第二章 七節 信用の証
私たちは街道組合の一階まで降りて来た。
「しかし、十万ディルの証書を持ち歩くのは多少不安だな。」
ふと、課長が呟く。
「街道組合なら預かってくれるぞ。」
横からヨドが言う。
「なるほど、街道組合は金融も取り扱っているのか。だが、それだけの金を預けるとなると信用も必要だ。それにテノジンで預けたものを他の支部で現金化などは出来るのか?」
「出来るぞ。それに街道組合を疑う奴はいない。」
「物流だけではなく、信用も運んでいるということか。」
課長はヨドの言葉を解釈していた。
「しかし、どうやって口座を作るんだ?」
「コーザってのは知らんが、組合員なら誰でも預けられるぞ。」
「組合員か。誰でも組合員になれるのか?」
「一定の取引で信用してもらえればなれる。」
課長の眉間に皺が寄った。
「一定の取引か。それはどれくらいかかるんだ?」
「私の場合は半年だったな。」
課長の眉間の皺が、さらに深くなった。
「半年か……そこまで悠長にしていられる時間は無さそうだ。」
課長が呟いた。
「なんなら私の名前を使えば良い。」
課長の眉間の皺がふっとほどけた。
「なるほど……。」
ヨドは鞄から刻印がある紫の魔法石を取り出した。
「これを使えば問題ない。」
「それは?」
「組合員の証だ。これは私しか使えん。」
「しかし、その金はコユキの財産だ。ヨドの財産と混在するのは問題ないのか?」
「問題ない。自分の金は持ち歩く。めんどくさいからな。」
ヨドらしい言葉が聞こえた。
「そうか……」
課長はヨドの言葉を静かに受け止めていた。
「藤野はそれで問題ないか?」
「はい、お願いします。」
「では、ヨドの名義を使わせてもらおう。」
「なんでも使ってくれ。」
ぶっきら棒な返事だった。でも、その表情は優しかった。
「ありがとう。」
そう言う課長の顔も穏やかだった。
ヨドと課長が受付に向かう。
私はその後に着いていく。
ヨドが受付にいるエルムの女性へ組合員の証を差し出すと、紫の魔法石が淡く光を帯びた。
課長が証書を受付に渡すと、エルムの女性は驚いた表情を見せた。
そのまま慌ただしくどこかへ行ってしまった。
しばらくすると、きちんと襟元を整えたエルムの男性が現れ、私たちは別の部屋へ案内された。
その部屋には魔法石の照明が灯り、壁には壁画が飾られていた。椅子もフカフカで座り心地が良かった。
向かいにエルムの男性が座った。
「えーと……わたくし、テノジン支部長のアカチベと申します。ヨスミシ支部には確認が取れました。なんでも、新しい名産になるものを提供して頂いたとか。」
礼儀正しい物言いだった。でも、少しおどおどして見えた。
「ヨスミシ支部のカソミツは信頼しております。えーと……しかしですね……かなり高額でして……街道組合としては、その……この地域担当であるテノジンでの確認が必要となっております。」
「つまり、高額取引は地域支部で再確認する必要があるということですね。」
課長が助け舟を出すかのように言った。
「は、はい!その通りです!」
ヨドの唇が少しだけ上がった。
「コユキ、喰わせてやれ。」
「え!?でも食材あるんですか?」
「藤野なら鶏肉があれば唐揚げ作れるんじゃないか?」
「まあ、出来るとは思いますけど……」
「テングトビなら食材として仕入れておりますが……えーと……カソミツからも、その、テングトビのカラアゲのことは確認いたしております。」
課長とヨドは満足そうな顔をしていた。
……確かに作るのは好きだけど、また揚げ物かぁ……
私たちはアカチベと共に再び食堂を訪れた。
先ほどまで賑わっていた厨房が少し静かになっていた。
アカチベは厨房の奥へ向かって呼びかけた。
「えーっと……コック長殿、少し厨房を貸して貰えんか?」
奥からチマッコのコック長がポテポテと出てきた。
「アカチベ殿、話は聞いているが、どいつが料理するんだ?」
「いや……そこのヒュマのお嬢ちゃんらしいんだよ……」
