エピローグーー三十日間の、その先へ
救助されてからその後。
救助された海と、最後の生存者である一人の男性は、それぞれ病院で精密検査を受けた。
幸い大きな異常はなく、医師から健康状態に問題はないと告げられる。
ようやく、本当に終わったのだと実感した。
検査が終わると、主催者代表が二人の前に立った。
「三十日間、本当にお疲れさまでした」
深々と頭を下げる代表に、海も男性も自然と頭を下げ返した。
「お二人とも、本当によく生き抜いてくださいました」
「開催者として、とても、楽しく拝見しましたよ」
その後、約束されていた賞金が授与される。
といっても現金が置かれているわけではなく、見たこともない金額が書かれた小切手を渡されたのみだった。
「(実感が湧かない…)」
代表は笑顔で尋ねた。
「賞金の使い道は、もう決まっていますか?」
海は少し考えてから首を横に振る。
「まだ決めていません」
「せっかく命がけで手にした賞金なので、急いで使うんじゃなくて、ゆっくり考えたいと思います」
代表は満足そうに頷いた。
「それがいいでしょう」
「最後に、なぜこのようなイベントを開催されたのか伺っても…?」
「私自身、サバイバルが好きだから、それだけです。」
流石は大企業の代表…ということで無理やり納得した。
その日、海は初めて最後まで生き残った男性の名前を知る。
吉田達也。
互いに笑顔で挨拶を交わし、別れ際に連絡先を交換した。
「今度お互いの話をしませんか。三十日間どうやって生き延びたのか」
「ぜひ」
それが、二人の新しい縁の始まりだった。
◇
数日後。
海は出版社へ復帰した。
「おかえり!」
同僚たちはいつもと変わらない笑顔で迎えてくれる。
しばらく休んでいたことになっていた海は、権田から事情を聞かされる。
「社内外には、海外出張に行っていたことになってるから」
「え?」
「突然一か月もいなくなるなんて説明できないだろ?」
思わず笑ってしまった。
知らない間に、自分は海外へ行っていたことになっていたらしい。
パソコンに向かい、原稿を読み、編集者としての日常が戻ってくる。
何気ない毎日。
以前なら当たり前だったその時間が、今はとても愛おしかった。
◇
その後も海と達也は連絡を取り合っていた。
話してみると、達也も以前からキャンプが趣味だった。
休日になると二人でキャンプへ出掛け、焚き火を囲みながら三十日間の出来事を少しずつ語り合う。
同じ経験をした者同士だからこそ、言葉にしなくても分かり合える時間だった。
◇
数か月後。
キャンプの帰り道。
海が静かに口を開く。
「賞金の使い道、決めた」
達也が運転しながら微笑む。
「聞かせて」
「三十日間で学んだことを、私たちだけの思い出で終わらせたくない」
「自然の楽しさも怖さも、生きる知恵も、誰かに伝えたい」
達也は少し笑って答えた。
「海らしいな。俺もその夢に一枚かんでいいかな」
「もちろん!」
その日から二人は動き始めた。
賞金で山を購入し、何年もの歳月をかけてキャンプ場を作り上げていった。
◇
数年後。
山には子どもたちの元気な声が響いている。
「海先生!火がついた!」
「達也先生!見て!魚が焼けたよ!」
二人はキャンプインストラクターとして、子どもたちに自然の楽しさと、生きる知恵を教えていた。
焚き火を囲んでいると、一人の子どもが手を挙げる。
「海先生と達也先生って、どうしてそんなにキャンプに詳しいの?」
海と達也は顔を見合わせ、思わず笑う。
海が答えた。
「昔ね、先生たちは、人が誰もいない場所で三十日間生活したことがあるの。」
子どもたちは目を丸くしたあと、一斉に笑い出す。
「えー!絶対うそ!」
「そんなことできるわけないよ!」
達也は苦笑いを浮かべる。
「やっぱり信じてもらえないな」
「まあ、そのくらいでいいのかもね」
海は子どもたちの笑顔を見つめながら、穏やかに微笑んだ。
あの三十日間は、人生で一番過酷な時間だった。
でも、あの経験があったからこそ、今こうして誰かに自然の素晴らしさを伝えられている。
山に響く笑い声を聞きながら、海は空を見上げる。
あの三十日間は、私から多くのものを奪った。
だけど、それ以上に、かけがえのない未来を与えてくれた。
その未来をこれからも生きていく。




