第一章 十五節 黒い影と甘い声
私は山頂で自然の香りと景色を一通り楽しんで、ようやく登山の疲れも落ち着いてきた。
「どうだ、来てよかっただろ?」
ヨドが立ち上がりながら言う。
「うん、綺麗な景色見れてよかったよ。」
……あまり山登りはしたくないけど
その言葉に、ヨドは満足そうな顔で軽く頷く。
「よし、メシも食ったし、そろそろ帰るか。」
「うん。」
名残惜しく景色をもう一度見てから立ち上がった。
下り道の方をふと見る。
……今度は下山か……
二人で帰り道を歩き始めた。
山の中腹辺りを歩いていると、空に雲が広がり始めた。
すこし空気に湿りを感じた。
ヨドは淡々と下山の足を進めた。
私もなんとかヨドに続いた。
……ピューーイ
鳥の鳴き声が聞こえる。
続いてバサッバサッと羽音も聞こえる。
結構近くにいるようだ。
鳴き声が耳につく。
……ピューーイ
……ピーーイ
……ピャッピャッ
何羽かいるみたいだ。
そう思いながらも足を進めた。
ヨドの背中を見ると、剣を持とうとしている。
ヨドに習い、私も短剣に手を伸ばす。
……バサッ!
上空から何かがヨドに襲いかかった。
しかしヨドは慌てる様子もなく、それを横に交わす。
「ちっ!テングトビかっ!」
黒い何かが飛び去る。
一瞬の出来事で、私の目では何が飛んでいったのか分からなかった。
次は見逃さないように目を凝らす。
ヨドに急接近する他の影。
……スパッ!
ヨドが振るった剣が影を切り裂く。
黒い羽根を散らしながら墜落する。
……ドサッ!
私はそれを見る。
……大きい鳥っ!
私はその大きい鳥を見て思わず後ずさった。
「コユキ、気を抜くなっ!」
ヨドに言われて気を取り直す。
再び空に目を凝らす。
今度は二羽同時にヨドに接近する。
と同時に一羽が私に向かってくる。
……速い
それでも目を逸らさない。
昨日の訓練を思い出す。
振り下ろされる鉤爪。
私は夢中で短剣を振った。
……ピィッ!
目の前に黒い羽根が舞い散る。
テングトビが地面へ墜落した。
……当たった!
胸の鼓動が止まらない。
私が一羽を相手にしている間に、ヨドは三羽倒していた。
……ピーー
……ギャッギャッ
上空からまた同じ鳴き声が聞こえる。
「何か変だ。」
突然ヨドが言った。
「な……何が変なの?」
そう言いながら、私の胸はまだドクドク鳴っていた。
「やつら集まってきている。」
言われて空を見上げた。
遠くの空から小さな黒い点が飛んでくる。
そしてヨスミシの上空にどんどん黒い影が集まる。
「何故、もう活性化してる……」
ヨドが信じられないという顔で言葉を漏らした。
「活性化?」
私は聞き返した。
「今は説明している場合ではない、ヨスミシに急いで戻るぞ。」
そう言って、ヨドは駆けだす。
……え?
「ちょっと、まってよ!」
慌ててヨドを追いかけた。
ヨドと私は急いでノジ山を駆け降りていく。
ヨスミシの上空に集まった黒い影の群れも、どんどん町へ降りていく。
……嫌な予感しかしない
なんとか下山し、ヨスミシの入口に辿り着いた。
「はぁっ……はぁっ……」
私が息切れしている横で、ヨドはたいして息切れしていない。
もう足もパンパンだ。
入口の門番が槍を振り回しながらテングトビを追い払おうと四苦八苦している。
中からも何人か飛び出してきて応戦していた。
「ここは良いからヨドは中を頼む。」
一人の門番が言った。
ヨスミシの中に入った。
上を見上げる。
そこには数え切れないほどのテングトビが飛び回っていた。
「きゃあああっ!」
どこからか悲鳴が聞こえる。
逃げ惑う人々。
散乱した荷物。
あちこちでテングトビが人を襲っていた。
「これは……」
ヨドが一瞬立ち尽くす。
私は目の前の様子を見て足が震えてきた。
「ヨド、遅いじゃん。あ、コユキちゃんひさしぶり~。」
民家の屋根の上のタマキが矢を放ちながら、大声で声をかけてきた。
シュッ!
空を飛んでいたテングトビの一羽が私の足元へ落ちた。
「タマキ!状況は……」
「そんなの聞かなくても見ての通り最悪だよ~。数多すぎて全然キリねぇの。」
「分かった、とにかく応戦する。コユキっ!私から離れるな!」
「う……うん。」
私は一応短剣を構えたままヨドの側に身を寄せた。
「タマキー!追加の矢を持ってきたぞー!」
マヤトが現れて、矢の束をタマキの足元に放り投げる。
「マヤト、サンキュー!これでアレが出来る。」
にこにこ顔だったタマキの表情が変わる。
数十本の矢を束ねるように構えた。
「ハアッ!」
放たれた矢が空中で散開する。
雨のように降り注いだ矢がテングトビの群れを貫いた。
数十羽のテングトビが一斉に墜落する。
しかし、このテングトビの大群の中ではほんの少ししか倒せていない。
「やるなタマキ。しかしこれは本当にキリが無いな。」
ヨドが次々とテングトビを斬り落としながら言う。
「他の支部に連絡して応援を呼んでいる。なんとか耐えてくれ!」
マヤトが大声で叫んで街道組合の方へ走って戻っていった。
私はその中でただ震えているだけで、全く手を出せないでいた。
そんな状況の中、カソミツが木の傘のような物を持って住民を誘導している姿が見えた。
……みんな、ここを守ろうとしている。
……私も守りたい。
でも今は役に立っていない。
ふと商品企画課のメンバーの事がよぎる。
「えーーん、おかあさぁぁーーん。どこに居るのー。」
ふと見ると子どもが民家の横で泣いている。
周りには誰も居ない。
上から一羽のテングトビが子供を目掛けて飛んできた。
一番子どもに近いのは私だ。
……危ないっ!!!
私はヨドから離れ子供の元へ駆けていく。
ヨドは剣を振りながらハッとした表情でこちらを見るが、大量のテングトビに囲まれている。
タマキも同様で身の回りのテングトビの対処に必死だ。
私はその子どもを抱き抱えて目を閉じその場に身を伏せた。
……神様っ!!!
この子を守りたい。
……シュパッ!!!
……ドサッ!
何かが落ちる音が聞こえた。
恐る恐る目を開けると、矢が刺さったテングトビが目の前に落ちている。
……タマキの矢の色じゃない!
私はキョロキョロと周りを見渡した。
一つの民家の上に人影が立っている。
その人影に目を凝らす。
見覚えのある顔。
「藤野!?」
しびれるような甘い声。
……その呼び方。
心臓が強く跳ねた。
第一章 完




