第二章 四節 家を出る日
私がヨドのねぐらに帰ってきたのはすっかり夜が更けてからだった。
……ほんっとうに疲れた
でも、気持ちいい疲れだった。
カソミツと課長がやってたことには頭が付いていかなかったけれど。
「あのカチョーとかいうやつ何者だ。よくわからんが大それたことしてたじゃないか。」
「課長は課長だよ。仕事の上司。」
「……そうか。とにかく凄いヤツって事だな。まあいいか。」
あの時の事を思い出す。
「うん、課長は凄いよ。元の世界でも頼りになって、こっちでも弓も使えて魔物と戦ってて……」
「ん?どうした?」
「私とは違って、本当に凄い人だな……」
少し俯いて言った。
「何言ってるんだ。コユキも十分活躍したじゃないか。体力とか剣技とかはまた別の話だ。」
不意にヨドの手が私の頭を撫でる。
……っ
顔が熱くなった。
「も……もう、子どもじゃないから頭撫でないでよ……。でも……ありがと……」
ヨドは安心した表情で私を見た。
「ま、コユキはコユキだ。少しずつ力付けていって、また旨い物作ってくれればそれでいい。」
ヨドは再び私の頭を撫でる。
私はヨドの手を振りほどかなかった。
……ヨドの手暖かいな
ヨドに頭を撫でられたまま、ねぐらを見渡した。
……台所、設備整えたかったな
目を閉じて、ヨドの撫でてくれる心地良さを感じていた。
「落ち着いたらまた戻ってくれば良いだろ。」
その言葉に一瞬目が開いた。
「……うん。」
再び目を閉じて、暖かいヨドの手を感じていた。
気が付けば、そのまま眠ってしまっていた。
「う……ん……」
外からの陽を感じる。
鳥の鳴く声が聞こえる。
気が付くと、ヨドのベッドだった。
横ではまだヨドが寝ている。
……ヨドのベッド、硬かったんだ
ヨドを起こさないようにそっとベッドから降りた。
台所には少しの野菜と、卵が三つ、それに干し肉が残っていた。
短剣を取り出し水で洗う。
タオルに水を染み込ませて石の台を拭く。
野菜を刻んでいく。
干し肉もある程度のサイズに切る。
鍋を取り、赤い魔法石の上に置く。
十分に熱くなっていた鍋に野菜を入れる。
ジューという音が響く。
塩を入れて少し炒める。
砂糖も少し入れる。
そこに干し肉を投入。
さらに炒める。
干し肉の脂がジワリと溶ける。
油を絡めて野菜と馴染ませる。
出来た炒め物を一旦お皿に避ける。
卵を落とす。
それをかき混ぜる。
トントンと形を整えていく。
パンを六等分に切る。
パンの間に卵焼きと野菜、それに肉を挟んで三セット作った。
「コユキ……もう起きたのか。」
ベッドの上でムクリと起き上がるヨド。
「うん。台所も部屋も少し掃除しておきたくて。」
ヨドはまだ眠そうな顔をしていた。
大きく欠伸を一つする。
「そうか。じゃ、掃除するか。」
そう言って、ヨドは少しよろめきながら立ち上がった。
「ヨド、ちょっとだけ待って。」
作ったパンに木の箱を被せた。
「じゃ、始めようか。」
その声に振り向くと、ヨドはほうきとはたきを持って立っていた。
私ははたきを受け取って台所から掃除を始めた。
……パタパタパタ
棚や壁際の埃を払っていく。
払い終えると、今度はふきんを濡らす。
石の台、魔法石の周り、棚を順番に拭いていく。
最後にテーブルも丁寧に拭いた。
ヨドはその間、床やベッドの周りをほうきで掃いていた。
「終わった……」
部屋は見違えるほどに綺麗になっていた。
「ふう……」
横ではヨドも一息ついていた。
「これで心置きなく旅路に出れるな。」
「うん。お世話になったから、ちゃんと綺麗にしてから出たくて。」
「そうか。」
ヨドは小さく笑った。
「では、そろそろその木箱の下のメシを食いたいんだが。」
「せっかく綺麗にしたんだからダメだよ。これは持っていくんだよ。」
木箱を外し、三つのパンを袋へ入れた。
「わかった。ではそろそろ出立するか。」
「うん、行こう。」
そうして私たちはねぐらを後にした。
街道組合前に行くと、既に課長とバコが立っていた。
その横にはマヤトとカソミツの姿もある。
「おお、コユキおはよう。」
マヤトがごつい笑顔をしている。
「おはようございます。マヤトさん。」
「コユキさん、おはようございます。夕べは良く眠れましたか?」
カソミツが礼儀正しく挨拶をした。
「はい、ヨスミシ最後だと思うと少し切なかったです。」
マヤトはニッと笑った。
「ここにはいつでも戻ってきていいんだぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
そう返した。
課長はその様子を、にこやかに見守っていた。
「課長、おはようございます。」
私は課長にお辞儀をした。
「おはよう。」
ヨドも短く返す。
「藤野、ヨド、おはよう。」
私の知ってる課長より明るい口調だった。
「藤野も肩の力を抜いていいんだぞ。なんせ仕事じゃないからな。」
課長は笑って言った。
「そんな。だって課長は課長ですよ。」
私は大真面目に言った。
「藤野、ちょっと真面目過ぎるぞ。やりやすいならそれで良いがな。」
課長は苦笑した。
「はい。私はこれでいいです。」
私は笑顔で返した。
「あ、そうだ。朝ご飯作って来たんです。一緒に食べませんか?」
「ほう、それはありがたいな。でもせっかくならどこか景色の良い所で食べないか?」
その言葉に思わず目を輝かせた。
「課長、わかってますね。」
課長は笑顔だけで返事をした。
「では、改めて出発するか。ヨド、テノジンまでの案内を頼む。」
「わかった。」
課長は頷いて、バコに跨った。
「さあ、藤野もヨドもバコに乗って。」
「え?」
「は?」
私とヨドは思わず顔を見合わせた。
「ああ、バコなら四人くらい大丈夫だ。安心しろ。」
……え?乗れるの?
バコを見ると、優しい目でこちらを見返していた。
乗ってもいいよ、と言っているようだ。
「バコ、お邪魔します。」
私はおそるおそる、課長の後ろへ体を滑り込ませた。
ヨドも戸惑いながら私の後ろへ腰を下ろした。
「よし、では出発だ!」
課長が号令をかけるとバコは駆け出し、ふわっと飛び跳ねた。
マヤトとカソミツは、その様子を呆然と見送っていた。




