新たな脅威
走って駐車場に着いた青木と森田は、青木の車に乗って空港を後にした。
車を運転しながら、青木は森田に声をかけた。
「お前がカピバラになったことを知っているのは、獣衛隊3班以外で俺だけだ。安心しろ」
「助かります。ネズミの装置はどうしたんですか?」
「波多野から借りた。日本は今、政権交代の影響でゴタゴタだ。人の姿に戻れるまで、しばらく隠れているのが最善だろう」
「承知しました。それにしても、なつかしいですね。まさか、また隊長とご一緒できる日が来るとは」
「もう隊長じゃないぞ」
「いいじゃないですか。今さら、他の肩書きで呼ぶなんてできません」
「それもそうか」
しばらく走っていた車が、オフィス街の駐車場に入って停まった。青木は車から大きなバッグを取り出し、その中へ森田を入れた。二人は車を降りて、立ち並ぶビルの中へと入って行った。
「ここには何があるんですか?」
エレベーターの中で、森田が青木に話しかけた。
「製薬会社のベンチャー企業だ。お前のことは、既に相談してある」
「それは心強い」
エレベーターを降りた青木は、ドアの前でカードキーを翳し、中へと入った。そこには、白衣を着た男女がパソコンに向かって仕事をしていた。
「いらっしゃいませ。そちらが、例のカピバラですか?」
ドアの音で振り向いた白衣の男性、橋本賢治が、バッグを見ながら青木に聞いた。
頷く青木。
「はい。調べていただけますか?」
「もちろん。それが仕事ですから」
白衣の女性、遠藤香織が、嬉しそうに声を弾ませて答えた。
青木が机の上にバッグを置くと、二人はバッグを開けてカピバラの森田を早速調べ始めた。
「うわー!本当にカピバラだ!」
「話せるんですよね!?」
はしゃぐ橋本と香織。
「それは、まぁ」
「おー!喋ったー!」
白衣の二人は騒ぎながらも手を動かし、森田を機械に入れて調べ始めた。
「なるほどー。見た目は確かにカピバラに見えますが、内臓はヒトのままですね。どうやら、一時的に皮膚や細胞に影響が及んでいるだけのようです。うんうん。これなら、治療も可能でしょう」
「では、人に戻れるんですね!?」
青木が期待を込めた声で尋ねた。
「恐らく。3か月もあれば、薬が作れるでしょう」
にっこりと微笑む香織。
青木と森田は、目を合わせて喜んだ。
◆
一軒家の庭で、イスに座ってコーヒーを飲む青木と森田。
「3班の隊員達はまだ取調べ中でしょうか。やはり、俺が逃げたのは間違いだったのでは」
森田は、戸惑った声で話した。
「カピバラの姿で何を言ってる。日本の法律じゃ、動物は物扱いだ。今警察に捕まったところで、殺されて口封じされるのがオチだ」
「ですが、赤い雨が降ったのは俺の落ち度です」
「そう焦るな。ドゥニアについての詳細は、日本国民には知らされていない。新政府は、このまま赤い雨の責任を全てお前達に押し付けるつもりだぞ。加治屋のことだ。始めから、そのつもりでお前を巻き込んだんだろう。あいつは、自分の手柄のためなら何だってするタヌキ親父だからな」
青木が眉をしかめた。
「珍しく、辛口ですね」
「獣衛隊時代、あいつが優秀な隊員をスパイと称してドゥニアに送るのを何度も見てきたんだ」
「だから、俺がナモスタンについて探るのを止めたんですね」
「そうだ。これ以上、加治屋の野心のために命を落とす隊員を見たくなかった。だが、それは俺の杞憂だったな。まさか、本当にドゥニアを倒して戻って来るとは思わなかったよ」
「3班全員の献身のおかげです。山城も一緒に戻って来れなかったことだけが心残りですが···。それでも諦めずに進んだ結果、ネズミが完全駆除できる未来も見えてきました。この薬さえあれば、日本はまた復興することができるはずです」
森田は、ベストのポケットから薬を取り出して青木に見せた。
「それは?」
「ドゥニアの研究者から預かった、ネズミ駆除の薬です。ワニ用もありますよ。この薬には感染力があり、ネズミに与えることで、世界中のネズミを徐々に駆除できるそうです」
「すごいじゃないか!」
青木が驚いた声を上げたその時、パタパタ、と青木の妻、尚美がこちらへ急ぎ足でやって来た。
「ちょっと、これ見て」
尚美が差し出したタブレットの画面には、大ネズミ駆除のために遺伝子操作して作られた「大型トカゲ」の映像が映っていた。
大型トカゲは体長20m、重さ12トン程度で、大ネズミを好んで食べると説明がされていた。
「なんだこれは!」
大型トカゲが大ネズミを食べる映像に、驚く青木。
「新政府と民間企業が、ネズミ駆除のために共同開発したみたいよ。ほら、ここに書いてある」
大型トカゲ映像の解説欄には、大ネズミを食べさせるため、3頭の大型トカゲを既に山に放った旨も記載されていた。
「こんな大きなトカゲは危険過ぎる!ネズミの駆除なら薬で可能です。政府にこの薬を渡して、トカゲの放獣をやめさせましょう!」
立ち上がろうとした森田を、青木が止めた。
「待て。今の政府は、帰国したばかりのお前達に罪を着せるような組織だぞ。薬を渡しても、有効に利用する保証がない。それに、このトカゲを作った親会社は、ドームカントリー構想にも参画している大企業だ。下手に動くと敵が増えるぞ」
「ドームカントリー構想とは?」
「新政府が提唱した、冷暖房完備の巨大なドームの中に街を作る、新しい都市計画の名称だ。ドームの中であれば、ネズミやワニに襲われることもない。昨今の異常気象も気にせず生活できるという謳い文句で、新政府が計画を進めているんだ」
「なるほど。魅力的な計画に見えますね」
「表向きはな。だが、ドームの中に居住できるのは、多額の税金を納めている者、つまり大企業と富裕層のみが対象だ」
「そんな横暴、国民が許さないのでは?」
「その通りだ。新政府の行き過ぎた拝金主義のせいで、この国は今富裕層と一般市民の対立がかつてないほど高まっている。いつ大きな事件が起きても不思議じゃない」
「俺が日本を離れている間に、まさかこれほど面倒なことになっているとは」
森田は、顔に手を当ててため息をついた。
「え、やだ、大変!」
青木の隣でタブレットを見続けていた尚美が、声を上げた。
「今度はどうした?」
青木が尚美に尋ねた。
「見て、これ!」
タブレットの画面には、山に放獣した大型トカゲが、人間を食べる姿が映っていた。




