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第十一話 ミリハラ少将とマニアの休日

「――ここで臨時ニュースをお伝えします。先日、東シナ海の尖閣諸島周辺海域において、新生日本海軍・第一機動艦隊と中国海軍との間で大規模な武力衝突が発生しました」日本の各テレビ局が一斉に通常の番組を中断し、画面には【東シナ海で激突・中国艦隊が全滅】という鮮烈な赤文字の速報テロップが躍った。スタジオのアナウンサーは、手渡されたばかりの原稿を震える手で押さえ、興奮と戦慄の入り混じった声音で次々と入ってくる戦況を読み上げていく。「防衛省の発表によれば、中国海軍が誇る最新鋭空母『福建』を中心とした3個空母打撃群、総数60隻以上の大艦隊に対し、日本海軍は近代化改修を施した戦艦『やまと』を含むわずか13隻で迎撃。日本側は国内で極秘裏に製造・近代化改修された特殊大型トマホークを一斉発射し、敵総旗艦『福建』を含む全空母、随伴艦艇をわずか数分の間に完全に消滅させたとのことです。東シナ海に展開していた中国海軍艦隊は、事実上の『全滅』とみられます――」画面には、宇宙の軍事衛星が捉えた驚愕の映像が映し出されていた。戦術核トマホークの超高熱によってドロドロに溶け落ち、激しい閃光とともに真っ二つに割れて海へと沈んでいく『福建』の無惨な姿が、日本の、そして全世界のテレビ画面に晒されていた。日本国内のSNSや街頭ビジョンは、この戦後最大のパラダイムシフトに大パニックと狂喜乱舞が入り混じるお祭り騒ぎとなっていた。日本が国内で極秘製造した超大型爆撃機『B―52J』二機による超音速ミサイルの猛火、そして海中から退路を断った完全無音の新型原子力潜水艦『大鯨型』五隻の存在。それら全てが、新生日本海軍の圧倒的な「質の絶望」を証明していた。東シナ海で炸裂した戦術核トマホークの炎は、中国海軍の三個空母打撃群を細胞一つ残さず蒸発させた。アジアの覇権バランスを一夜にしてひっくり返した第一機動艦隊であったが、新海努総司令官の命令により、次なる全面大戦に備えて艦隊は一度呉基地へと帰還の途についていた。戦艦『やまと』をはじめとする主力艦艇が地下ドックへと格納され、完全なメンテナンスに入る中、総司令官である新海には二週間の「完全義務休暇」が言い渡された。「新海大佐、本当にどこにも出かけないのですか? 防衛省の特権で、リゾート地でも高級ホテルでもどこでも貸し切りにできますが」呉基地の司令部執務室で、吉田京海軍少将が呆れたように書類から目を上げた。「結構ですよ、吉田少将。私にとっての最大のリゾートは、この呉の街そのものですから」新海は支給されたばかりの深い紺色の海軍大佐の軍服を丁寧にクローゼットへと仕舞い込み、履き古したジーンズと、胸元に『防衛機密』とパロディでプリントされた私服のTシャツに着替えた。実は、新海努という男は、自衛隊界隈でも知る人ぞ知る、筋金入りの「重度なミリタリーオタク(軍事マニア)」であった。海上保安庁の巡視船『ゆうじま』の艦長を務めていた頃から、彼の自室は古今東西の艦艇のプラモデルや、軍事専門誌、そして一九四五年当時の連合艦隊の配置図などで埋め尽くされていた。そんな男が、世界最強の富と『やまと』『むさし』、そして多段式空母に大鯨型潜水艦という、男のロマンを全て具現化したような無敵の艦隊の総司令官に任命されたのだ。この二週間の休暇は、彼にとって「合法的に軍事の聖地を巡礼できる天国」に他ならなかった。休暇の初日、新海が向かったのは、呉市内に佇む大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)だった。「……素晴らしい。