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蒼月のレゾナンス ~最弱の調律士は運命を選び直す~  作者: なるかめ
第1章 運命に従う者

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第2話 炎の剣士、火乃宮凛

この国では、強さは見分けやすい。

数値がある。階級がある。腕章がある。

前に立つ者と、後ろに回る者は、最初から決まっている。

守れる者が守り、戦える者が戦う。


理屈としては正しい。

だから誰も疑わない。

疑わないから、揺るがない。


だが―― 強い人は、本当に正しいのだろうか。

それとも。

正しいと信じられているだけなのか。


炎は美しい。

だが炎は、揺らぐことを許されない。

揺れた瞬間、価値を疑われる。


この日、蒼真は目の当たりにする。

強さが称賛される世界と、その強さが背負う重さを。

そして同時に、自分がどこに立っているのかを、思い知らされる。

 訓練場の朝は、冷たい。


 石床に残った夜の冷気が、靴底を通して体温を奪っていく。

 吐いた息が、白くわずかに揺れた。


 蒼真は中央区画の端に立ち、静かに息を吐く。


(来てしまった)


 逃げなかったことを、ほんの少しだけ後悔する。


「遅くない」と背後から声がした。


 蒼真が振り向くと、火乃宮凛が立っていた。


 すでに訓練装備を整え、

 細身の剣を腰に差している。


 姿勢はまっすぐ。

 視線は鋭い。


 そこに立っているだけで、

 周囲の空気が引き締まる。


 強い人間は、立ち方が違う。


「来ないかと思った」と凛は言った。


「……来るって言ったから」と蒼真は答える。


 凛は小さくうなずいた。


「いいわ。始める」


 そう言うと、蒼真が問い返す前に、

 凛は剣を抜いた。


 瞬間。


 炎が走る。


 空気が裂けるような音とともに、

 熱が一気に広がった。


 標的の鉄塊が一瞬で赤く染まり、

 溶けて流れ落ちる。


 周囲の訓練生が息をのむ。


「やっぱり別格だな」と一人が言った。


「これがAランク……」と別の者が続ける。


 少し離れた場所で、神代恒一が腕を組み、うなずいた。


「努力の結果だ。強さは証明だ」と恒一は言った。


 凛はそれらを聞いていない。


 視線は、常に前だけを見ている。


 二撃目。


 三撃目。


 炎は美しく、正確だった。


 暴れない。


 乱れない。


 制御された力。


「……見てる?」と凛が言った。


「見てる」と蒼真は答える。


「感じて」と凛は短く言った。


 蒼真は目を閉じる。


 集中する。


 だが――


 何もない。


 他の者が言うような“流れ”も、“音”もない。


 ただ、静かだった。


 凛の炎がどれだけ強くなっても、

 蒼真の内側は、揺れない。


 完全に、隔てられている。


「どう」と凛が問いかける。


「……分からない」と蒼真は答えた。


 凛の眉がわずかに動く。


「何も?」と凛は問い直す。


「何も」と蒼真は言った。


 凛は一瞬だけ目を伏せた。


 そして、再び構える。


 今度は、明らかに出力が違う。


 炎が膨れ上がる。


 空気が震え、

 周囲の温度が一段上がる。


 観覧席がざわめく。


「やりすぎだ、火乃宮!」と恒一が声を上げた。


 だが凛は止めない。


「私は制御できる」と凛は言った。


 その声には、確信があった。


 ――そのはずだった。


 ほんの一瞬。


 炎が揺れた。


 軌道がわずかにぶれ、

 熱が跳ねる。


 訓練場の端にあった木製標柱が、

 じり、と焦げた。


 小さな事故。


 致命的ではない。


 だが――


 凛にとっては、許されない誤差だった。


 凛の呼吸が、わずかに乱れる。


 その瞬間。


 蒼真の内側で、何かが沈んだ。


(……?)


