青い予感
夕暮れの公園で、ベンチに座るガクとユリカ。泣きはらして瞳を赤くしたユリカは、ぼんやりと空を見ながら呟いた。
「これって失恋?」
「まだ決まったわけじゃない」
「···ガクのこと好きになれば良かった」
「班長の代わりにすんな。それに、俺にだって女を選ぶ権利がある」
「きっつー。私だって、あんたのことなんか眼中ないってば。班長のことだって、顔がちょっとタイプなだけだし。あんな男、てか今カピバラじゃん!ムリー!やっぱ、私にはもっといい男が似合ってると思うんだよね。背が高くてー、お金持ちでー、超絶イケメンじゃないと」
「強がるなよ。逆に痛々しいぞ」
ガクが言うと、ユリカは拳を握りしめ、ガクを殴ろうとした。しかし、それに気付いたガクが瞬時に右手でユリカの拳を受け止めた。
「···のよ?こんな時に、強がらないでどうしろって言うの?··たいよ。私だって、班長を抱きしめたいし、抱きしめられたい。ギュッてしてよ。苦しいよ。胸が痛くて痛くて苦しいよぉ!!」
再び涙が溢れたユリカを、ガクは思わず抱きしめた。
突然のことに、驚いて声も出ないユリカ。二人の間に流れる時間は、一瞬止まったかのようだった。
次の瞬間、ガクはハッとしてその手を離し、立ち上がった。
「じゃ、また」
ガクは爽やかな笑顔を浮かべたかと思うと、その場から走り去った。顔を赤らめて走るガク。
呆気にとられたまま、固まるユリカ。
「え?···何?今の、どういう意味!?」
ユリカはベンチに座ったまま、しばらく動けなかった。
◆
氷子を背負って、住宅街を歩くアラン。高校が近付いたところで、蒼太を見つけてアランは足を停めた。
「どうしたの?」
氷子が尋ねた。
「いや、さすがに、校門まで背負っていくのは恥ずかしいっていうか···」
「ふーん。じゃあ歩いてあげる」
氷子はそう言うとアランの背中から降り、すたすたと歩き始めた。
ホッとしたアランは、氷子の歩く様子を見てため息をついた。
(なんだ、もう普通に歩けるじゃん)
「ねぇ、放課後も付き合ってよ。行ってみたいところがあるの」
氷子はふいに振り返って言った。
「え···」
アランが迷うと、氷子がスカートのポケットからスマホを取り出す仕草をした。
「あーわかったよ、はいはい」
うんざり顔のアランの前を、氷子は嬉しそうに歩いた。
◆
オシャレなカフェで、運ばれて来たスイーツの写真を嬉しそうに撮る氷子。向かいの席で、苦笑いを浮かべるアラン。
◆
水族館では、クラゲが大きな水槽の中を優雅に漂っていた。氷子は、その様子をうっとりと見つめている。
氷子の背後にいたアランは、興味もなさそうに大きなあくびをした。
◆
二人揃って水族館を出たところで、アランは氷子に向かって手を振った。
「それじゃ、俺はもう帰るから」
「ちょっと、待ってよ!まだ行きたいところが···」
引き止める氷子。
「悪いけど、門限があるから」
「門限!?そんなの、破ってよ」
「それは無理だって」
困り顔を浮かべるアラン。
「こ、今夜は、うちの親がいないの。だから、私の家に来てもいいのよ」
アランを誘う氷子。
アランは首を横に振った。
「悪いけど、そういう誘いなら他を探して」
氷子はアランに断られ、恥ずかしさでカッとなった。
「は?アランに断る権利があると思ってるの?この写真を本部に報告すれば、逮捕されるのよ!?」
氷子は、スカートのポケットからスマホを取り出して言った。
「逮捕は嫌だけど、だからって好きでもない女の子の家に行くことはできないよ」
「···彼女、いるの?」
「いないよ!でも···好きな子はいる」
アランは顔を赤らめつつ、言葉に力を込めた。
ショックを受ける氷子。
「それじゃ」
アランは時間を気にして、走り出した。
アランがいなくなった後も、その場から動けない氷子。
「···さない。絶対に許さない」
氷子は怒りで顔を歪めた。
◆
自宅のキッチンで、ぼんやりと皿を洗うアラン。背後からやって来たミランが、アランに声をかけた。
「手伝うよ」
「おお、ありがと」
ミランは、アランの隣に立って食器を洗い始めた。
「顔色悪いけど、どうかした?」
ミランが、アランを心配そうに見つめた。
「え!あ、そうかな。大丈夫、大丈夫」
そう答えたアランに、ミランは眉を顰めた。
「本当に?私に何か隠してない?」
「えっと···ごめん!」
答えに窮したアランは、ミランに向かって頭を下げ、氷子との間にあった出来事を話した。
「そうだったんだ···ごめんね。私のせいで、アランを危険な目に遭わせたね」
ミランは、罪悪感にかられてうつむいた。
「ミランのせいじゃないって!あの手帳は、俺にとっても大事な瞬の形見だったから。でも、もし俺が逮捕されたら、ミランにも母さんにも迷惑がかかるかも···」
うなだれたアランに向かって、ミランは首を横に振った。
「私ね、瞬の手帳を読んで、心がすごく強くなれたの。アランが見せてくれたおかげだよ。迷惑なんてとんでもない。むしろ、ありがとう」
優しい声音で話すミランの周りを、マモルがフワフワと飛んでいた。
◆
重い足取りで、教室のドアを開けるアラン。恐る恐る教室内を見渡したが、氷子の姿はなかった。
(なんだ、まだ来てないか)
アランは少しほっとして、胸を撫で下ろした。
授業が始まっても、氷子は教室に現れなかった。
(今日は、休みかな)
氷子の机をちらりと見ながら、アランは心の中で呟いた。
その時ふと、外からキー、と音が聞こえた気がして窓を見ると、2mはあると思われる巨大なコウモリが、窓に張り付いていた。