やはり、十分の一サイズとはいえ、当時の設計思想がこの美しい船体に凝縮されている」一般客に紛れ、眼鏡を指で押し上げながら、展示されている大和の模型を食い入るように見つめる新海。周囲の観光客は、この男が数日前、本物の『やまと』の艦長席に座り、マッハ七の電磁加速主砲レールガンで中国海軍の最新鋭駆逐艦を一撃で消滅させた張本人だとは、夢にも思っていない。新海は脳内で、ミュージアムの模型と、自分が操舵した近代化改修型『やまと』の構造を精緻に比較していた。(当時の大和型は、全長の三割近くを占める巨体に四十六センチ砲三基を収めていたが、我が第一機動艦隊の『やまと』は常温核融合炉のおかげで機関部が大幅に小型化されている。その余剰スペースすべてにトマホーク用のVLSを敷き詰められたのは、まさに重工業技術の勝利だな……)ブツブツと専門用語を呟きながらスケッチブックにメモを取る姿は、完全に怪しいマニアそのものであった。休暇の中盤には、海上保安庁時代からの同僚であり、現在はやまとの航海長を務める佐藤宏を無理やり連れ出し、さらには三菱重工の極秘兵器開発チームの技術者たちを半ば強制的に居酒屋へ呼び出した。そして一晩中「ミリタリーハラスメント(ミリハラ)」紛いの熱弁を振るい続けた。「いいですか、みなさん。もがみ型の一等航空戦艦四隻の設計は本当に天才的だ。右半分に五十一センチ連装電磁加速砲を配置し、左半分にアングルド・デッキの空母セクションを融合させる……。これぞまさに、一九四三年に伊勢型戦艦が航空戦艦へと改装された際の『近代における完全なる究極系』ですよ! だがね、一つだけ言わせてほしい。左舷のカタパルトの電磁チャージ速度があと〇・八秒縮まれば、F―35Bの同時射出効率が理論上十二%向上するはずだ。三菱の技術力ならやれますよね!?」「おい新海、もう勘弁してくれ……。せっかくの休暇なんだから少しは頭を休めろよ。技術者のみなさんも困惑してるぞ」同僚の佐藤宏が苦笑しながらジョッキを掲げ、新海のミリハラを止めようと割って入る。「佐藤、お前は分かっていない! 休暇だからこそ、次なる海戦のシミュレーションに没頭できるんじゃないか!」「はいはい、総司令官殿のおっしゃる通り。でもな、俺たちが二週間休んでいる間も、尖閣周辺を守ってる『くまの』ともがみ型四隻のデータリンクの同期だけは、俺が毎日チェックしてるから安心しろよ」呆れ顔の佐藤だったが、その言葉には同僚としての深い信頼と、抜かりないプロの意識が宿っていた。冷や汗を流す技術者たちを尻目に、新海と佐藤は付き合いの長い悪友のようにジョッキのビールを煽り、二週間後の任務について熱く語り明かした。そして、休暇の最終日。新海は呉の小高い丘の上から、地下ドックへと続く瀬戸内海の穏やかな海原を見下ろしていた。手には、昨日自分で組み立てたばかりの、黒く塗装された大鯨型潜水艦の小さな模型が握られている。「二週間、世界は嵐の前の静けさだな。アメリカもロシアも、我が国の資源と超技術を前にして動くに動けないでいる。……だが、中国がこのまま引き下がるとは思えない。尖閣周辺の『くまの』ともがみ型四隻のデータリンクに異常はないか?」新海が私服のポケットから軍用端末アマノハラ・モバイルを取り出し、前線の状況を確認しようとした、まさにその瞬間だった。端末の画面が一斉に赤く明滅し、尖閣諸島周辺から緊急の暗号警報が作戦ネットワーク全体へと駆け巡った。新海は眼鏡の奥の瞳を、オタクの興奮から「冷徹な指揮官」のそれへと一瞬で切り替えた。手の中の潜水艦の模型をそっとポケットに収めると、彼は丘を駆け下り、待機させていた海軍の専用車へと飛び乗った。「私の休暇は、今終わった。……もがみ型四隻のハイブリッドな実戦、じっくりと見せてもらうぞ」

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