アカチベが私の方を指し示した。
「この嬢ちゃんが?まだ娘っ子じゃねえか。バカにしてんのか!?」
それを聞いたヨドの目に殺気が宿る。
課長の手がヨドを制止する。
「初めまして、コック長殿。ご無礼かと存じますが、判断は藤野の料理を召し上がってからお願いできないでしょうか。」
課長は笑っているのに、不思議と逆らえない空気を感じる。
「お、おう……。ま、お手並み拝見といこうか。」
コック長はたじろぎながらそう言った。
「えーと……では、コユキさん、よろしくお願いします。」
アカチベに促されて厨房に入る。
やはりここでも揚げ物はしていないようだ。
「えーと……ここにあるものは、何を使っていただいても構いませんので。」
アカチベの声にコック長の表情が少し硬くなる。
「テングトビの肉なら保冷器の中に入っとる。」
コック長がぶっきらぼうに私に言った。
厨房を見渡して、深い鍋を見つけた。
「これ、使って良いですか?」
「アカチベ殿が何を使っても構わんと言っておるからな。」
「ありがとうございます。すみません、油はどれですか?」
「そこのガラス瓶に入っとる。」
その様子をヨド、課長、アカチベが見ていた。
保冷器からテングトビの肉を出した。
柑橘系のような青い果物と、土色の香辛料も確認する。
そして肉を一口大に切る。
肉に塩と香辛料を少々振っておく。
調味料の瓶を開けて匂いを確認する。
指に少し付けて味も確認する。
……うん、これは使える。
酒の瓶も確認し、ボウルに酒とさっきの瓶の中の液体を入れた。
さらに土色の香辛料を擦って入れて、青い果物の汁を絞り入れた。
そこに一口大の肉を漬け込みしばらく置く。
……あまり漬ける時間ないな。
空いているボウルを準備した。
小麦粉をその中に適量入れた。
……先に油を準備しておかないと。
深い鍋をコンロに置く。
コック長は腕を組んでその様子を横目で見ていた。
深い鍋の中にトプトプと油を注いでいく。
「そんなに油使うのか!?」
コック長が声を荒げた。
「はい、揚げ物なので。」
「アゲモノ?なんだそれは?」
「まあ、見ててください。」
私は笑顔で応えた。
肉を小麦粉にまぶしていく。
小麦粉をひとつまみ油へ落とす。
細かな泡を立てながら浮き上がった。
……よし。
そこに白くなった肉を入れていく。
ジューっと良い音が鳴る。
横のコック長の目が丸くなった。
きつね色になるまで揚げていく。
唐揚げになった肉をトレイに入れていった。
小さめの唐揚げを一口食べてみる。
……いい感じ
少しだけ油を切ってから皿に盛った。
そのお皿をアカチベたちが待つテーブルへ運んだ。
「できました。お熱いうちにどうぞ。コック長さんもよろしければ。」
コック長が帽子を取りながらポテポテと歩いてテーブルに着いた。
「えーっと……これがカラアゲというものですか。その……良い匂いですね。なんだか、お腹が空いてきました。」
「見た目も香りも良い。だが、問題は味だ。」
アカチベとコック長がフォークで唐揚げを刺し一口食べる。
「!!!」
「熱っ!」
アカチベは慌てて水を口へ運んだ。
コック長は無言のまま唐揚げを噛み締めていた。
「外はカリッとしていて、噛むとザクッとした食感が良い。」
コック長は唐揚げを見つめた。
「中の肉は肉汁が口いっぱいに広がる……とてつもなく旨い!」
アカチベも改めて唐揚げを食べている。
「いや……これは……驚きました。」
アカチベはフォークを置いてしばらく目を閉じていた。
やがて静かに口を開いた。
「承知しました。十万ディルの件は納得致しました。」
コック長はゆっくり顔を上げた。
「さっき見てた通りにやりゃいいんだな!」
言い終わるよりも早く、帽子を被って厨房に戻った。
厨房を見ると、コック長の周りにはいつの間にかコック達が集まっていた。
課長とヨドは満足そうにお互いの顔を見ていた。
私は思わず胸を撫で下ろした。




