第二十五話:凍れる牙
ハワイ沖の公開合同模擬演習において、アメリカ、イギリス、オーストラリアの連合艦隊を文字通り赤子のように一蹴し、地球上すべての国家に「質の絶望」を植え付けた新・大日本連邦海軍。しかし、西側諸国がその圧倒的な神話の前に戦意を喪失しつつある中、ただ一国、日本の爆発的な資源大国化と巨大化を「自国の生存を脅かす最大の危機」として狂気的な決断を下した巨頭がいた。北方の大国、ロシア連邦である。彼らは、かつて自国が覇権を誇ったオホーツク海、そして日本海北部という「絶対的防衛権益」の喉元に、韓国を合併した日本連邦の巨大な最前線が突き立てられたことに底知れない危機感を覚えていた。海中での大鯨型潜水艦の威容を知るロシア海軍は、あえて潜水艦戦を避け、自国が誇る重装甲・大火力の超巨大水上打撃艦を中核とした「全水上戦力」をウラジオストクおよびペトロパブロフスクから総出撃させたのだ。「――ロシア海軍、太平洋艦隊の全水上戦闘艦、計四十隻がサハリン沖から南下中。目標は旧韓国領の東岸、および我が国の能登半島沖。完全に水上艦同士の真っ向勝負を挑む布陣です」総旗艦『やまと』の第一艦橋。航海長の佐藤宏が、日本海北部を真っ赤に染め上げる無数の敵艦影をホログラムディスプレイに映し出し、鋭い声を上げた。敵の総旗艦は、近代化改修を施された世界最大のミサイル巡洋艦、旧キーロフ級『アドミラル・ナヒーモフ』。さらに、最新鋭の極超音速対艦ミサイル『ツィルコン』を満載したアドミラル・ゴルシコフ級フリゲートなど、重厚なソ連海軍の思想を受け継いだ「動くミサイル要塞」の群れであった。「フン、潜水艦を引っ込めて、大火力の水上艦で力押しにくるか。ロシアらしい豪快な戦術だな」呉基地の総司令部からデータリンクで繋がる吉田京海軍少将が、冷徹な笑みを浮かべる。「新海総司令官、いかがされますか? 『やまと』型三戦艦、あるいはもがみ型四隻を日本海へ急行させますか?」艦長席からゆっくりと立ち上がった総司令官・新海努大佐の眼鏡の奥の瞳には、筋金入りのミリタリーオタクとしての「狂気的なまでの歓喜」が、これまでにないボルテージで燃え盛っていた。新海はジーンズのポケットに手を突っ込み、ホログラムに映るロシアの巨大巡洋艦を見つめて不敵に笑った。「いいえ、吉田少将。キーロフ級のあの無骨な重装甲シルエットは軍事マニアとして実に美しいが……時代遅れだ。我が連邦海軍には、彼ら北の巨頭を真っ正面から叩き潰すために、極秘裏に三菱重工で建造を終えた『新しい兄弟たち』がいます。……今こそ、彼らの初陣だ」新海は軍用端末の画面をスワイプし、呉の最深部にある、これまで一度も開かれたことのない超極秘ドックのハッチを遠隔解放した。「新世代一等装甲巡洋艦、四隻の『金剛』型姉妹――一番艦『こんごう』、二番艦『ひえい』、三番艦『はるな』、四番艦『きりしま』。……全艦、オールオンライン! 出撃せよ!」次の瞬間、呉の地下ドックから、凄まじい波飛沫とともに「人類の軍事常識を完全に破壊する四隻の超巨大水上艦」がその姿を現した。それこそが、かつて日露戦争や太平洋戦争で激闘を繰り広げた伝説の高速戦艦の名を受け継いだ、最新鋭ハイブリッド巡洋艦『金剛型姉妹』であった。船体全長二百五十メートル。最大の特徴は、もがみ型の航空戦艦構造とは全く異なり、純粋な水上打撃戦(対艦戦闘)に特化された【全方位重装甲・超高速巡洋戦艦】である点だ。船体の前部・後部には、大和型の技術をさらに小型・高出力化させた「三十六センチ三連装電磁加速砲」を合計四基、十二門搭載。さらに、艦体側面すべてに、敵の極超音速ミサイルの直撃すら無傷で弾き返す「新素材チタン・セラミック超重複合装甲」を纏い、常温核融合炉の莫大な推進力によって、四十ノット以上の超高速で海原を疾走する。まさに「動く鉄壁の矛」であった。「金剛型四姉妹、データリンク『アマノハラ』接続完了。日本海へ向けて最大戦速で進発します!」「よし、一番艦『こんごう』を先頭に単縦陣を形成。ロシア海軍の誇る重ミサイル巡洋艦群の射程内へと、真っ正面から突っ込め!」新海の冷徹かつ大胆不敵な命令が、四隻の姉妹艦へと下された。極寒の日本海北部。波濤を蹴立てて激突する、ロシア海軍のミサイル要塞艦隊と、日本海軍が誇る新兵器・金剛型四姉妹。海の上で火花を散らす、真っ向勝負の水上大決戦の幕が、今まさに上がろうとしていた。