 自分でも分からない。


 何もしていない。


 ただ――


 炎の揺れが、遠のく。


 熱が、少しだけ薄まる。


 空気が、静まる。


 凛の呼吸が整う。


 炎が、安定する。


 ――何事もなかったかのように。


 誰も気づかない。


 ほんの一瞬の変化。


 だが。


 凛だけが、それを見逃さなかった。


 炎を収めた凛が、蒼真を見る。


 鋭い視線。


「今、何かした?」と凛は言った。


「……何も」と蒼真は答える。


 本当に分からない。


 恒一が鼻で笑った。


「偶然だ。火乃宮が疲れただけだろ」と恒一は言う。


 凛は否定しない。


 だが、蒼真から目を逸らさない。


「強い人は正しい」と恒一が続けた。


「だから俺たちは前に立つ。支援は後ろだ」


 凛が静かに返す。


「強いだけじゃ、足りない」と凛は言った。


「何が?」と恒一が眉をひそめる。


「……分からない」と凛は答えた。


 それ以上は言わない。


 蒼真は灰色の腕章を握る。


 D。


 補助。


 後ろ。


 恒一の言葉は正しい。


 この世界では、それが正解だ。


 凛も強い。


 誰よりも努力している。


 それでも――


 さっきの揺れは、確かにあった。


 凛が蒼真に近づく。


 距離が、わずかに縮まる。


「あなた、自分で“無理”って決めてる」と凛は言った。


 蒼真は笑う。


「無理だから」と蒼真は言う。


「それ、言い訳?」と凛は返す。


 言葉が、刺さる。


 凛は続ける。


「私は、弱かった」


 蒼真は顔を上げる。


「最初は、火も出なかった」と凛は言った。


 その目は、揺れない。


「でも諦めなかった。だから今ここにいる」


 嘘のない言葉。


 積み重ねた時間の重さ。


「あなたは?」と凛が問う。


 蒼真は答えられない。


 凛は剣を収めた。


「明日も来て」と凛は言った。


「え?」と蒼真が聞き返す。


「逃げるな」


 それだけ言って、凛は背を向けた。


 恒一が近づき、蒼真の肩を軽く叩く。


「期待するなよ」と恒一は言った。


「あいつは強い奴しか見てない」


 蒼真は何も言わない。


 訓練場を出るとき。


 凛が一度だけ振り返った。


 ほんの一瞬。


 その目にあったのは――


 苛立ちでも、焦りでもない。


 わずかな、期待だった。


 蒼真は気づかない。


 だが胸の奥で、何かが小さく揺れている。


 炎ではない。


 熱でもない。


 静かな波。


 まだ名前はない。


 まだ意味もない。


 だが確かに、


 昨日より少しだけ、近づいている。


 強い人は、正しいのか。


 蒼真には分からない。


 ただ一つだけ、確かなことがある。


 凛は強い。


 そして――


 凛は、ただ強いだけの人間ではない。


 朝日が昇り、

 二人の影を長く引き伸ばしていた。

第2話を読んでくださり、ありがとうございます。

この回では、「強さ」というものを真正面から描きました。


強い人は前に立ち、称賛され、期待される。

それは理不尽ではなく、むしろ合理的な仕組みです。


凛はその象徴です。

彼女は努力し、鍛え、揺らがないように立っている。

だからこそ、皆が彼女を見上げる。


けれど。

強さは、とても分かりやすいものだからこそ、それ以外の価値は見えにくくなります。


蒼真は弱いのではなく、「自分は無理だ」と決めてしまっている存在です。

そしてこの物語で一番怖いのは、他人に否定されることではなく、自分で自分を後ろに置いてしまうことかもしれません。


強い人は正しいのか。

この問いは、まだ答えが出ません。


第3話では、蒼真の「俺には無理だ」が、より明確な形になります。

それが逃避なのか、選択なのか。

引き続き、お付き合いください。

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