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第二章 五節 速さの代償

 バコに揺られて三十分ほど走っていた。

 バコの乗り心地は……

 ……あまり良くない。

「すまん、少し休憩させてくれ」

 ヨドが低い声で嘆願している。

「いいが、何か問題で……

 うわっ!」

 ヨドの口から虹色っぽい何かが吐き出された。

 課長は慌ててバコを停めた。


 ヨドは草むらに顔を突っ込んでいた。

「ヨド、大丈夫?」

 私はヨドの背中をさすっていた。

 少し離れた所で、課長は優しくバコを撫でていた。

「ああ、なんとか……」

 荒い呼吸の合間に、ヨドは声を振り絞って言った。

 私はヨドの背中をさすりながら、ふと辺りを見渡した。

 ……え?

 牧舎が見える。

 ……ここ、もうヤルク!?

 私が呆然としていると、ヨドが隣に立っていた。

「もうヤルクなのか。速いな。」

 ヨドは口を押えながら言った。

 ……そうだ!

「ヨド、ちょっと待ってて!」

 私はそう言ってヤルクの入口にある万屋へ駆けて行った。

 木の扉を開けて万屋の中に入る。

「いらっしゃーい。」

 カウンターで暇そうに座っていた店主が声をかけてきた。

 私は棚に置いているミルクを掴んでカウンターに置いた。

「これ、ください。」

「三ディルだよ。まいどあり。」

 私はお金を払って、駆け足でヨドの元へ戻った。

「はい、ヨド。口直し。」

 ヨドは黙って受け取った。

 ミルクを一旦口に含んで草むらへ吐き出した。

 もう一口含むと、今度は静かに飲み込んだ。

「助かった。コユキも一口飲むか?」

「あ……私はいいよ。ヨドが全部飲んで。」

 ……ヨド、ごめん。

 ……そのミルクは飲みたくない。

 ヨドは残りのミルクを一気に飲み干した。

「ふぅ」

 ……ゲフッ

 それを見届けると、課長がこちらへ歩いてきた。

「どうやら、落ち着いたようだな。」

「ああ、なんとかな。」

「じゃあ、またバコに乗り……」

 ヨドが遮る。

「いや、私は歩いて行く。」

 ヨドは即座に言い切った。

「そうか……」

 課長は手に顎を乗せた。

「課長、どうしたんですか?」

 課長は息を吐いた。

「ヨド、ここからだとテノジンまでどれくらいだ?」

「半日の半分くらいで着くぞ。」

 課長は小さく頷いた。

「わかった。では歩こう。」

 課長は一旦ヤルクの方を眺めてから、バコの方へと足を向けた。

 私たちもその背中を追うように歩き出す。

「藤野はバコの上に乗ってていいぞ。」

 課長はバコを優しく撫でている。

 私はヨドの顔を見た。

「いえ、私も歩きます。」

「わかった。では皆で歩こう。」

 私とヨド、課長はバコを連れてテノジンへの道を歩き始めた。

 しばらく歩くと開けた岩場に出た。

 ……あ、ここヨドと休憩した場所だ。

 その先の鬱蒼とした草木を見て、思わず身構えた。

 草木の間の細い道を、皆でゆっくり進んだ。

 課長は左右に目を配らせていた。

 ヨドも同様に警戒していた。

 でも、今回は何も出てこなかった。

 一時間ほど歩いただろうか。

 道が開け、遠くに石造りの建物が見えてきた。

 ……テノジンだ。

 不意に課長はバコを撫でると立ち止まった。

「ちょっと待っててくれ。」

 課長はバコを連れて道から離れていった。

 しばらくして課長だけが戻った。

「行こうか。」

 私たちはテノジンの門に向かった。


 石畳の道。

 石材で作られた街並み。

 行き交う人々。

 久しぶりのテノジンだ。

「課長、ここがテノジンです!服屋とか、銭湯とか色んなお店もあって、美味しい物も沢山あるんですよ!」

 私は嬉々として課長に言った。

「なるほど、藤野はここに来たことがあるのか。」

 微笑みながら課長は言った。

「ああ、あの時コユキはヘトヘトだった。だが、最後まで仕事をやり遂げたんだ。」

 ヨドは私を優しい目で見た。

「そうか。やはり藤野らしいな。」

 課長は感慨深そうにしていた。

 そのまま石畳や街並みへ静かに視線を向けた。

「課長!せっかくだから美味しい物食べに行きませんか!」

 私はすっかりウキウキ気分になっていた。

「いや、コユキが作ったパンがあるじゃないか。」

 ヨドから突っ込みが来た。

「あるけどさ……。他にも美味しい物食べたいし……」

 私は小さい声で抗議した。

「では、藤野のパンを食べてから、デザートを食べに行けば良い。」

 課長が笑顔で言った。

「それいいですね。じゃあそうしましょう!」

 私は思わず笑顔になった。

 ……でも、どこで食べたらいいんだろう。

「街道組合に食堂あるぞ。」

 ヨドがぶっきらぼうに教えてくれた。

「ちょうど目的地も街道組合だし、そこにしようか。」

 課長も賛同する。

「はい、行きましょう。」

 私は幸せな気持ちで、ヨドと課長と共に街道組合に向かった。


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