十八話 十三日目ーー新たな罠を
朝。
目が覚める。
――静かだ。
反射的に腕を見る。
赤い虫刺されはある。
けれど、昨夜より明らかに少ない。
「……勝った?」
思わず小さく笑う。
昨夜試した燻煙は、確かに効果があった。
葉の青臭い匂いは残るものの、眠りの質はまるで違う。
途中で何度も目を覚ますこともなかった。
眠れる。
それだけで、身体も頭も軽い。
◇
午前中は、蟻対策だ。
以前どこかで聞いたことがある。
柑橘類の皮を嫌う虫がいる、と。
「沖縄なら、あれがあるかも……」
柑橘類の葉は独特だ。
見分けやすい。
森へ入る。
一時間ほど歩いた。
目的のものは見つからなかった。
けれど、思わぬ収穫があった。
「あっ……!」
青パパイヤ。
さらに少し奥には、小さなバナナの群生。
「拠点からもそんなに遠くないし、最高か!」
思わず笑みがこぼれる。
熟したものはまだ少ないが、食べられそうな実もある。
炭水化物を補給できるのは大きい。
沖縄、ありがとう。
目的のものはまだ見つからない。
それでも、手ぶらでは終わらない。
それだけで足取りが軽くなった。
さらに二時間ほど歩いた頃だった。
「……あった」
低い枝先に、小さな緑色の実。
手のひらより少し小さい。
「シークヮーサー……かな?」
断言はできない。
でも、それらしい。
実をひとつもぎ取り、皮を爪で裂く。
弾けるように酸っぱい香りが鼻を抜けた。
「……これだ」
三つほど収穫し、拠点へ戻る。
「方向音痴じゃなくて本当によかった……」
歩いた場所が分かるよう、要所の木にはナイフで小さな印を付けてある。
だから迷わない。
拠点へ戻ると、皮を周囲の木や石へこすり付けた。
しばらく様子を見る。
蟻の列が途中で止まる。
向きを変え、回り込む。
「嫌がってる……よね?」
劇的ではない。
でも、確かに効果はありそうだった。
残った皮は乾かして保存する。
しばらくは使えるだろう。
森は厳しい。
でも、探せばちゃんと応えてくれる。
◇
午後。
火の前に座る。
ふと見上げると、小鳥が枝に止まっていた。
「鶏肉……」
口から本音が漏れる。
身体が肉を求めている。
魚や貝も悪くない。
でも、陸のタンパク質が欲しい。
「よし」
今日は、森で初めての罠を作る。
海岸で平たい石を拾う。
重く、安定したものを選ぶ。
地面へ置き、枝を支柱代わりに組む。
餌は木の実を砕いたもの。
落石式の罠。
単純だ。
でも、単純だからこそ壊れにくい。
「原始的だなぁ……」
苦笑しながらも、手は止まらない。
一つ目は木の根元。
二つ目は低木の影。
三つ目は獣道の近く。
数で勝負する。
設置している最中だった。
視界の端で、白いものが動く。
海は顔を上げた。
三十メートルほど先。
白いヤギが立っている。
こちらを見ていた。
逃げない。
ただ、じっと観察している。
「……やっぱり、おまえか」
四日目に見つけた足跡。
夜に感じていた気配。
全部つながった。
風が止む。
森が静まり返る。
しばらく見つめ合ったあと、ヤギはゆっくり向きを変え、木々の奥へ姿を消した。
海は追わなかった。
今はまだ無理だ。
ナイフ一本では仕留められない。
追えば、こちらが怪我をする。
焦る必要はない。
でも――。
「あれは、いつか食べる」
静かにそう呟いた。
拠点へ戻る。
煙が細く立ち上る。
シークヮーサーの爽やかな香りが風に混じる。
晩ご飯は、午前中に見つけたバナナを二本。
「……甘い」
久しぶりの濃い糖分に、身体が素直に喜んでいるのが分かった。
火を見つめながら、海は森の奥へ目を向ける。
鳥。
ヤギ。
この島には、まだ知らない命がいる。
十三日目。
守る術を覚えた。
そして今度は、生きるために奪う術を学び始めた。




