涙の横顔
拘置所から保釈された菅原と志穂を、迎えに来た青木。
青木は菅原と志穂を車に乗せると、拘置所から出発した。すると、後部座席に置かれていたペット用のキャリーバッグから、森田が顔を出した。
「班長!」
車の中、森田を見て喜ぶ菅原と志穂。
「元気だったか?」
目を細めて微笑む森田。
「はい!」
菅原と志穂は、声を揃えて返事をした。
「保釈の手続き、ありがとうございます。助かりました」
「お前達は世界を救うために戦っただけだ。そんな人間を拘束し続けるほど、この国の法律は腐ってなかったようだ」
森田はそう言って、再会を喜んだ。
「森田、菅原と水川にアレを見せてくれ」
運転席の青木が、森田に声をかけた。
「ええ。釈放されたばかりのところすまないが、これを見て欲しい」
森田はバッグからタブレットを取り出し、二人に見せた。そこには、大型トカゲが人を襲う様子が映っていた。
「え、トカゲ!?」
驚いて声を上げる志穂。
「新政府と大企業によって人工的に作られた大型トカゲだ。ネズミを駆除するために3頭が山に放たれたが、ネズミだけじゃなく人も襲うことがわかって日本中で騒ぎになっている」
青木が説明した。
「トカゲの捕獲は完了したんですか?」
菅原が尋ねた。
「まだだ。実は、トカゲに襲われた被害者は、すぐに逃げたことで無事だったんだ。片腕は食われたがな。トカゲが人を襲ったのはその一回だけで、しかも被害者には殺人の前科があることがSNSで広まった。それで世論が、このままネズミの駆除を願う推進派と、トカゲ捕獲を望む捕獲派で意見が割れているんだ。新政府は世論が割れているのをいいことに、トカゲを山に放置している」
「こんな大きなトカゲを放置って···狂ってる」
志穂が呟いた。
「でかいネズミやワニを見慣れ過ぎて、皆感覚がおかしくなっているんだろう。危険があるとはいえ、俺達が勝手にトカゲを駆除することはできない。そこで、まずはできることから地道にやっていこうと思う」
青木はそこで一旦言葉を切り、ポケットから大ネズミ駆除用の薬を取り出した。
「つまり、コレを使う」
青木の提案に、菅原と志穂が頷いた。
◆
緑が生い茂る山の中、青木は車を停めた。志穂が後部座席のドアを開けて外に出ると、それを狙っていたらしい大ネズミが、志穂目掛けて噛み付いて来た。
森田は咄嗟に志穂を抱き寄せて車に戻した。
運転席から出た青木は、素早く大ネズミの顔に薬をかけると、わざとその尻に銃を撃った。
尻を撃たれ、逃げて行く大ネズミ。
「薬が上手くかかりましたね」
菅原が胸を撫で下ろした。
「ああ。1頭の生きたネズミにかければ3年、10頭以上であれば半年以内で、ネズミが完全駆除できるんだろ?まずは一頭、完了だ」
青木が満足気に言った。
大ネズミに食われそうになった志穂は、その脅威が去ってもまだ小刻みに震えていた。
「水川、どうした?」
志穂の顔を覗き込んだ森田は、志穂の顔色が悪いことに気付いて声をかけた。
「いえ、なんでも···」
普段と異なる志穂の様子から、森田は志穂のベルトが食いちぎられていることに気付いた。
(水川のベルトには、たしか···)
「今日の仕事はもう終わったようなものだ。水川、お前はこのまま車の中で少し休んでろ」
森田は、志穂を気遣って車の中で休ませた。
「水川は、どうしたんですか?」
志穂を車に置いてきた森田に、菅原が尋ねた。
「今襲ってきたネズミに、愛犬のキーホルダーをベルトごと食われたんだ」
「愛犬って、水川は、たしか···」
「中学生の時に、ネズミに家族全員と愛犬を殺されている。自分も食われそうになった時に、その犬が前に出てきたことで助かったそうだ。恐らくそれを思い出したんだろう、ショックを受けている。少し休ませたほうがいい」
森田が菅原に説明した。
「そうでしたか···。これ以上の被害を出さないためにも、早くネズミを全滅させるべきですね」
「そうだな。とりあえず、今日中にもう少しネズミに薬をかけて回ろう」
「はい」
森田の言葉に、菅原が頷いた。
◆
教室内の窓際の席から、ぼんやりと狭いグラウンドを眺めるユリカ。チャイムが鳴ってクラスメイト達が帰り始めても、気だるい表情で席に座っていた。
後方の席で帰る準備をしていたガクは、帰る素振りのないユリカに気付いて声をかけた。
「いつまで座ってんだよ。帰ろうぜ」
ユリカはガクの顔を見てあくびをした。
「帰ったって、やることないしー」
「じゃあ、一緒にネズミでも狩りに行くか?」
ガクの提案に、ユリカはぷっと吹き出した。
「やだ、うちらもう獣衛隊じゃないじゃん。それに、私はネズミ狩りなんて興味ないってば」
「その割に、日本帰ってから魂抜けたような顔してるけど」
見透かしたようにガクが言うと、ユリカは頬を膨らませた。
「それはだって、私勉強キライだし。クラスの女子は真面目な子ばっかでつまんないし」
「班長もいないしな」
ガクがそう言うと、ユリカは頷いてからはっと目を見開いた。頬を赤らめつつ、眉を寄せてガクを睨む。
「え?私が班長のこと好きって、ガクに言ったことあったっけ?」
「そんなこと、聞かなくたって3年前から知ってるよ」
ガクは飽きれたように言ってから、いつものように爽やかに笑った。
釣られるようにユリカも小さく笑った。
(まあ、あれだけ一緒にいたんだからバレてるか)
「そうなの、この学校には班長もいないし、班長並のイケメンもいないのよ!こんなナイスバディの美女が暇してるって言うのに!」
ユリカが頬を膨らませて机を叩いた。
「班長なら、青木隊長のところにいると思うよ」
ガクが言うと、ユリカは驚いた顔でガクを見た。
「え!?そうなの!?」
「空港で班長が逃げた時、そばに青木隊長がいたんだ。多分、隊長が班長を匿ってるんじゃないかな」
ガクがそう言うやいなや、ユリカはバッグを持って立ち上がった。
「ガク、行くよ!」
「え?どこに?」
「隊長の家に決まってるでしょ」
ユリカはガクの服を掴むと、引きずるようにして連れ出した。
◆
ユリカは隊長の家の前まで来ると、急に立ち止まって下を向いた。
「どうした?」
ガクが尋ねた。
「ガク、先に行って班長がいるか確認してきて。私はここで待ってるから」
「なんで?一緒に行こうよ」
「···くない」
「え?」
「カピバラになった班長は見たくない」
「今更、そんなこと言っても···あれ?あの車に乗ってるの、隊長じゃないか?」
ガクは、こちらに向かってくる車に気付いて呟いた。
ハッとしたユリカは、ガクを引っ張って生垣に隠れた。
「なんで隠れるんだ?」
「だって、アポなしでいきなり来る女なんてキモイじゃん。嫌われたくないもん」
ユリカはそう言って、生垣から恐る恐る顔を出した。
青木の車が家の前で停まると、中から志穂がカピバラの森田を抱きしめながら出て来た。
「なん、で···」
そう言ったきり、絶句したユリカの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
唐突なユリカの涙に、ガクは驚いてその横顔を見つめた。




