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第二章 八節 甘い誘惑

 私たちは街道組合テノジン支部の一階に居た。

「これで安心してお金を預けられた。ありがとう。ヨド。」

 課長は安堵したようにヨドに礼を言った。

「私は特に何もしていない。」

 ぶっきらぼうな口調だったが、その表情はどこか穏やかだった。

「さて、これで問題は解決したな。今日はテノジンでゆっくりして、明日はセノという街へ向かうとするか。」

 課長が穏やかにそう言った。

「はい。美味しい物も食べられますし、お風呂にも入れます。」

 私は課長の提案が嬉しくて即答した。

「ああ、問題ない。」

 ヨドは相変わらずだった。

「じゃあ、さっそくデザートを食べに行きましょう!」

 私は待ちかねたように提案した。

「悪いが俺は少し離脱する。バコの様子も気になるからな。」

 課長はそう言ってテノジンの門の方へと歩いていった。

「えー、三人で行きたかったな……」

 私は課長の背中を見送ると、ヨドの顔を見た。

「ヨド、行こう!」

「コユキ、さっきメシ食ったばかりだろう。」

「甘い物は別!美味しい所、教えてよ!」

 私はヨドの腕を軽く引っ張った。

「わかった。案内してやる。」

 ヨドが優しい目でそう言った。


 ヨドに案内されたのは、テラス席のある店が並び、女性客で賑わう通りだった。

 甘い香りが漂ってきて、お腹いっぱいのはずなのに食べたくなってしまう。

 でも、歩いているうちに違和感を覚えた。

 歩いている女の人はお洒落な可愛い服を着ている。

 ……あれ?

 前にヨドに連れて行ってもらった服屋、茶色い服しか置いてなかったような……。

「ねえヨド、前に連れてってくれた服屋、茶色いものしか無かったよね?」

「そうだが、なんだ?」

「ここを歩いてる人たち、すごくカラフルでおしゃれな服着てるじゃない。なんで……?」

「そういう店で買ったんだろう。」

「どういう事?」

「すぐ傷む服は旅に向かない。私はいつも旅用の店で買ってる。」

 ……は?

 ヨドの言ってる事は正論だ。

 正論だけど……。

「なんで最初にそっちへ連れてってくれなかったの!?」

「いつもの店が安心だからだ。」

 ……本当にヨドらしい。

「可愛い下着が良かったなあ。」

「旅なら安くて丈夫な方が良い。」

 ……そういえば、ヤルクの服屋でもあんまり機嫌良くなかったな。

 その時、自分の服は自分で買おうと決心した。

「まあいいや、とりあえずどこかお店入ろうよ。」

「どこでもいいぞ。」

 ヨドの言葉を皮切りに、私はヨドと歩き出した。

 通りの両側には甘い香りを漂わせる店が軒を連ねていた。

 丸い生地を鉄板で焼いている店。色鮮やかな果物を山盛りにしたお店。焼き菓子がずらりと並ぶお店。

 私は店先を覗き込みながら通りをゆっくり歩いた。

「まだ決まらんのか?」

「だって、どれも美味しそうなんだもん。」

 そう言った矢先、店の奥に銀色の大きな箱が見えた。

 ……保冷器?

「ヨド、ここに決めた!」

 そう言って、お店に入る。

「いらっしゃいませ。」

 店員に案内されてテーブルに着く。

 店員がテーブルに文字だけのメニュー表を置く。

 何があるか楽しみにメニューを開いた。

「ヨド」

「なんだ?」

「……読めない。」

「そうだったな。」

 私は大きくため息をついた。

 メニューを閉じて店員を呼ぶ。

「すみません。冷たい甘い物でおすすめはありますか?」

「氷雪の削りや、凍らせた果物の盛り合わせなどいかがでしょうか。もし温かい物もご所望でしたら、ヤギュの乳焼も人気ですよ。」

 ……全部食べてみたい。

「じゃあ、その三つとも下さい!」

「承知いたしました。十五ディルになります。」

「コユキ、そんなに食べるつもりか?」

「ヨドとシェアしたらいけるでしょ。」

 そう言いながら店員にお金を支払う。

「しぇあ?」

「あー……要は半分こするんだよ。」

「いや、私はあまり甘いものは得意ではない。」

 ヨドは少し困った顔になって言った。

 ……ん?

「えっ!?知らなかったよ!」

 私はどれかキャンセルしようと思ったその時、店員が商品を載せた盆を持って私たちのテーブルへ向かってきていた。

「お待たせしました。」

 高さ十センチはあろうかという氷雪の削りには、甘い蜜がたっぷりとかかっていた。

 それと、深皿にてんこ盛りに詰まれた凍らせた果物。

 そして、手のひらほどもあるヤギュの乳焼。丸くふっくらと焼き上げられ、見た目は饅頭によく似ていた。

 三つの皿がテーブルいっぱいに並んだ。

「えーっと……ごめん、ヨド!がんばって!」

「……善処しよう。」

 ヨドは小さく肩を落とした。

 まずは氷雪の削りからやっつけないと……。

 氷雪の削りに木のスプーンを入れると、サクッと突き刺さる。

 それを口に運ぶ。

 ……冷たっ!

 でも、蜜がふんわり香って美味しい。

「美味しいっ!ヨドも食べてみて!」

 ヨドはスプーンで氷雪の削りをすくい、恐る恐る口に運ぶ。

「意外といけるな。」

「でしょ!」

 ヨドももう一口すくう。

 二人で氷雪の削りの山を少しずつ崩していった。

 なんとか氷雪の削りはクリアした。

 乳焼は後でも食べられそうだ。

 次は溶ける前に凍った果物!

 シャリシャリとした食感と爽やかな甘酸っぱさが良い。

 ヨドも凍った果物を食べ始めた。

 凍った果物を三分の一ほど食べた頃には、もうお腹いっぱいだった。

「すまん。もう無理だ。」

 ……どうするんだ、これ!?

 私は無理やり果物を口に押し込む。

 ……ウッ。

 もう一口が入らない。

 果物は少しずつ溶け始めている。

 恐る恐るヨドを見る。

 ……なんだか睨まれている気がする。

 ふと、店の窓の外を見る。

 そこには、離脱したはずの課長が歩いていた。

「かちょーーーーーー!」

 私がぶんぶん手を振りながら大きな声で呼ぶと、課長は驚いたように足を止め、こちらへ視線を向けた。

 私は店を飛び出し、課長の腕を掴んだ。

「えっ? お、おい!」

 そのまま課長を店の中へ引っ張り込む。

「課長、後お願いします。」

 横で項垂れているヨドと、テーブルいっぱいの甘味を見比べる。

 課長は軽くため息をついた。

「すみません。スプーンをもう一つお願いします。」

 課長が店員に頼むと、すぐさま持ってきてくれた。

 スプーンを手に取ると、課長は優雅な手つきで凍った果物を次々と口へ運んでいく。

 私たちが絶望していたはずの深皿が、みるみるうちに空になっていった。

「この果実、さっぱりしていて美味いな。」

 課長はそう言ったけど、私はもう果物を見たくなかった。

「この饅頭も良いのか?」

「はい、それも食べてください。」

 課長は乳焼を手に取り、大きく一口齧る。

「うん、これもモチモチして美味い。甘い香りもいいな。」

 そう言いながらあっという間にたいらげた。

「藤野ご馳走さん。だが、ちゃんと量は確認しないとダメだぞ。」

「はい……しばらく甘い物は要らないです……」

 そうして、私たちは店を後にした。


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