第二章 一節 もう一人じゃない
……あの声。
……彫りの深い顔立ち。
……天岳課長だ!
私と課長はしばらく顔を見合わせてしまった。
信じられなかった。
自分の机を見に行った時のことを思い出した。
誰もいなかった。
課長も、高野も、穂高先輩も。
この世界には私しかいないのだと思った。
帰れないかもしれないと思った。
もうあの職場には戻れないかもしれないと思った。
でも――
そこに天岳課長がいる。
「そこの弓使い、ぼーっとしてんじゃねぇ!」
課長の死角から襲い掛かろうとしていたテングトビを、タマキの矢が射貫いた。
課長は我に返り再び弓を構える。
「藤野!話は後だ。今はこの現状を乗り切るぞ。」
私は子どもをギュッと抱きしめて、コクンと頷いた。
「コユキ、大丈夫か!」
なんとか周囲のテングトビを片づけたヨドが私に駆け寄ってきた。
その時だった。
「コユキさん、こっちです!」
カソミツが大声で手招きしている。
「コユキ、行け!」
ヨドはそう言うなり、私の後ろにいたテングトビの群れの前へ躍り出た。
私は子どもを抱きかかえたまま、カソミツのもとへ駆け出した。
「早く中に!」
カソミツに従って中に入る。
重そうな鉄扉をカソミツが閉めた。
見ると足元に下に向かう階段があった。
「ヨスミシの緊急避難壕です。地下が避難用の場所になってます。」
カソミツと共に階段を降りていく。
上では鳥のけたたましい鳴き声と怒号が響いていた。
降り切ると、 そこには心配そうな顔をしたニャルメルの中年女性が立っていた。
「リン!」
その女性が私の腕の中の子どもを見つけて駆け寄ってくる。
「お母さん!」
子どもが私の腕から抜け出しその女性の元へと駆け出した。
「よく無事で……本当に良かった……」
子どもを抱きしめた女性が泣いている。
「うん……お姉ちゃんがね……助けてくれたの。」
リンと呼ばれたその子どもが涙声で説明する。
「そうですか……本当に感謝します。ありがとうございます。」
その女性が涙ながらに私に礼を言う。
横ではカソミツが満足そうな顔で私を見ている。
そこで私も少しホッとした。
ふと避難壕を見渡した。
大柄なゴレドンの男性が不安そうに腕を組んでいた。
その横では長い耳を持つエルムの女性が子どもたちを落ち着かせていた。
様々な種族の人々が身を寄せ合っていた。
でも――
……終わってない!
自分の頬を手でパチンと叩いた。
そして、私は元来た階段を登って行った。
扉の向こうからは、まだ鳥のけたたましい鳴き声と怒号が響いている。
気合を入れて鉄扉に手をかける。
「応援が到着したぞ!!」
マヤトの大声が聞こえた。
鉄扉を開けると街中に弓を持った人たちがなだれ込んで来るのが見えた。
次々に民家の屋根や、高い場所に登って行く様子が見える。
多数の矢が飛んでいる。
その時だった。
不意にゴオッと音を立てて炎が飛んでいくのが見えた。
テングトビの群れに当たって炎が散開していく。
……なにこれ?
「ほお、手練れの黒魔術師が来たな。」
いつの間にか横にいたヨドが言った。
それとは別の方向から竜巻が発生して群れを捻り潰していく。
……すごい
……映画みたい
劣勢だった戦況がひっくり返っていく。
その時だった。
「ヨド殿ーーー!!」
不意にすっとんきょうな声が聞こえた。
なにやら白装束のヒュマの男性がヨドの元に駆け寄ってくる。
「げっ!」
ヨドが露骨に顔をしかめた。
「お怪我はしておられぬか?ややっ、腕に傷が!これはいけません。」
その男性が杖を振りかざすと橙色の光が満ちていく。
光が収束するとヨドの腕の傷は消えていた。
「ヌマタ、勝手に治すな!」
「いやいや、そう仰らずに。ややっ、そちらの短剣のお嬢さんは大丈夫ですかな?」
私は思わず身を引いてしまった。
「ややっ!膝に擦り傷が!」
何も言ってないのに男性が私の膝に杖をかざした。
橙色の光が膝の擦り傷を覆っていく。
……なんだか暖かい
瞬く間に傷が治った。
「お二方はこれで大丈夫そうですな。ではわたくしは他の患者の元に行くとしましょうぞ。」
それだけ言うとさっと去っていった。
……なにあれ?
「コユキ、気にするだけ損だ。」
ヨドは呆れ顔になっていた。
上空を見上げると、覆いつくそうとしていたテングトビの群れは、いつの間にか散り散りになってほとんど居なくなっていた。
屋根の上からすとんとタマキが降りてきた。
「あ~、たまに本気出すと疲れちゃうよ~。コユキちゃん、俺を癒してよ~。」
タマキが私に近づいてきた。
「止めろバカモノ!」
……ゴスッ!
ヨドの手刀がタマキの頭に命中する。
「痛ってぇ!バカ力。一応怪我もしてるんだから加減してよ~。」
「ヌマタならまだそこら辺にいるぞ。」
「げっ!いや、悪かったよ~。ただの冗談だよ~。」
私は呆然とその様子を眺めていた。
ふいに笑いが込み上げてくる。
「あははははは。」
お腹を抱えて笑ってしまった。
少し涙も出てきた。
後ろから誰かが近づいてきた。
振り向くとそこに居たのは天岳課長だった。
「課長ーーー!!」




