氷子
山城玄真の家を訪ねたアランとミランは、玄真が着ていたスーツを両親に渡した。
破れたスーツを見て、思わずその場から家の中へと戻ってしまう玄真の母。
「あ、おい!···すみません、家内もまだ心の整理がつかないようで」
玄真の父、山城統玄は、憔悴した表情でアランとミランに謝った。
アランは首を横に降り、俯いたまま話し出した。
「玄真、玄真君は、どんな獣にも怯えずに立ち向かう、勇敢な人でした。誰より真っすぐで、強くて···いつも、勇気を、もらってました」
話しながら、涙が瞳に溜まるアラン。
「私達の力が足りず、すみませんでした」
ミランも、そう言って頭を下げた。
山城は、受け取ったスーツをそっと触って確認しながら話始めた。
「獣衛隊に入ってからは、ネズミを倒して一般市民を守りたい、って言うのが玄真の口癖でね。そのために命を懸けた息子を誇りに思ってるんだ。···このスーツ、わざわざ洗ってアイロンまでかけてくれたんだね。···玄真は、いい友人を持ったようだ。ありがとう」
瞳に涙を浮かべた山城の姿を見て、アランとミランも一緒に泣いた。
◆
高校の制服を来て、校門をくぐるミランの背中を追いかけるアラン。
ミランは後ろを振り向き、アランに声をかけた。
「アラン、急いで!初日から遅刻しちゃうよ」
「わかってるって」
アランは無気力な表情で応えた。
(今更高校生になれって言われても、ね···)
ミランに続いてアランが教室に入ると、窓際の席には、アランが瞬の手帳を取りに戻った時に出くわした女性隊員が座っていた。
(え、あの時の!)
アランが驚いていると、女性隊員もアランに気付いて立ち上がり、アランの下へとやって来た。
「あなた、アランでしょ?私は氷子。よろしく。もう獣衛隊員じゃないのに、宿舎まで入ってくるなんていい度胸ね。写真、残ってるわよ」
氷子はそう言って、制服のポケットからスマホの画面を見せた。そこには、宿舎を出るアランの姿が確かに写っていた。
氷子の笑顔に、慄くアラン。ゴクリと唾を飲み込んだ。
「なんで、ここに?」
「本部から、あなた達元獣衛隊3班のお目付け役を任されたの」
氷子はそこで言葉を切り、耳元で小さく呟いた。
「これからは、私の言う事を聞きなさい。そうしないと、この写真を本部にバラすわよ」
勝ち誇ったように微笑む氷子。
顔面蒼白になるアラン。
「アラン!なんだ、隣のクラスじゃん」
突然話しかけてきたのは、蒼太だった。
氷子は蒼太を見ると、不機嫌そうにその場から去った。
「あれ、もう友達できたのか?」
「いや、別に」
アランは曖昧に答えた。
「ふーん。俺がいるB組、ユリカとガクもいるぞ!で、C組に真歩と風人だってさ。アランはミランと一緒で良かったな」
「そ、そうだな」
「じゃ、授業始まるからまた後でなー!」
軽い調子で去っていく蒼太に、アランはぎこちなく手を振った。
◆
授業が終わり、高校の校門から出るアランとミラン。アランがふと後ろを振り返ると、背後には、少し離れて歩く氷子の姿があった。
(あいつ、家までついて来るつもりか!?)
アランはうんざりしてため息をつくと、背後から聞き覚えのある足音が聞こえた。
(この足音!)
アランがもう一度振り返ると、こちらへ向かって走って来た大ネズミが、氷子に襲いかかるところだった。
「危ない!」
アランは咄嗟に飛び上がると、腕から針を出した。
「超切波!」
アランは叫びながら、大ネズミの首を切った。
氷子は大ネズミの突然の襲撃に驚き、転んで足を怪我してしまった。
「大丈夫か!?」
アランが氷子に駆け寄ると、氷子はコクン、と頷いた。
「包帯買ってくる!」
ミランは包帯を買いに走り出した。
大ネズミを追いかけ、やって来た大人達が、その倒れている姿を見て立ち止まった。
「おーい!ネズミが出たぞー!···って、もうやられてらぁ」
「おいおい、お前が倒したのか?すげーな、少年!」
「獣衛隊に連絡して、運んでもらうかー」
口々に話し始める大人達。
(獣衛隊!?まずい)
アランがその場から離れようとすると、氷子が呼び止めた。
「ちょっと、足が痛くて歩けないんだけど」
「おっと···そうだよな」
立ち止まり、氷子の足の様子を確認するアラン。
「だいぶ腫れてるな。立てるか?」
「無理」
氷子は首を横に振った。
そこへ、ミランが走って戻って来た。
「アラン、買って来たよ!」
「おう、サンキュ」
アランはミランから包帯を受け取ると、氷子の足に包帯を巻いた。
わずかに頬を赤らめる氷子。
「ミラン、悪いけど先に帰ってて。俺、こいつのこと送ってく」
「わかった。気をつけてね」
頷くミラン。
アランは氷子を背負うと、ゆっくりと歩き始めた。
氷子はアランに背負われながら、その背中に頬をくっつけて小さく微笑んだ。
アランは目の前のタワーマンションを見上げて、大きく口を開いた。
「こんなでっかいタワマンに住んでんの?スッゲー」
「いいから早く歩きなさいよ」
氷子は不機嫌そうにアランを急かした。
部屋の前でアランの背中から降ろされた氷子は、扉の鍵を開けてからアランの顔を見た。
「足が痛くて歩けないから、明日の朝も迎えに来てよね」
「え!明日も!?」
「そうよ。文句あんの?ここに写真あるけど」
氷子は自分のスマホをアランにちらりと見せた。
「わかったよ。じゃあ、明日な」
諦めたようにそう言うと、アランは踵を返して歩き始めた。
氷子はアランの背中を見つめていた。




