三十五話 三十一日目ーー島を離れる朝
三十一日目の朝。
まだ日が昇りきらない頃だった。
波の音に混じって、聞き慣れない低い音が遠くから聞こえてくる。
最初は風の音かと思った。
しかし、その音は次第に大きくなり、空気を震わせる。
「……ヘリ?」
私は空を見上げた。
水平線の向こうから、一機のヘリコプターがこちらへ近づいてくる。
胸の鼓動が速くなる。
「来ちゃった……」
夢じゃない。
本当に迎えが来たんだ。
私は浜辺へ駆け出し、大きく両手を振った。
ヘリは島の上空でゆっくりと旋回し、安全を確認すると砂浜へ降下してくる。
巻き上がる砂と風に目を細めながら、その姿を見つめた。
三十日間、待ち続けた瞬間だった。
ヘリの扉が開き、スタッフが駆け寄ってくる。
「お疲れさまでした」
その一言を聞いた瞬間、張り詰めていたものがふっとほどけた。
「……終わったんですね」
「はい、終了です」
私は島を振り返る。
流木で作った小屋。
毎日火を絶やさなかった焚き火の跡。
魚を獲った海。
水を集めた場所。
どれも昨日までの日常だった。
「ありがとう」
誰に聞かせるでもなく、小さくつぶやく。
そしてヘリへ乗り込んだ。
機体がゆっくりと浮かび上がる。
窓の外で、島が少しずつ小さくなっていく。
胸が熱くなった。
もう戻ることはない景色。
そう思うと、不思議と涙がこぼれた。
しばらく飛んだあと、ヘリは別の島に降りた。
そこから、一人の男性が乗り移ってきた。
日に焼けた肌。
無精ひげ。
細いながらも引き締まった体。
その目には確かな力が宿っていた。
彼もまた、生き抜いた一人だった。
一瞬だけ視線が合う。
「……。」
「……。」
言葉は出ない。
互いに三十日間の重みを知っているからこそ、簡単には話せなかった。
やがて彼が、小さく笑った。
「生きててよかったです」
私も思わず笑みを返す。
「そっちも」
その二言だけで十分だった。
どんな苦労をしたのか。
どれほど孤独だったのか。
説明はいらない。
生き残った者同士だから分かるものがあった。
窓の外には、いくつもの小さな島が点々と浮かんでいる。
あのどこかで、他の参加者も生きるために生活し、志半ばで脱落していったのだろう。
私はもう一度、自分がいた島へ目を向けた。
遠ざかるその姿は、やがて海と空の境目に溶けて見えなくなる。
胸に残ったのは、達成感と安堵。
そして、少しだけ寂しさだった。
こうして、私の三十日間に及ぶ無人島生活は幕を閉じた。
でも、この三十日間はきっと、これからの人生の始まりになる。
そんな気がした。




