第十話 憤慨する国家主席
「全滅、だと……?」中国本土、北京の奥深くに構えられた最高指導部の作戦指令室。その中央で、国家主席の習近平は怒りを通り越した、地を這うような低い声を発した。東シナ海に送り込まれたのは、中国海軍の至宝たる最新鋭空母『福建』『山東』『遼寧』を中心とした三個空母打撃群、総数六十隻以上の大艦隊だ。それがわずか数時間の間にレーダーから完全に消失した。入ってきた一報は、まさにその言葉の通り。指示通りの全滅。そして今、命からがら本土へと逃げ延びた数少ない生存者からの、信じがたい戦闘詳細の記録が報告されようとしていた。「は、はい……。脱出カプセルおよび大破したフリゲートから救出された兵士たちの証言、そして沈没直前まで自動送信されていた暗号データの解析が完了いたしました」冷気すら漂う作戦室で、海軍最高幹部が全身から冷や汗を流しながらタブレットを震える手で操作する。壁面の巨大モニターに、東シナ海で起きた「地獄」の全貌が映し出された。「まず、我が方の防空の要であった〇五五型駆逐艦ですが……日本側の航空母艦『そうりゅう』から発艦した、完全なる日本製の超大型爆撃機『B―52J』二機による超音速ミサイルの豪雨を受け、反撃の暇もなく一瞬で一掃されました」「馬鹿なッ! 空母から日本製のB―52だと!? そんな運用の常識があるか!」最高幹部の一人が机を叩いて叫ぶが、報告は止マラない。「さらに……残された総旗艦『福建』に対し、日本海軍の戦艦『やまと』『むさし』『あまてらす』の三隻から、二回りも巨大化された近代化改修型トマホーク百発以上による一斉飽和攻撃が行われました。そのすべてに……『戦術核弾頭』が搭載されていた模様です」「核だと……!?」その言葉が出た瞬間、作戦室の空気が完全に凍りついた。「生存者の証言によれば、海面に複数の『純白の太陽』が出現し、数百万度の超高熱と圧倒的な衝撃波によって、『福建』をはじめとする全空母が一瞬で融解、爆沈したとのことです。さらに海中からは、完全無音の新型原子力潜水艦『大鯨型』五隻による魚雷攻撃を受け、退路すら完全に断たれていたと……。我が方の三個空母打撃群は、文字通り『一瞬で蒸発』させられたのです」モニターには、核爆発の超高熱によってドロドロに溶け落ち、真っ二つに割れて海へと沈んでいく『福建』の悲惨なホログラムデータが鮮明に流されていた。ドォン!!!凄まじい衝撃音が作戦室に轟いた。習近平が、目の前の頑強な大理石の会議机を、顔を真っ赤に怒らせて全力で殴りつけたのだ。灰皿や高級な茶器が激しく床に落ちて粉々に砕け散る。「ふざけるなァァァッ!!!」国家主席の口から、理性を完全に失った怒号が響き渡った。その表情は激しい怒りと屈辱で般若のように歪み、首の血管がちぎれんばかりに浮き出ている。「我が国が国家の威信をかけて建造した『福建』が! 我が海軍の誇る精鋭大艦隊が! たった十三隻の日本のハリボテどもに、一発の反撃もできずに全滅したというのか! しかも核を、それも日本製の超大型爆撃機まで使いおって! 生意気な島国風情が、この私を、我が偉大なる中華をここまでコケにしおってぇぇッ!!」習近平は怒狂った猛獣のように、手当たりの次第に周囲の書類や端末を掴んでは壁へと投げつけ、粉砕していった。最高幹部たちは息を殺し、ただ床に伏せてその怒りが過ぎ去るのを待つことしかできない。「許さん……絶対に許さんぞ日本め! すぐに全軍に告げよ! 弾道ミサイル軍、潜水艦隊、全戦力を再集結させろ! 国際世論など知るか! 我が国の総力を挙げて、あの傲慢な戦艦『やまと』を、日本という国ごと地球上から完全に消し去ってやるのだ!!」三個空母打撃群を失った中国の最高権力者が、狂気と怨念を孕んだ目で、モニターに映る黒き戦艦『やまと』の姿を睨みつけていた。アメリカやロシアが動くよりも早く、アジアの巨頭による、理性を失った本当の報復戦の火蓋が切られようとしていた。
習近平の怒号が響き渡った指導部の一室に、一人の幹部がおずおずと進み出た。「主席、理性を失って全面核戦争に突入すれば、我が国も焦土と化します。まずは奴らの『喉元』を締め上げ、出方を伺う小規模な局地戦を仕掛けるべきです」「……喉元だと?」習近平は荒い息を吐きながら、血走った目で幹部を睨み据えた。「はい。日本が東シナ海で手に入れたレアアース採掘基地――その補給線を遮断するため、尖閣諸島周辺の極秘海域に、我が軍の最新鋭・無音ディーゼル潜水艦『039A型(ユアン級)』二隻をすでに配置しております。奴らの油断を誘い、大和型を護衛する水雷戦隊をピンポイントで奇襲。日本海軍の戦闘継続能力を削ぎ落とすのです」習近平はふん、と鼻を鳴らし、大理石の机に深く腰掛けた。「よかろう。大規模なミサイル戦はまだ先だ。まずはその局地戦で、日本どもに冷や水を浴びせてやれ」




