルが相場だろ?」
ヨドがアカチベに確認する。
「セノはヤミマ山の中腹にあります故、米も貴重なものでしてな。商人にも安心して取引を続けて頂かなければなりません。」
「つまり、経済の重要な基盤という訳ですね。」
課長がアカチベに確認する。
「さようでございます。さすがアマオカ殿ですね。ベッコー支部から噂は伺っておりました。実際に会えるとは光栄でございます。」
「カチョー、街道組合で仕事してたのか?」
ヨドが驚いて言った。
「ベッコーでは、アマオカ殿のお力で商いが大きく動いたと伺っております。」
アカチベは穏やかな口調で続けた。
「……マジか。」
ヨドは鋭い目で課長の顔を見た。
「ベッコー支部長は、たった七日間で『経済効果は二倍になった』と大変喜んでおられたと伺っております。」
「課長……やっぱりすごい人ですよね……」
私は目を輝かせて課長の顔を見た。
課長は珍しく少し困り顔で言った。
「いや、最初にベッコー近くの森で助けてもらった一行の爺さんと雑談しただけなんだが。」
アカチベは小さく微笑んだ。
「ベッコー支部長のバタン殿は非常に有意義な話だったと仰っておりましたよ。」
「私はあの方が支部長だとは知らなかったのです。」
課長はそっと言った。
「そうですか。」
アカチベは優しくそう言った。
「今夜の宿は私からの贈り物とさせて頂きます。」
「それは流石に……」
「受け取ってくださいまし。」
課長が言い終える前に、アカチベは優しく首を振った。
課長は眼鏡を押さえて少し俯いた。
「承知いたしました。今宵は甘えさせていただきます。」
「ごゆっくりとテノジンを楽しんでいってください。」
アカチベは受付のエルムの女性から受け取った紙を、課長へそっと差し出した。




