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蒼月のレゾナンス ~最弱の調律士は運命を選び直す~  作者: なるかめ
プロローグ

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プロローグ 誰も選べなかった日

人は、生まれを選べない。

才能も、環境も、時代さえも、自分で決めることはできない。

それでも。

「どう生きるか」だけは、誰にも奪えないはずだと、私たちはどこかで信じている。

この物語は、世界を救う英雄の話ではありません。

最強の能力者の話でもありません。

これは――自分の力を恐れた少年が、それでもなお「選ぶ」ことをやめなかった物語です。

運命はある。理不尽もある。どうにもならない現実も、きっとある。

けれど。

もしも運命との関係を、もう一度だけ選び直せるとしたら。

そのとき、人は何を選ぶのか。

静かな崩壊から始まるこの物語が、

あなた自身の「選択」を見つめ直す時間になれば幸いです。

――蒼月のレゾナンス

 それは、静かな崩壊だった。


 最初に壊れたのは、街ではない。


 ――人だった。


 石畳の通り。


 人通りはいつも通りあった。

 商人の声。足音。子どもの笑い声。


 その中で。


 一人の男が、何の前触れもなく崩れ落ちた。


 叫びはない。


 糸が切れた操り人形のように、膝から崩れ、

 そのまま石畳に倒れ込む。


「……え?」


 近くにいた女性が、思わず声を漏らした。


 だが次の瞬間。


 その女性も、力を失ったように崩れる。


 さらにその後ろにいた子どもも。


 通りの向こう側にいた男も。


 まるで、見えない何かに触れたかのように――

 次々と倒れていく。


 誰も理由が分からない。


 ただ、倒れる。


 恐怖が、広がった。


 それは叫びではない。


 視線だった。


 「何が起きているのか分からない」という理解が、

 人から人へと伝わっていく。


 目には見えない。


 触れることもできない。


 だが確かに、何かが“渡っている”。


 共鳴。


 本来それは、力と力を調和させるための現象だった。


 人と人が、同意によって結ばれ、

 互いを安定させるための仕組み。


 だがこの日。


 共鳴は調和ではなく、増幅として働いた。


 恐怖が恐怖を呼び、

 絶望が絶望を重ねる。


 感情は制御を失い、

 都市全体へと連鎖していく。


「止めろ……!」と誰かが叫んだ。


 だが、その声もまた共鳴に呑まれる。


 止める方法を、誰も知らなかった。


 すでに共鳴は、個人のものではない。


 都市そのものが、一つの感情として暴走していた。


 能力者の放った光が、

 本人の意志とは無関係に膨れ上がる。


 炎が走る。


 壁が溶ける。


 空気が震え、歪む。


 制御不能。


 それは、誰の意志でもなかった。


 それでも――


 誰かの選択の結果だった。


 


 研究区画、地下第七層。


 赤い警告灯が、一定の間隔で明滅している。


 耳を刺すような警告音。


 端末の前に、一人の女性が立っていた。


 水月叶音。


 彼女は画面を見つめながら、理解していた。


 これは事故ではない。


 必然だった。


「……まだ、間に合う」と叶音は低く言った。


 震える指で、操作を続ける。


 だがその手は止まる。


 彼女はゆっくりと振り返った。


 部屋の隅。


 簡素なベッド。


 そこに、幼い子どもが眠っている。


 黒い髪。


 穏やかな寝息。


 外で何が起きているかなど、

 何も知らない。


 何も選んでいない。


 ただ、そこに在る命。


 叶音は歩み寄り、その頬に触れた。


 温かい。


 確かに、生きている。


「ごめんね……」と叶音はうつむき気味につぶやいた。


 それが謝罪なのか、

 祈りなのか、

 本人にも分からない。


 警告音がさらに強く鳴る。


 画面に表示される文字。


《共鳴臨界まで、残りわずか》


 都市全域の共鳴構造が映し出されていた。


 無数の線が絡まり、

 増幅し、

 収束できずに暴れている。


 止めなければならない。


 だが同時に、叶音は知っていた。


 “止める”という行為そのものが、

 新たな強制になることを。


 本来、共鳴は同意によって結ばれる。


 だが今、この都市に同意はない。


 あるのは、恐怖だけだ。


 それでも。


 叶音は選ばなければならなかった。


 すべてが崩壊する未来か。


 それとも――


 可能性を一つだけ残す未来か。


 彼女は幼子を抱き上げる。


 その瞬間。


 世界が震えた。


 都市全体の共鳴が、臨界を超える。


 音が、消える。


 光が、消える。


 炎が、止まる。


 それは終わりではない。


 ――停止だった。


 選択が、停止した瞬間。


 誰も選べなかった。


 誰も止められなかった。


 ただ一つの命を残して。


 崩壊した都市の上に、月が浮かんでいる。


 瓦礫の中。


幼子が、静かに目を開けた。


泣き声はない。


ただ、夜空を見上げている。


その瞳は、まだ意味を持たない。


運命を知ることも、選ぶこともできない。


だが、いずれ知ることになる。


運命は、与えられるものではない。


――選び直すものだと。


月は何も語らない。


ただ、すべてを見ている。


――それが、すべての始まりだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

あの日、都市は崩壊しました。

けれど、本当に壊れたのは、街だったのでしょうか。

それとも――人の心だったのでしょうか。

共鳴は、本来、誰かと繋がるための力です。

それが恐怖を増幅させたとき、

何が失われ、何が残ったのか。

そして、ただ一人残された命は、何を選ぶことになるのか。

物語はここから始まります。

静かな崩壊の先にあるものが、救済か、支配か、あるいはまったく別の何かなのか。

どうか、その答えを見届けてください。

次話より、十八年後の世界へ。

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