第二章 六節 食卓の発見
課長は十階建てのビルを仰ぎ見ていた。
「ここがテノジンの街道組合ですか。大きいですね。」
前に来た時はかなり疲れていて、よく見る余裕が無かったけど、改めて見るとかなり大きい建物だった。
中に入ると、受付にはいくつもの窓口が並んでいた。
あちこちで人が受付係と話をしていて、待っている人も多い。
課長も周りを見渡していた。
「今日は受付に用はない。食堂に行くぞ。」
ヨドが先導して奥にある小部屋へ入る。
部屋の扉が閉まる。
ヨドが壁に埋め込まれた石へ手を触れると、低い振動音が響き始めた。
わずかな浮遊感の後、再び扉が開く。
そこは最上階だった。
「ほう、エレベーターですか。」
私たちは最上階へ足を踏み出した。
ふと、私は窓から見える景色に目を奪われた。
「うわー!すごい!街が見渡せる!」
ヨドは何も言わず窓際のテーブルに向かって歩いて行った。
「藤野は相変わらず感激屋さんだな。」
「いや、だって、こんなに素敵な景色なんですよ。青空も向こうの森も見えて凄くないですか?」
「とりあえず、コユキのパン食うか。」
ヨドはテーブルについてそう言った。
その様子に私は思わず笑ってしまった。
「そうだね。食べよう。」
そして、課長はヨドの向かいに、私はヨドの隣に座った。
私は鞄からパンを出してテーブルに置いた。
「ほう、美味そうだな。」
「ややっ、この良い香りは! こんなパンは見たことない。美味そうですな。」
「げっ。」
いつの間にか、課長の横に白装束のヌマタが立っていた。
「この方は確かヨスミシの攻防の時に居らした……」
「カチョー、気にしなくていい。」
ヨドが一蹴する。
私はパンを見つめるヌマタの顔を見た。
……
パンを見る。
ヌマタを見る。
「良かったら、一つ食べますか?」
「ほう、良いのですか! では一つ。」
ヌマタは何の遠慮も無く、課長の横に座ってパンを一つ取った。
そしてひと齧り。
「ややっ!これはうまし!」
課長は珍しく固まっていた。
「おい、ヌマタ。少しは遠慮というものを……」
「お口に合えば嬉しいです。」
私はヨドの言葉を遮るように言った。
「しかし、食事は三人分しかないじゃないか。」
ヨドの声のトーンが下がった。
「大丈夫!入ってきた時から、カウンターのあの料理めっちゃ気になってたんだよね。」
ヌマタはもくもくとパンを食べていた。
「コユキがそう言うならいいが……」
「私、ちょっと買ってくる!」
私は立ち上がってカウンターへ駆け寄った。
様々な料理がそこにはずらりと並んでいた。
しっかりと煮込まれた肉のシチュー。
見たことのない形の焼き魚。
色とりどりの野菜サラダ。
他にも見たことのない料理が並んでいて、私はすっかり目移りしてしまった。
野菜がたっぷり煮込まれたスープに目が留まった。
しばらく悩んだ末、私はそれを選んだ。
それを会計カウンターへ持っていく。
「はい、五ディル貰うよ。」
チマッコの女性にお金を支払い、それをお盆に乗せて皆のテーブルに戻った。
ヌマタはまだパンを食べていた。
ヨドも課長も、まだパンには手を付けていなかった。
「お待たせです。」
「じゃあ食うか。」
ヨドは改めてパンに手を伸ばした。
『いただきます。』
私と課長の声が揃った。
木のスプーンでスープを掬って一口。
……美味しい
なんだか芯のある粒が口に残った。
食べたことある気がする。
……ん?
米だ!
「かっ、課長!これ、米が入ってる!」
「米だと!?」
課長の眼鏡が光った気がする。
「課長も一口食べてみてください!」
課長の前へスープをぐいっと差し出した。
課長もスプーンで一口。
「米……だな。」
「米はわたくしの弟子がいる山間部で栽培されている希少なものじゃ。」
ふいに、ヌマタは珍しく落ち着いた口調で言った。
「ヌマタ、お前弟子なんか居たのか?」
ヨドがヌマタに問う。
「つい最近弟子にしたんじゃよ。」
「それは初耳だな。」
「なりゆきじゃよ。」
「お前らしいな。」
「なんか困っておったようでの。」
「そいつ、使えるのか?」
「筋は悪くないんじゃが、根性が無くてな。少し困っておる。」
課長の眼鏡が再び光った気がした。
課長は顎に指を添え、静かに目を閉じた。
「そのお弟子さんは現在どちらに?」
「ヤミマ山にあるセノじゃよ。そこの教会におる。」
「ありがとうございます。ヌマタ殿。」
私は手元に戻したスープを口にしながら、その話を聞いていた。
課長は再びパンを齧り始めた。
「いやいや、美味いパンでしたぞ。ではわたくしはお暇いたしましょうぞ。」
そういってヌマタは去っていった。
「藤野、パン美味かったぞ。ごちそうさま。」
「ああ、コユキのメシは旨い。」
私は最後のひとすくいのスープを口にしながら笑顔になった。
「さて、次はヌマタ氏が言っていたセノへ向かいたいと思うんだが、問題ないか?」
「大丈夫です!」
「私は構わないんだが、結構遠いぞ?」
「具体的にはどれくらいかかる?」
「二日ほど歩けば着く。」
……二日歩くのか
課長は再び顎に指を添えた。
「バコに乗れば少しは短く出来るのだが……」
ヨドの眉間にしわが寄っている。
「バコが飛び跳ねないのなら乗っても構わないぞ。」
ヨドが口を開いた。
「確かに……。乗らずに歩かせるだけでも、我々が歩くより速いはずだ。」
課長は閃いたように言った。
「これで問題ないな。」
ヨドは少し俯いて言った。
「ああ、ヨドありがとう。」
課長は笑顔で返した。
二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。




