第一章 十四節 弁当と登山
私はねぐらのキッチンでお昼ごはんを準備していた。
買い置きの材料はそんなに無い。
だから、お昼ごはんも朝と同じものにした。
肉を薄く切り、野菜を刻んでいく。
肉は焼いて、野菜は炒める。
四枚のパンの上に焼いた薄切り肉、野菜炒め、しっかり焼いた目玉焼きを乗せ、最後にもう一枚パンを重ねて完成。
……うん、お弁当っぽく出来た。
そのうち二つを自分の鞄に、もう二つは別の袋に入れた。
もちろん、水の準備もする。
山登りは正直辛いけど、お弁当を持って出かけるのは、ピクニックに行くみたいで楽しみだった。
「ヨド、準備できたよ。」
「よし行くぞ。今からだと、夕方には帰ってくることが出来る。」
「わかった。けど、行く前に街道組合に寄ってくれない?」
「いいが、なんでだ?」
「なんでも!」
「わかった。とにかく出るぞ。」
しっかり身支度をしてねぐらを出る。
短剣もしっかり装備した。
街道組合に着くと、椅子に座って帳簿を眺めながら頭を抱えているマヤトと、その後ろに立っているカソミツが居た。
「マヤトさん、忙しそうな所すみません。」
声をかけると、帳簿をほったらかしてマヤトが嬉しそうにこちらへ駆けてきた。
後ろでカソミツが深々とため息をついた。
「二人ともまだノジ山に行ってなかったのか。」
「お弁当を作っていたので。それと、これをマヤトさんに渡したくて。」
持ってきた袋をテーブルの上に置いた。
「何を持ってきてくれたんだ。」
言いながらマヤトが袋を開けた。
まだほんのりと暖かい私が作った具入りのパンが姿を現した。
「おぉ、これは……。まさかワシの分も作ってきてくれたのか?」
嬉しそうにマヤトがごつい顔をほころばせた。
「はい、一つずつカソミツさんと食べてください。」
「え?私も良いのですか?」
カソミツが不意に驚いた。
「はい、いつもお世話になってるので。私の手作りなんてもので申し訳ないんですけど。」
「……いえ、手作りなんて素晴らしいです。ありがたく頂きます。」
カソミツが笑顔で一礼した。
「いやあ、コユキありがとな。ちょうど腹も減ってきたしさっそく食うか。」
「支部長、まだ在庫不一致の確認ちゅ……」
カソミツは言葉を止め、ごくりと唾をのんだ。
「わかりました。では、さっさと食事を済ませて仕事に戻ることにしましょうか。」
マヤトは「ぱああ」と嬉しそうな顔をすると、パンを手掴みにして齧り付いた。
「旨いぞこれ!」
モシャモシャ食べながらマヤトが言った。
「では、私も頂きましょう。」
マヤトとは違い、カソミツは上品な仕草でパンを口に運んで一口食べた。
……もぐ
「うにゃっ!美味しいにゃっ!」
マヤトとヨドと私の動きが止まった。
「……」
「……」
「……」
「……」
カソミツも慌てて自分の口を押さえたまま固まっていた。
カソミツの耳も立ったまま止まっていた。
「コホン……失礼いたしました。大変美味しゅうございます。」
カソミツは取り繕うように言い直した。
「カソミツ、お前そんな声出るんだな。」
マヤトが唖然としたまま言った。
「今のは忘れてください。」
……無理だと思う。
……カソミツさん、可愛かったな。
「いい加減そろそろ行くぞ。」
何事もなかったかのようにヨドが言った。
「あ、うん、そうだね。ではマヤトさん、カソミツさん行ってきます。」
「おう、気を付けて行ってきな。パンありがとうな。」
「素晴らしい物をありがとうございます。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
そうして、私とヨドは街道組合を後にした。
ヨスミシから出てすぐ裏手に山がある。
確かに物凄く高いという訳ではない。
あれがノジ山らしい。
山を見上げると憂鬱な気分になった。
「あれ登るんだよね?」
「そうだが?」
ヨドは当たり前のように言った。
憂鬱なため息が出た。
でも四の五の言ってても仕方がない。
一歩ずつ踏みしめて登って行くことにした。
三十分ほど歩いただろうか。
まったく整備されていない獣道のような坂をひたすら登っていた。
……はぁ
……ぜぃ
……足が重い。
……はぁ
……ぜぃ
……もう頂上に着いてもいいんじゃないかな。
ヨドが振り向いて私の顔を見た。
「そろそろ休憩が必要か?」
……今すぐ休みたい
……むしろ帰りたい
……でも頑張りたい
少しだけ考える。
「うん……」
「よし、休もう。」
道の横手にある岩に腰を掛けて休む。
水筒を取り出し少し喉を潤した。
ぷはぁと喉から空気を出した。
……チチチ
……ピューイ
鳥の鳴き声が聞こえる。
森の空気が少し気持ちいい。
目を閉じて耳を澄ませてみる。
ザワザワという森の音。
サラサラという川のせせらぎも聞こえる。
……こうしていると少し気持ちが落ち着くな。
五分ほどそのまま瞑想していた。
「そろそろ行くか。」
ヨドのその声で目を開けた。
「うん。行こう。」
そう言って立ち上がった。
再び足を一歩一歩踏みしめて登って行った。
そこから四十分ほど歩くと少し景色が開けてきた。
空気が変わった。
開けたその場所の中央辺りに大木が一本立っていた。
……もしかして着いた?
ヨドはその大木に向かって歩いていった。
そして私の方に振り向いた。
「コユキ、着いたぞ。お疲れさん。」
私は黙って頷いた。
「見てみろこの景色。」
ヨドに言われて振り向いた。
周りの風景に目を奪われた。
澄んだ青い空に浮かぶ雲。
周りの木々に包まれた空間。
そして、見下ろすとヨスミシの岩山が見えた。
……こんな所まで登って来たんだ。
「すごく綺麗……」
思わず声が出た。
「いいだろうここ?」
ヨドが自慢げに言った。
「うん、ものすごくいい!」
ここの景色に心を打たれ、感動しながら答えた。
「少し考え事がしたい時、散歩がてらここに来るんだ。」
……私はすごくしんどかったのに、散歩がてらかい!
「ま、メシでも食いながら休憩しようか。」
ヨドは穏やかな表情でそう言って地面に座った。
私は思わずヨドの横顔に見とれてしまった。
……こうして見ると、ヨドって本当に美人だなぁ
私も座って、鞄からパンを取り出し、一つをヨドに手渡した。
「ありがとな。」
ヨドがそう言ってパンを受け取った。
二人でパンを食べながら、美しい景色と自然の音を楽しんだ。




