十四話 九日目――新たな拠点
朝。
焚き火の熾を整えながら、海は腕を組んだ。
炎は安定している。
炭も十分に残っている。
ここでなら、もう迷わず火を維持できる。
「……うん」
周囲を見渡す。
寝床。
焚き火。
食料を置く場所。
九日かけて作り上げた拠点だ。
最初は雨風をしのぐだけの場所だった。
それが今では、ちゃんと”帰ってくる場所”になっている。
「でも――」
海は海岸へ視線を向けた。
白い砂浜。
穏やかな波。
潮だまり。
漂流物。
生活するには便利だ。
魚も採れる。
貝も採れる。
「……三十日なんだよね」
ぽつりと呟く。
まだ九日目。
三分の一にも届いていない。
今は天気も穏やかだ。
けれど、多分ここは沖縄近海の無人島。
「沖縄といえば……台風」
毎年のようにニュースで見る。
猛烈な暴風。
横殴りの雨。
今の屋根では、一晩も耐えられない気がした。
「せっかくここまで作ったのに、全部飛ばされたら泣くなぁ……」
少し考え、そして頷く。
「……引っ越そう」
誰に言うでもない宣言だった。
◇
向かう先は、四日目の探索で見つけた岩場の窪み。
島の中央寄りにある天然のシェルターだ。
高さは百六十センチほど。
幅と奥行きは二メートルほどあり、一人で暮らすには十分な広さがある。
高台にあるため高潮の心配も少ない。
湧き水までも歩いて行ける距離。
そして何より――
「風を防げる」
岩壁が三方向を囲んでいる。
台風が来ても、この場所なら耐えられる可能性が高い。
もちろん窪みの中で火は焚かない。
煙がこもれば、一酸化炭素中毒になる危険がある。
だから寝る場所は岩陰。
焚き火は外。
役割を分ける。
それが一番安全だ。
◇
海は、これまで暮らしてきた拠点へ戻る。
完成したばかりの屋根を見上げた。
「ありがとね」
自然とそんな言葉が漏れる。
ここがあったから、一週間生きられた。
ヤシの葉を外す。
蔓をほどく。
骨組みを崩す。
一つひとつ丁寧に解体していく。
使える材料はすべて再利用する。
新しく集めるより、その方が体力を使わない。
サバイバルでは、体力も資源なのだ。
◇
新しい拠点へ運び込む。
まずは地面の整地。
転がる石をどけ、木の枝を並べ、葉を厚く敷く。
前よりも広い。
寝床だけでなく、作業スペースも作りたい。
森が近いため湿度は高い。
少し動くだけで汗が噴き出す。
「暑い……」
額を拭きながら、それでも手は止めない。
最後の拠点になるかもしれない。
だから妥協はしたくなかった。
◇
外では骨組みを組み始める。
Y字の枝を四本立て、拾っておいた横木を渡す。
蔓を裂き、一本一本しっかり結ぶ。
ロープはない。
だから自然の素材だけで組み上げる。
「文明ゼロ」
思わず笑う。
「でも、意外と何とかなるもんだね」
結び終え、一歩下がる。
まだ屋根はない。
柱だけの骨組み。
それでも。
「……前よりちゃんとしてる」
海岸の拠点よりも高さがある。
風も抜ける。
作業もしやすそうだ。
「成長してるなぁ、私」
誰も褒めてくれない。
だから自分で褒める。
それくらいは許されてもいい。
◇
日は傾き始めていた。
今日はまだ完成しない。
無理をして暗くなれば怪我をする。
最初の拠点には火も残してある。
今夜も眠れるだけの準備は整えてある。
焦らない。
急がない。
サバイバルは、一日で完成させるものじゃない。
少しずつ積み重ねるものだ。
森の中で深く息を吸う。
湿った土の匂い。
木々の葉擦れ。
波音は遠くなった。
ここが、次の”家”になる。
九日目。
海は、生き延びるための術だけでなく、
未来に備える術を覚え始めていた。




