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蒼月のレゾナンス ~最弱の調律士は運命を選び直す~  作者: なるかめ
第1章 運命に従う者

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第1話 最底辺の調律士

人は、生まれながらに平等だと教えられる。

けれど、この世界では、その言葉は少しだけ違う。

生まれながらに持つ“波”は測られ、数字に置き換えられ、階級として刻まれる。

それが正しいと、誰もが信じている。

疑う者はいない。疑う理由もない。

価値は、数値で示される。

強さは、ランクで示される。


では―― 役に立たないと判断された者に、価値はあるのだろうか。 

これは、最底辺の調律士の物語。

選ばれなかった者が、初めて“選ぶ”までの物語。

 人は、数字で値札を付けられる。


 それを最初に教わったのは、

 たぶん、物心がつく前だ。


 能力測定の日。


 白い石床が広がる大広間。

 その中央に、《測定環》が据えられている。


 金属の輪と、水晶柱が組み合わさった装置。

 淡い光が脈のように明滅し、静かに呼吸しているようだった。


 あの前に立つと、胸の奥が冷える。


 逃げたくなる。


 だが逃げれば、

 「逃げた」という別の数字が刻まれるだけだ。


「次。水月蒼真」


 測定官が無機質に名前を呼んだ。


 視線が、一斉に集まる。


 好奇心。

 軽蔑。

 そして、わずかな哀れみ。


 蒼真は一歩、前に出る。


 制服の袖口には、灰色の腕章。


 ランク未確定者の印。


 蒼真は測定環の中央に立ち、

 水晶板へと掌を載せた。


 冷たい。


 骨の奥まで染みるような感触。


 光が走る。


 水晶柱が一斉に輝いた。


 測定官が淡々と告げる。


「総合ランク、D」


 ざわり、と空気が揺れた。


 驚きではない。


 確認のざわめき。


「またDかよ」と後方の生徒が笑った。


「支援系は後ろで祈ってろって話だ」と別の声が続く。


「前線資格なし、だな」


 蒼真は、うつむかない。


 数字は変わらない。


 それに、自分で自分を哀れむのが一番みじめだと、

 もう知っている。


 測定官が続ける。


「補助区画配属。前線実技、免除」


 免除。


 聞こえはいいが、実質は排除だった。


 蒼真の腕章が淡く光り、

 灰色に固定される。


 D。


 それが、蒼真の値札だった。


「次、神代恒一」


 空気が変わる。


 背筋を伸ばした少年が前へ出る。


 神代恒一。


 中央育ち。

 努力でAに届いたと自負する男。


 測定環が強く輝く。


「総合ランク、A」


 周囲が息をのんだ。


 恒一はゆっくりと振り返り、蒼真を見る。


「やっぱりな」と恒一は言った。


 低い声だったが、はっきりと届く距離。


「才能がないなら努力しろ。努力もしないなら、後ろにいろ。戦場じゃ邪魔だ」


 正論だった。


 だからこそ、刺さる。


 蒼真は何も言わない。


 言い返しても、数字は変わらない。


 


 解散後。


 蒼真の肩が、軽く叩かれた。


「よ、蒼真」と草薙透真が声をかける。


 唯一、蒼真を対等に呼ぶ男。


「気にすんな。ランクなんて目安だろ?」と透真は笑った。


 蒼真は自分の腕章を見る。


「目安が人生を決める世界だよ」と蒼真は静かに言った。


 透真は一瞬だけ言葉を失う。


 そして、ゆっくりと言った。


「でも、お前の価値がDなわけねえだろ」


 優しい言葉は、ときに痛い。


 蒼真は笑ってみせる。


「正しい評価だよ。俺は、前に出れる人間じゃない」


 透真の表情が曇る。


 だが、それ以上は踏み込まない。


 それが、透真の距離感だった。


 


 食堂。


 配置は露骨だった。


 A以上は窓際。


 一般は中央。


 補助区画は端。


 蒼真と透真は、端の席に腰を下ろす。


 そのとき。


 影が落ちた。


「ここ、空いてる?」と少女が言った。


 顔を上げる。


 火乃宮凛。


 赤茶の髪。

 まっすぐな目。


 周囲が自然に距離を取る存在感。


「あなた、さっきのDでしょ」と凛は言った。


「……そうだけど」と蒼真は答える。


「へえ」


 ただ事実を確認するだけの声。


 透真が口を開きかけたが、

 凛の視線に押されて言葉を飲み込む。


 凛は蒼真をじっと見つめた。


「あなたの波、変」


 背筋が冷える。


「弱いんじゃない」と凛は続けた。


「噛み合ってない。……なのに、さっき測定環が光る瞬間だけ、異様に静かだった」


 蒼真は目を逸らす。


 自分でも分からない感覚。


 周囲が熱を帯びて揺れる中、

 自分だけが膜の向こう側にいるような感覚。


「だから何」と蒼真は言った。


 少しだけ、強く。


「静かなら、戦場に向いてないってことでしょ」


 凛の目が細くなる。


「向いてないって決めるのは、あなた?」と凛は言った。


 言葉が刺さる。


 図星だった。


 そのとき。


「火乃宮。そんな席にいるのか」と声がした。


 神代恒一だった。


 視線が蒼真へ向く。


「DがAと同じ場所に立てると思うな。支援は支援らしく、後ろにいろ」


 蒼真の中で、何かが軋む。


 慣れているはずの言葉なのに。


 今日は、やけに重い。


「……後ろにいるよ」と蒼真は言った。


 自分で言う。


 自分で、閉じる。


 恒一は満足げに去っていった。


 凛は蒼真を見た。


 怒りではない。


 焦りに近い感情。


「あなた、自分で自分を決めてる」と凛は言った。


 蒼真は笑う。


「俺は、そこにいるだけだ」


 凛はしばらく黙り込む。


 そして、立ち上がった。


「明日、訓練場に来て」


「え?」と蒼真は顔を上げる。


「確かめる。あなたの波」と凛は言った。


 一瞬だけ言葉を選び、


「……私のためじゃない」


 わずかに間を置いて、


「あなたのため」


 そう言い残し、凛は去っていった。


 


 その夜。


 寮の部屋。


 天井を見つめながら、蒼真は眠れなかった。


 窓の外に、月が浮かんでいる。


 机の上の灰色の腕章が、淡く光っていた。


 D。


 役に立たない者。


 価値のない者。


(本当に?)


 凛の声が、頭の中で反響する。


 ――向いてないって決めるのは、あなた?


 蒼真は目を閉じた。


 決意ではない。


 覚悟でもない。


 ただ――


 明日、訓練場に行く。


 それだけだった。


 正しいかどうかは分からない。


 逃げないと誓ったわけでもない。


 それでも。


 足を止めたくはなかった。


 胸の奥で。


 ほんのわずかに、何かが揺れる。


 まだ音にならない波が。


 月光が、静かにそれを照らしていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

数字は便利です。

比べやすく、分かりやすく、正しそうに見える。

けれど―― 数字で測れないものが、本当に存在しないと言い切れるでしょうか。

蒼真は、まだ何も変わっていません。

Dという評価も、灰色の腕章も、明日になれば消えるわけではない。

それでも。

「向いていない」と決めるのが自分なのかどうか、ほんの少しだけ、疑い始めました。

物語が動くのは、大きな力を手に入れた瞬間ではなく、小さな疑いが生まれた瞬間です。

次話、訓練場にて。彼の“静かな波”が、初めて音を立てます。

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